全 情 報

ID番号 : 08480
事件名 : 地位保全等仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 : 丸林運輸事件
争点 : 懲戒の自由・種別が就業規則等にあらかじめ明定されていない場合、会社は懲戒権を有しているか否かが争われた事案
事案概要 : 自動車運送業を営むY社から、飲酒運転、車両の私的利用等を理由として懲戒解雇されたトラック運転手であり労組委員長のX1、同副委員長のX2が、懲戒解雇は無効であるとして従業員としての地位確認、賃金仮払いを求めた事案である。
 東京地裁は、まず「あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定められていない事項についてY社が懲戒権を有するか」について、使用者は労働契約に基づいて当然に懲戒権を有するものではなく、就業規則が法規範としての拘束力を持つためには、あらかじめ懲戒処分の種別と事由を定め、その内容を周知しておくことが必要である旨を判示し、そのうえで本件の場合は、〔1〕周知されず、〔2〕採用時の誓約書の文言をもってしても懲戒処分の種別や事由を定めたものとは言えないとして、Y社は懲戒権を有しないと判示した。
 また、「仮に懲戒権があるとして、懲戒解雇に客観的合理的理由が存在し、社会通念上相当か」について、〔1〕X1らは早朝出庫予定の担当業務車輌仮眠ベッドで仮眠前に飲酒したもので飲酒運転にはあたらず、〔2〕業務用車両の50m程度の移動やアイドリングを私的消費とするには重きに失するとしたほか、〔3〕懲戒当時Yが認識していない非違行為(タコグラフチャート紙の不提出、解雇後のトラックの鍵・ETCカードの返還遅延など)を、事後的に懲戒理由を付加することは許されないとした。
 なお、X1らの賃金仮払い請求は1年間に限り認め、それ以外については申し立てを却下した。
参照法条 : 労働基準法89条
労働基準法106条
民事保全法23条
体系項目 : 賃金(民事)/賃金請求権の発生/無効な解雇と賃金請求権
就業規則(民事)/就業規則の周知/就業規則の周知
懲戒・懲戒解雇/懲戒権の根拠/懲戒権の根拠
懲戒・懲戒解雇/懲戒権の濫用/懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/職務上の不正行為
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/勤務中の飲酒行為
裁判年月日 : 2006年5月17日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 決定
事件番号 : 平成18(ヨ)21051
裁判結果 : 一部認容、一部却下
出典 : 時報1937号157頁/タイムズ1216号139頁/労働判例916号12頁/労経速報1938号25頁
審級関係 :  
評釈論文 : 松本光一郎・平成18年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨増1245〕301~302頁2007年9月清水弥生・労働法学研究会報58巻2号22~27頁2007年1月15日
判決理由 : 〔就業規則-就業規則の周知-就業規則の周知〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の根拠-懲戒権の根拠〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-勤務中の飲酒行為〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用-懲戒権の濫用〕
 (3) 債務者の債権者らに対する懲戒権の存否について
 労働者は、労働契約を締結したことにより、当然に企業秩序遵守義務を負うが、そうであるからといって使用者が労働者に対し、労働契約に基づいて当然に懲戒権を有すると解することはできない。したがって、使用者が労働者に対し懲戒処分をするためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要し、また、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものと解するのが相当である(最二小判平成一五年一〇月一〇日判タ一一三八号七一頁参照)。
