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ID番号 : 08490
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 中野区(非常勤保育士)事件
争点 : 再任拒否を受けた地方自治体非常勤職員である保育士らが地位確認、期待権侵害を理由として損害賠償等を請求した事案
事案概要 : 期間1年の任用を10年以上にわたって継続されてきた公立保育園の非常勤保育士Xらが、再任拒否に対する地位確認と賃金支払い及び期待権侵害を理由とする損害賠償を請求した事案である。
 東京地裁は、Xらは地方公務員法3条3項3号に定める「臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職」に当たる特別職にあったものであり、同職員は法律に特別に定めがある場合を除いて地方公務員法の適用を受けないとされるものの、原告らの地位に関する原告らと被告との関係は、私法上の雇用関係ではなく、公法上の任用関係であるから、Xらの地位は任用行為の内容によってのみ決定されるのであり、期間を1年として任用されている以上再任を請求する権利はなく、したがって、地位確認及び再任拒否日以降の賃金支払い請求には理由がないとして退けた。他方、損害賠償請求については再任用の期待を抱かせながらXらを再任用しなかった点についての責任を認め、一部認容した。
参照法条 : 労働基準法18条の2
地方公務員法3条
国家賠償法1条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/労働者/保育士
解雇(民事)/短期労働契約の更新拒否(雇止め)/短期労働契約の更新拒否(雇止め)
賃金(民事)/賃金請求権の発生/無効な解雇と賃金請求権
裁判年月日 : 2006年6月8日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ワ)5565
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 時報1944号163頁/タイムズ1212号86頁/労働判例920号24頁/労経速報1996号16頁
審級関係 : 控訴審/東京高/平19.11.28/平成18年(ネ)3454号
評釈論文 : 河合塁・労働法学研究会報58巻14号22~27頁2007年7月15日志田なや子・賃金と社会保障1424号52~57頁2006年8月25日勝亦啓文・労働法律旬報1650号39~42頁2007年6月25日島田陽一・判例評論581〔判例時報1965〕201~206頁2007年7月1日
判決理由 : 〔労基法の基本原則-労働者-保育士〕
〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
 原告らの地位は任用行為の内容によってのみ決定されるのであるから、期間を一年間として任用されている以上、原告らが再任用を請求する権利を有することはなく、被告が原告らを再任用しなかったことについて、解雇であれば解雇権の濫用や不当労働行為に該当して解雇無効とされるような事情があったとしても、解雇に関する法理が類推され、原告らが再任用されたのと同様の地位を有することになると解する余地はない。
 私法上の雇用契約においては、期間の定めのある雇用契約が多数回にわたって更新された場合、雇用の継続が期待され、かつその期待が合理的であると認められるときには、解雇権濫用の法理が類推適用される余地があると解される。しかし、原告らの地位に関する原告らと被告との関係は、私法上の雇用関係ではなく、公法上の任用関係であるから、その地位は、任用行為によって決定され、任用行為以外の事情や当事者の期待、認識によって、その内容が変わる余地はないというべきである。これを、労働者の側からみれば、私法上の雇用契約の場合と、公法上の任用関係である場合とで、多数回の更新の事実や、雇用継続の期待という点で差違がない場合があるけれども、公法上の任用関係においては、労働条件が任用権者や採用担当者によって自由に決定されたり、任用された際に決定された労働条件と異なる実態が継続したことによって労働条件が変更されることがないようにすべき要請があるのだから、結果として、私法上の雇用契約の場合と比較して、公法上の任用関係の場合は労働者が不利となることはやむを得ないというべきである。〔中略〕
 原告らは非常勤保育士の任用を希望した際や、任用をされた際に、非常勤保育士の任用期間は一年間であり、一年後に再任用されるとは限らず、仮に一年後に再任用されても、その後も再任用が継続されるとは限らないことについての説明は一切受けていないこと(前記のとおり、原告らの非常勤保育士としての任用は公法上の任用関係であり、期間が厳格に定められ、再任用を請求する権利が発生する余地がないのであるから、そのことを説明すべき必要性が高いというべきである。)、かえって、原告らが任用時に参加した説明会では、「定年はない。」、「一日でも長く働いてください。辞めないでください。」、「正規と同じように非常勤も異動するので大丈夫ですよ。」などと一部事実に反する説明もされていたこと(そのような説明がされたとの原告らの供述の信用性が高いことは、被告が、平成四年の週休二日制の実施に伴って非常勤保育士の職を導入したため(第二の一(2))、平成四年以降、保育業務に従事する非常勤保育士を相当数確保しなければならない状態にあったと考えられることからも裏付けられる。)、原告らの再任用手続は、原告甲野及び同乙山が、園長から口頭で、「来年もやってくれるわよね。」などと尋ねられたことがそれぞれ一、二回あるのみで、それ以外の再任用の際には、口頭での希望確認すらされていないこと、再任用に先立って毎年行われていた職務意向調査も、次年度の配置換えの希望や、次々年度までの退職予定の有無を確認するものに過ぎなかったこと、以上の各事実が認められるのであって、このように、原告らの任用の際には、長期間の稼働に対する期待を抱かせるかの説明がされ、その後の再任用手続も、本人の意思を明示的に確認しないでの再任用が常態化していたことに照らせば、その任用に制度上は期間の限定があるとされていることを認識していたとしても、自ら退職希望を出さない限り、当然に再任用されるとの期待を原告らが抱くのはごく自然なことである。
 そして、原告らは、いずれも、勤務時間こそ、午前七時一五分から午後七時三〇分までの間の八時間勤務での週五日勤務とされていた常勤の保育士と異なっていたものの、職務内容自体は、本来一般職である常勤の保育士が担当するべき職務に従事していたこと(このことは被告も区民委員会における答弁で認めている。)、被告における非常勤保育士は週休二日制の導入によって正規職員の休暇日(主として土曜日等)に勤務する保育士を確保する必要から採用されたものであり(第二の一(2))、「非常勤」の保育士といっても、その職務の必要性は一時的なものではなく、将来的にも職務が不要になるとは考えられないこと、保育士という職務は、専門性を有する上、乳幼児に対する保育に従事するものであって、職務の性質上、短期間の勤務ではなく、継続性が求められること、前記のような状態での再任用が、原告甲野及び同乙山において一一回、同丙川において一〇回、同丁原において九回にも及んでいること(第二の一(1))を考慮すれば、前記の原告らの期待は法的保護に値するというのが相当である。〔中略〕
 オ 以上によれば、原告らが再任用されるとの期待は、法的保護に値するというべきである。ところが、被告は原告らを再任用せず、原告らの上記期待権を侵害したのであるから、被告は、原告らに対して、その期待権を侵害したことによる損害を賠償する義務を負うべきである。