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ID番号 : 08479
事件名 : 損害賠償、損害賠償等反訴請求控訴事件、同附帯控訴事件
いわゆる事件名 : 高橋塗装工業所事件
争点 : 屋根塗装工事転落で傷害を負った下請人らが安全配慮義務違反による損害賠償を求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 村立公民館ホール及び保健センターの屋根塗装工事において転落事故により傷害を負った下請人らが、元請会社に対し安全配慮義務違反を根拠に損害賠償を求め、これに対し元請会社が下請人らの履行不能による損害賠償の反訴を提起した事案である。
 第一審の前橋地裁沼田支部は、元請会社と下請人の契約関係は労務の提供の色彩が濃く、実質的な使用従属関係があったとして安全配慮義務違反を認めつつ、工事を完成できなかった下請人の債務不履行責任も認め、結局過失相殺7割と判断して元請会社に3割分の損害賠償を命じた。これに対し、両者とも控訴。
 東京高裁は、原審同様安全配慮義務違反を認め、下請人らの過失割合を5割として損害賠償額を算出したが、一方工事を完成できなかった債務不履行責任は下請人側にはないとして、原審判断を破棄した。
参照法条 : 民法415条
民法418条
民法632条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/労働者/委任・請負と労働契約
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 : 2006年5月17日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ネ)123
裁判結果 : 本訴請求控訴一部認容、一部棄却(原判決一部変更、反訴請求棄却
出典 : タイムズ1241号119頁/労働判例935号59頁
審級関係 : 上告審/最高三小/平18. 9.26/平成18年(オ)1202号
一審/前橋地沼田支/平17.11.28/平成16年(ワ)53号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則-労働者-委任・請負と労働契約〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 2 被控訴人の安全配慮義務違反について
 当裁判所も、本件工事契約は、基本的には請負契約の性質を帯びつつもその実質は労務の提供という色彩の強い契約であり、労務を提供していた控訴人らに対し、被控訴人は安全配慮義務を負っていたというべきであって、本件事故については、被控訴人に安全配慮義務違反があり、控訴人らに対して損害賠償義務を負うものと判断する。
 被控訴人は、仮に被控訴人が安全配慮義務を負うとしてもその義務を尽くしていたとして、安全帯や登山用ザイルを貸与したほか、これを取り付ける仮設パイプも設置していたと主張し、被控訴人代表者は原審において、親綱となるザイルを雪止めないし安全手すりに縛り付ければよいとも供述するが、これが労働安全衛生規則521条にいう安全帯の取付設備として十分であるかは証拠上明らかではないし、安全帯に関する被控訴人の安全配慮義務としては、控訴人らに安全帯の着用を徹底させるべきであったのであるから、被控訴人が安全配慮義務を尽くしたということはできない。〔中略〕
 3 控訴人らの過失割合について
 被控訴人の安全配慮義務違反については、控訴人甲野太郎に本件工事を依頼する前に春野四郎の死亡事故があり、これを受けて労働基準監督署から安全管理の徹底を指導され、とりわけ安全帯の着用については具体的な改善策を図示した書面を提出して誓約していたのであるから(乙8、原審における被控訴人代表者)、被控訴人には、同種事故が発生しないよう特に十分な注意と配慮をすることが必要であったものであり、これを怠った被控訴人の過失の程度は大きい。
 他方、前記のとおり、控訴人甲野太郎は、被控訴人から安全帯等の安全器具の貸与を受け、その着用も指示されていたのに、保健センターの屋根の勾配が公民館ホールよりも緩やかなこともあって、安全帯を着用せず、控訴人甲野一郎及び丙川二郎にも着用させなかった(この点につき、控訴人らは、安全帯を取り付けるロープ設備が不備であったことが、安全帯を着用せずに作業を行った決定的な理由であったと主張するが、控訴人甲野太郎は、沼田労働基準監督署において、屋根の勾配がそれほど急ではなく危険意識がなかったので安全帯を使用していなかったとの供述をしている(甲8の2)。また、安全帯を取り付けるロープ設備が不備であったとしても、控訴人甲野太郎は、これを設置することを被控訴人に求めていない。)。
 そして、控訴人らは、保健センターの西側屋根は霜のため滑落の危険があったことを十分に認識していたのに、丙川二郎が転落したと思い、事態の確認のため慌てて西側屋根に飛び出して本件事故に至ったのであるから、本件事故の発生については、控訴人らにも相当程度の過失があったというべきである。
 しかし、丙川二郎が屋根から転落した可能性が高く、そうであれば緊急に救助に向かう必要があるという状況にあっては、控訴人らのとった行動を一概に無謀な行為ということはできない。また、丙川二郎の転落事故は被控訴人の安全配慮義務違反に起因して発生したものであり、控訴人らの行動はこれに誘発されたものというべきであるから、これらの点も考慮すれば、本件事故の発生についての控訴人らの過失割合は、それぞれ50%と認めるのが相当である。〔中略〕
 5 塗装工事の債務不履行について
 前記のとおり、被控訴人が請け負った昭和村公民館ホール及び保健センターの屋根塗装工事においては、平成14年11月30日、工事に従事していた春野四郎が公民館ホールの屋根から転落して死亡する事故が発生し、そのため、被控訴人が自社で施工することを断念して、同年12月上旬ころ、控訴人甲野太郎に未施工部分の塗装工事を下請けさせた(控訴人甲野太郎本人の原審における供述によれば、同控訴人は、本件工事を引き受けるまでに春野四郎の死亡事故を被控訴人から知らされてなく、工事を始めるときに昭和村関係者から初めて知らされたことが認められる。)。ところが、降雪等による冬場の中断の後、工事を再開して間もない平成15年3月14日、今度は保健センターの屋根から、工事に従事していた丙川二郎が転落して死亡する事故が発生し、控訴人らはその事故現場に居合わせて、自らも屋根から滑り落ちるなどして負傷する事故に遭ったのである。
 このような状況にあって、なお控訴人甲野太郎に本件の現場における工事の続行を要求することは、社会通念上、極めて酷であるといわなければならない。被控訴人代表者である乙山三郎自身も、前橋地方検察庁において、春野四郎が滑落事故を起こしたことが大変ショックだったので、残りの工事は下請会社に作業を行ってもらうことにした、あるいは、死亡事故を短期間に連続2回も同じ現場で起こして精神的に参ってしまい、神主にお払いをしてもらって厄を落としてから他の業者に依頼して工事を完成させたとの供述をしているのである(甲7の1)。
 そして、丙川二郎の転落死亡事故が被控訴人の安全配慮義務違反に起因して発生したものであること、また、被控訴人は利根沼田地区ではトップクラスの塗装業者であり(甲7の2)、新たに別の下請業者に続行工事を依頼することは比較的容易であると考えられることも併せ考慮すれば、控訴人甲野太郎と被控訴人との間においては、同控訴人が下請けした本件工事は履行不能となったものと認め、かつ、それについて同控訴人に責任はないものと認めるのが相当である。
 したがって、被控訴人の控訴人甲野太郎に対する損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。