 これを本件についてみるに、前記認定事実イによれば、債務者は、平成七年三月二〇日、江戸川労働基準監督署長に対し、本件就業規則を届け出たこと、同一七年一二月一九日以降、茨城営業所及び千葉営業所において、本件就業規則をカウンターに備え付け、従業員の閲覧を可能にしたことが認められる。しかし、前記認定事実エ(ア)、(イ)によれば、債務者は、債権者らに対する聴聞においてさえ、本件就業規則の一部を明らかにするのみで、就業規則の全部を明らかにすることを拒んでいたことが認められ、本件全証拠によるも、債務者が本件解雇以前に本件就業規則をその適用を受ける債権者ら従業員に対し周知させる手続を採っていたと認めるに足りる証拠はない。また、前記争いのない事実等(1)イ(ア)によれば、債権者甲野と債務者との間の雇用契約書及び誓約書には、飲酒運転、社用車の私用を行わないこと、雇用条件を遵守しない場合には即時解雇されても異議はない旨の記載がされていたことは認められるものの、かかる記載が使用者である債務者がその従業員である債権者甲野に対して行う懲戒処分に関し、懲戒の種別及び事由を定めたものと解することも困難である。
 したがって、債務者が債権者らに対し、本件就業規則、労働契約及び誓約書に基づき、懲戒権を有するということはできない。
 (4) 本件解雇の理由について
 ア 前記(3)で検討したとおり、債務者が債権者らに対する懲戒権を有すると解することはできないところ、仮に債務者が債権者らに対し、懲戒権を有するとしても、懲戒権の行使は、規律違反・利益侵害に対する制裁として、その規律違反・利益侵害の種類・程度その他の事情に照らして相当なものでなければならず、相当性を欠く場合には懲戒権の濫用として、当該懲戒処分は無効となるものと解される。〔中略〕
 (5) 小括
 以上検討したところによれば、本件解雇は債務者が債権者らに対して懲戒権を有していないにもかかわらず行われたものであり、仮に債務者が債権者らに対して懲戒権を有するとしても、本件解雇には客観的に合理的理由がなく、社会通念上相当とはいえず、懲戒権の濫用に当たるから、本件解雇は無効である。
〔賃金-賃金請求権の発生-無効な解雇と賃金請求権〕
 賃金仮払の仮処分は、「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため」(民事保全法二三条二項)に必要な限度で発令すべきものであるから、仮払いされるべき賃金額は、債権者らが人並みに生活を維持していくのに必要な額と解される。これを債権者甲野についてみると、《証拠略》によれば、債権者甲野は、妻及び子二人(一三歳及び一〇歳)と同居していること、かつて個人で運送事業を営んでいたときに負った借金の支払が滞り、平成一七年四月一五日、千葉地方裁判所において破産開始決定(同時廃止)を受けていること、債権者甲野の妻松子も、同一八年二月一三日、同地裁において破産開始決定(同時廃止)を受けていること、債権者甲野の収入は債務者から支払われる賃金のほかにないこと(同一七年は三五七万八二九七円、ただし、本件解雇以降、生計を維持するため配送のアルバイトを行っている。)、同人の妻松子の平成一七年の年収は一三一万一一五五円であること、家賃一〇万円のほか相当程度生活費がかかること、預貯金等特段の財産がないことが認められる。また、債権者丙川についてみると、《証拠略》によれば、債権者丙川は、妻及び子二人(一六歳及び八歳)と同居していること、債権者丙川及びその妻竹子は、平成一四年一〇月一一日及び同年一一月七日、千葉地方裁判所において、それぞれ破産開始決定(同時廃止)を受け、同一五年一月七日及び同年二月一九日、それぞれ免責許可決定を受けていること、債権者丙川の収入は債務者から支払われる賃金のほかになく(同一七年は四一〇万四九七四円、ただし、本件解雇以降、生計を維持するため配送のアルバイトを行っている。)、同人の妻竹子は無職であること、家賃等六万七〇〇〇円のほか相当程度生活費がかかること、預貯金等特段の財産はないことが認められる。以上の諸事情に照らすと、債権者らが人並みに生活を維持していくのに必要な額は、債権者甲野につき一か月二〇万、同丙川につき一か月三〇万円と認めるのが相当である。
 賃金の仮払期間についてみると、《証拠略》によれば、乙山ユニオンは、債権者らの生活費に充てるため、連合ユニオン東京から、平成一八年一月七日に二〇万円、同月一四日に二〇万円の貸し付けを受け、これをそれぞれ債権者らに貸し付けたこと、前記貸付金の返済日はいずれも同年六月三〇日であることが認められるところ、本案訴訟に要する期間等も考慮すれば、同年四月以降一年間に限って、その必要性を肯定すべきである。
 ところで、債権者らは、本件解雇が不当労働行為に当たるとして、債権者らの団結権、団体行動権を保障するためには、労働契約上の地位保全を要すると主張するが、本件全証拠に照らしても、債権者らについて、賃金仮払のほかに労働契約上の地位の保全を必要とするほどの「著しい損害又は急迫の危険」(民事保全法二三条二項)を認めることができない。