全 情 報

ID番号 : 08464
事件名 : 嘱託手当金請求控訴事件
いわゆる事件名 : 熊谷組(神戸支店ほか)事件
争点 : 中高年早期退職制度で退職後、同制度により締結した嘱託契約の更新拒絶の正当性が争われた事案(労働者勝訴)
事案概要 : Y社の従業員であったXらが、「ニューライフ制度」を選択して早期退職し、かつ転進支援制度の適用を受け「非常勤嘱託契約」を締結したところ、Y社が更新を拒絶したため、Xらがそれぞれ本来の定年月までに支払われるべき嘱託手当金の支払いを求めた事案の控訴審である。
 第一審神戸地裁は、嘱託手当金は退職金とはいえず、また、契約期間を1年と定め、事業の都合上やむを得ないと認められるときに更新を拒絶できるとした約定を含め有効とした上で、本件更新拒絶にはやむを得ない事情があるとしてXらの請求を棄却した。これに対しXらの控訴を受けた大阪高裁は、〔1〕ニューライフ制度は中高年の早期退職促進が目的であり、嘱託手当金は早期退職に伴う退職割増金であること、〔2〕本件契約は、契約書記載の期間は1年であるが、原則として当事者の特段の意思表示がない限りXらが満60歳に達する月の月末まで自動更新されるとの内容のもとに成立したものであること、〔3〕Xらは、60歳まで月額20万円が保証されるかどうかという本件契約の利害得失を十分に検討する機会を与えられないまま契約させられた可能性が高いことから、契約更新拒絶権をYに留保した部分をXらとの関係で適用することは信義則にそぐわないとして、原判決を取り消し、Xらの請求をすべて認容した。
参照法条 : 労働基準法2章
労働基準法89条
労働基準法90条
民法1条2項
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/労働者/嘱託
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/退職後の地位
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/信義則上の義務・忠実義務
労働契約(民事)/労働契約の期間/労働契約の期間
賃金(民事)/退職金/早期退職優遇制度
解雇(民事)/短期労働契約の更新拒否(雇止め)/短期労働契約の更新拒否(雇止め)
裁判年月日 : 2006年2月17日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ネ)1935
裁判結果 : 認容(原判決取消し)(確定)
出典 : 労働判例922号68頁
審級関係 : 一審/神戸地/平17. 5.18/平成15年(ワ)2564号
評釈論文 : 柳澤武・労働法律旬報1660号15~23頁2007年11月25日
判決理由 : 〔労基法の基本原則-労働者-嘱託〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-退職後の地位〕
〔賃金-退職金-早期退職優遇制度〕
〔労働契約-労働契約の期間-労働契約の期間〕
 ア 転進支援制度を含むニューライフ支援制度は、1兆2000億円という巨額の有利子負債を抱え、特に平成10年4月以降の継続的な景気低迷や銀行破綻等の金融システム不安から信用不安が風評として広まっていた(〈証拠略〉)被控訴人において、人員削減ひいてはこれに基づく固定費の削減を図るため、中高年従業員の早期退職を促進することを目的とするものであり、そうだとすると、嘱託手当金の支出は、被控訴人の経営体質改善のため、中高年従業員に早期退職してもらうことの代償という側面を有することは明らかであって(そもそも、経営状況の極めて悪化していた被控訴人が何らのメリットがないのに金員を支出するはずもない。)、当事者の合理的意思を忖度すれば、これを単なる一方的・恩恵的な助成金と見ているとは考えられず、早期退職に伴う退職割増金であると解釈するのが自然であるというべきである。〔中略〕
 すなわち、控訴人らは、仮に60歳まで嘱託手当金を受領してもなお、NやOの獲得した金額に及ばないのであり、そうだとすると、60歳まで非常勤嘱託としての地位を保有し、手当を受給することで、可及的に、転進支援制度を利用せずに早期退職した者の受領退職金との均衡を図ろうとすることが合理的な態度というべきであり、他方、手当支給者(被控訴人)の側でも、合理的に考える限り、そのような処遇をしようとするはずであると考えられる(そのような処遇が保証されない限り、転進支援制度を利用する者は容易に現れないであろう。)。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-退職後の地位〕
〔賃金-退職金-早期退職優遇制度〕
〔労働契約-労働契約の期間-労働契約の期間〕
