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ID番号 : 08478
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 :
争点 : 社屋改装工事による罹患につき従業員が安全配慮義務違反を根拠に損害賠償を請求した事案(労働者敗訴)
事案概要 : 日用品雑貨の企画及び販売等を業とする株式会社の契約社員が、社屋改装工事で用いられた内装材料からホルムアルデヒドが発生したため化学物質過敏症(シックハウス症候群)に罹患したとして、会社に対し雇用契約上の安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を請求した事案である。
 大阪地裁は、原告が化学物質過敏症に罹患した平成12年5月ないし8月の時点では、シックハウス症候群の問題についての行政の周知などはなされておらず、会社は、同人の症状が社屋改装に伴って生じたホルムアルデヒドなどの化学物質によるものと認識することは不可能又は著しく困難であったとされ、右請求が棄却した。
参照法条 : 民法415条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 : 2006年5月15日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成15(ワ)3841
裁判結果 : 請求棄却(控訴)
出典 : タイムズ1228号207頁/労働判例952号81頁
審級関係 : 控訴審/大阪高/平19. 1.24/平成18年(ネ)1657号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 (1) 前記認定事実に照らして、被告の安全配慮義務違反について検討する。
 原告がシックハウス症候群ないし化学物質過敏症に罹患したと認められる平成12年5月ないし8月当時、厚生省においてホルムアルデヒドの室内濃度指針値を0.1mg/パ(0.08ppm)とすることが定められていたが、同省生活衛生局長が各都道府県知事等に対し室内濃度指針値やその標準的測定方法の通達を発出したのは、同年6月であり、厚生労働省労働基準局長が各都道府県労働局長宛てに、事業者に対しホルムアルデヒドによる労働者の健康リスクの低減を図るための措置を講ずるように努めることの周知方の依頼通達を発出したのは、平成14年3月である。そうすると、被告においては、原告が新社屋においてホルムアルデヒド被害を受けた平成12年5月ないし8月当時、原告が丙山に具合が悪いことを伝え、勤務中マスクを装着していたとしても、直ちに原告の症状が、新社屋の改装に伴って発生したホルムアルデヒド等の化学物質によるものと認識し、必要な措置を講じることは不可能又は著しく困難であったということができる。
 もっとも、原告は、平成12年7月31日、被告に対してシックハウス症候群の疑いがある旨記載された野沢医師作成の診断書を提出し、野沢医師から被告の総務部長に対し電話で新社屋における社内空気清浄が必要であるとの説明がされているのであるから、この時点で、被告は、新社屋におけるホルムアルデヒド等の化学物質の発生の可能性を認識し、必要な調査をするなどして、その安全性を検討すべき義務が生じたということはできるが、原告は、同年8月7日に出勤を再開したものの、同月11日から休職し、再び新社屋で勤務することはなかったのであるから、被告において上記義務を履行しなかったとしても、原告の被害の発生・拡大との間に因果関係を認めることはできない。
 (2) この点、原告は、被告は家庭日用品の企画開発を行っており、常日頃、商品にホルムアルデヒドや有害物質を含んでいないことや家庭内の有害化学物質除去商品の開発に留意していたことから、被告は化学物質の危険性について十分に認識していた旨主張する。
 確かに、被告は、商品開発や販売において、化学物質について注意をしていたことは認められるが、前記認定のホルムアルデヒド等の化学物質の規制状況からすると、従業員が新社屋から建材等の臭いがすると話していたこと、目が赤くなる者がいたことなどから直ちに新社屋で化学物質が発生し、それがシックハウス症候群ないし化学物質過敏症に罹患する程度の危険性を有するものであるとまで認識することはできなかったと考えられるのであって、被告の業務内容は、前記判断を左右するものではない。
 また、原告は、平成12年8月7日に職場復帰した際の被告の対応を問題視するが、野沢医師から新社屋の空気清浄の必要性の指摘を受けて1週間程度しか経過していなかったのであるから、被告に対し、この間に必要な調査や適切な対策を講じることを義務づけることはできず、被告の義務違反を認めることはできない。
 (3) したがって、被告は、原告が新社屋に勤務していた平成12年5月22日から同年8月10日までの間に、新社屋からホルムアルデヒド等の化学物質が発生し、それを原因として、原告がシックハウス症候群ないし化学物質過敏症に罹患したと認識し、必要な措置を講じることは不可能又は著しく困難であったということができ、被告に安全配慮義務違反があったということはできない。