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ID番号 : 08518
事件名 : 公務外認定処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 地公災基金神奈川県支部長(小田原養護学校教諭)事件
争点 : 養護教諭の頚椎椎間板ヘルニアを公務外と認定した処分の取消しを求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 重度心身障害の脳性麻痺児の介助中、2度にわたり受傷した養護学校の教諭に発症した頸椎椎間板ヘルニアは公務上の疾病には当たらないとした地方公務員災害補償基金の処分の取消しを求めた事案である。
 第一審の横浜地裁は、脳性麻痺児の介助中の2度にわたる受傷と、それ以前からのヘルニアとの両者に同程度の起因可能性があるとして、請求を棄却した。
 控訴審の東京高裁は、当該2度の受傷がそれまでの外傷の蓄積の自然な経過を超えて憎悪させたため当該疾病の発症に至ったと認められるとして、原審を取り消して請求を認めた。
参照法条 : 地方公務員災害補償法1条
地方公務員災害補償法26条
地方公務員災害補償法28条
地方公務員災害補償法29条
地方公務員災害補償法45条
体系項目 : 労働時間(民事)/労働時間の概念/体操
労働時間(民事)/労働時間の概念/タイムカードと始終業時刻
裁判年月日 : 2006年10月25日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17行(コ)310
裁判結果 : 取消、認容(確定)
出典 : 時報1955号146頁/東高民時報57巻1~12号15頁/タイムズ1239号224頁/労働判例932号50頁
審級関係 : 一審/横浜地/平17.10.25/平成14年(行ウ)80号
評釈論文 : 石田眞・判例評論585〔判例時報1978〕213~218頁2007年11月1日
判決理由 : 〔労働時間-労働時間の概念-体操〕
〔労働時間-労働時間の概念-タイムカードと始終業時刻〕
 前記のとおり、控訴人は、本件各受傷当時、障害児の介助経験が長く、障害の程度が重く特に介助の難しい重症心身障害の脳性麻痺児(第一受傷時には二人)を担当し、障害の程度及び特質のために、体重約二〇又は一〇kgの生徒を抱きかかえて左腕で支えながら頸部をねじ曲げて左手指の細かい動作で水分補給等を行うなど、頸肩腕に大きな負荷のかかる姿勢での介助を日々続けるとともに、水分補給の過程で生徒が急激に強い力で何回も全身を反り返らせたり突っ張らせるなどの激しい動きをした際、生徒を保護するために頸部をねじ曲げたまま頸肩腕に強い力を入れて無理な姿勢をとり、頸肩腕に大きな負荷のかかる姿勢のままで約二〇分間介助を続け、第一受傷(平成八年一二月三日)の後には頸部の痛み及び左肩腕のしびれを生じ、平成九年三月一〇日に林病院において頸椎椎間板症の診断を受け、更にその約一箇月後の第二受傷(同年四月七日)の後には頸部及び左肩腕の強い痛み、しびれ及びこりを生じて次第に増悪し、鎮痛剤を飲まなければ症状が消えないようになり、その約二箇月後の同年六月一六日に厚木病院において頸椎椎間板ヘルニアの診断を受けるに至った。
 以上の事実経過に照らすと、本件各受傷当時における控訴人の公務は、頸椎椎間板の変性をその自然の経過を超えて増悪させる危険のある特に負荷の重いものであったと認めるのが相当であり、本件各受傷は、そのような控訴人の公務に内在し又は随伴する危険の発現として生じたものと認めることができる。〔中略〕
 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであるところ(最高裁昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)、前示のとおり、(【1】)本件各受傷は、いずれも約二〇分間にわたり控訴人の頸肩腕に対して強い外力及び著しく大きな負荷が加わったことによって発生したものであり、その直後から、それ以前には現れていなかった頸椎椎間板ヘルニアの症状である継続的な頸部及び肩腕の痛み、しびれ等が生じ、その症状が治癒しないまま第二受傷後に増悪して頸椎椎間板ヘルニアの診断及び手術に至ったこと、(【2】)第一受傷後には知覚鈍麻又は筋力の低下まではなく、頸部のけん引治療を続けてもそれによる痛みは生じず、頸椎椎間板症と診断されるにとどまったのに対し、第二受傷後には頸部及び肩腕の痛み、しびれ等の増悪に加えて手の知覚障害及び握力の低下も生じ、頸部のけん引治療による痛みも生ずるようになり、頸椎椎間板ヘルニアの診断を受けるに至ったこと等の諸事情に照らすと、本件においては、経験則に照らし、上記(A)、(B)又は(C)のいずれかの機序により、本件各受傷が、控訴人の頸椎椎間板の変性を、加齢及び長年の微小外傷の蓄積に基づく自然の経過を超えて増悪させ、その結果として頸椎椎間板ヘルニア及びその神経症状の発症に至った蓋然性が高いものというべきであり、一方、上記(【1】)及び(【2】)の事実経過等に照らすと、本件各受傷の当時、控訴人の頸椎椎間板の変性が、本件各受傷がなくても、加齢及び長年の微小外傷の蓄積に基づく自然の経過により本件疾病を発症させる程度にまで増悪していたとは認め難いといわざるを得ない。
 そうすると、本件においては、控訴人の過重な公務の遂行の過程でこれに内在し又は随伴する危険の発現として発生した本件各受傷が、控訴人の頸椎椎間板の変性を、加齢及び長年の微小外傷の蓄積に基づく自然の経過を超えて増悪させ、その結果として本件疾病の発症に至ったのであり、したがって、本件疾病の発症は控訴人の公務に内在し又は随伴する危険が現実化したものと認めることができる。
 (5) 以上によれば、本件各受傷と本件疾病の発症との間には相当因果関係を認めることができ、本件疾病の公務起因性を否定した本件認定は、取消しを免れない。