 エ 以上の事情を総合すると、本件契約によって控訴人らが受領してきた嘱託手当金は、単なる助成金ないし奨励金的なものではなく、早期退職の代償として、転進支援制度を利用しない従業員との衡平を図る見地から支給される、退職割増金的性格があるものと解するのが相当である。そうすると、それは、本来の退職金を補完するものであるから、その受給に対する控訴人らの期待的利益保護の要請は相当に高度なものがあるというべきであるし、少なくとも原則的に、定年年齢(60歳)まで、本件契約が継続すべきものであることは、上記認定の被控訴人作成の各種文書等からしても、控訴人らはもとより、被控訴人においても了解していたものと推認するのが相当である。〔中略〕
 ウ よって、本件契約は、本件各契約書の記載を通じ、その期間は1年であるが、原則として、すなわち当事者の「特段の意思表示」がない限り、控訴人らが満60歳に達する月の月末まで自動更新されるとの内容のものとして成立したものというべきである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約の期間-労働契約の期間〕
〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-信義則上の義務・忠実義務〕
 (1) 先に説示したところからすれば、控訴人らにおいては、いずれも、本件契約を締結するについて、60歳まで月額20万円の嘱託手当金を受給できることが動機となっていたことは明らかというべきであり、他方、被控訴人も、少なくとも原則的には、本件契約が控訴人らの定年年齢(60歳)に至るまで継続されるべきものであることを了解していたというべきである。
 (2) そして、被控訴人が従業員らに対して示していた「ニューライフ支援制度Q&A」、「ニューライフ支援制度体系」及び「ニューライフ支援制度の概要」等の説明文書類の文言ないし図表は上記1(3)のとおりであるが、その内容に照らせば、平均的な理解能力の持ち主が本件契約は定年年齢(60歳)まで月額20万円の支給を保証するものであると理解するのも無理はないところであるし、1年ごとの更新拒絶可能性があることは、これらの文言・図表からは全く読み取れない。なお、「ニューライフ支援制度の概要」(〈証拠略〉)の制度の主旨の説明箇所には、「原則として」定年年齢までの身分の保障をすることが記載され、「例外」があり得ることをうかがわせる余地がないではないが、1年ごとの更新拒絶可能性までこの文言から読み取ることは困難と解される。
 (3) 先に認定したとおり、本件取扱規程6条4号は、「事業の都合上やむを得ないと認められたとき」を含む「就業規則第28条により解雇される場合」にニューライフ支援制度の適用解除を認める体裁となっており、同規程15条は、転進支援制度選択者が非常勤嘱託として採用された際の労働条件等は本件嘱託規程に準じるものとし、その上で、同嘱託規程において、委嘱年齢は満60歳まで(5条)、嘱託手当は月額20万円(6条2項)とされたのであるが、これらの条項はニューライフ支援制度導入に伴って整備されたものであること、他方、「事業の都合上やむを得ないと認められたとき」には解嘱が可能とされている同嘱託規程9条5号のほか、委嘱期間を1年とする同規程4条は転進支援制度の施行以前の規程をそのまま踏襲し、特に変更されなかったこと等を総合すると、上記のような条項の整備あるいは維持は、被控訴人において、本件契約の期間条項・更新拒絶条項と平仄を合わせようとするものであったと推認する余地がないではない。
 しかしながら、法的素養のない控訴人らにおいて、このような条項の位置づけないし意味するところを、一義的に理解することは必ずしも容易でないというべきである。本件契約の終了事由として「解雇」、「解嘱」が掲げられているようにも見えるが、本件契約に基づいて控訴人らが具体的に非常勤嘱託としての就労義務を負わされた事実は本件全証拠によっても認められず、本件契約は労働契約性の全く存しないものである上、実際に控訴人らは被控訴人を正式に退職しているのであるから、「解雇」されるということの意味は、解釈によって決しなければならない。また、「嘱託」については、本件嘱託規程においてすら「業務上必要とする学識経験または特殊な技能、技術及び資格を有する者として採用された者」と定義されているところであり(2条)、控訴人らがそのような者として委嘱されたものではないことも明らかである。このことに、本件契約に基づき支給される嘱託手当金が実質的には退職金を補完する金員であり、少なくとも原則的には定年年齢まで支払われるべきものであることにつき共通の理解が存在していたことも併せ考えると、本件嘱託規程9条の解嘱規程が直ちに控訴人らに適用されるものであるかには、疑問を差し挟む余地があるというべきである。〔中略〕
 (5) 以上の事情に加え、被控訴人が控訴人らのもと雇用主であり、社会的な力関係に大きな格差があることも考えると、本件契約のうち、1年ごとの更新拒絶権を被控訴人に留保した部分につき、これを控訴人らとの関係で適用することは、信義則にそぐわないものというべきであるから、本件にあっては、その適用を排除することが相当である。
 (6) よって、被控訴人は、控訴人らの請求に対し、本件契約の更新拒絶をもって対抗することはできない。