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ID番号 : 08519
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : マッキャンエリクソン事件
争点 : 給与等級を降級された広告代理店会社の従業員が変更前の地位確認等を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 広告代理店会社の業務部次長として同部の業務に従事していた原告が、いわゆる成果主義賃金体系を基礎とする新賃金制度が導入されたのに際し、いったん管理職である給与等級7級に格付けされ、その後7級から6級に降級され給与が減額されたことは、裁量権を逸脱した無効な降級処分であるとして、依然7級にあることの確認を求めるとともに、差額賃金の支払を求めた事案である。
 東京地裁は、まず、原告の地位確認の訴えは、7級の地位が単に6級との差額賃金だけを決める指標にとどまらず、より広く会社における待遇上の階級をも表すものである以上、確認の利益があると判断した上で、本件降級について、本人に著しい能力の低下・減退があったといった事実は認められないとして、確認請求及び差額賃金の請求を認容した。
参照法条 : 民事訴訟法134条
労働基準法89条
体系項目 : 賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
裁判年月日 : 2006年10月25日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)2672
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴(後控訴棄却))
出典 : 時報1969号148頁/タイムズ1250号158頁/労働判例928号5頁/労経速報1963号3頁
審級関係 : 控訴審/東京高/平19. 2.22/平成18年(ネ)5492号
評釈論文 : 水口洋介・季刊労働者の権利269号92~95頁2007年4月
判決理由 : 〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 一 地位確認請求についての確認の利益の存否について(争点一)〔中略〕
 (3) 以上によれば、被告において給与等級七級は管理職であり、これに対し六級は非管理職であり、両者で給与体系が異なっていること、また、給与等級七級の従業員が受給する業績年俸と六級の従業員が受給する賞与とで受給時期も異なり、退職金計算も異なっていることが認められる。以上のように、原告の求めている給与等級七級の地位にあることの確認請求は、単に差額賃金だけを決める指標にとどまらず、より広い被告における待遇上の階級をも表す地位の確認を求めていると解することができる。そうだとすると、原告において、本件降級処分に伴う差額賃金の請求に加え、給与等級七級の地位にあることの確認を求めることには正当な理由があるというべきであり、あえて、当該地位確認請求を求める法的な利益がないということは困難である。よって、給与等級七級の地位にあることの確認請求は確認の利益がないとの被告の主張は採用することができない。
 二 被告の就業規則は降級に関する規定が不明確であり、被告は具体的降級決定権を有していないか(争点二)。〔中略〕
 以上によれば、被告は、新賃金規程の中で、降級の基準を明確にしており、また、一九九六年一〇月には、「期待される能力像」の中で各資格等級に求められる能力について、さらには、一九九九年秋には、「期待される能力像の具体化モデル」の中で人事評価の具体的評価項目について、従業員に対し、明らかにし、このことは新賃金規程のもとでも変わっていない。そうだとすると、被告における降級基準は、従業員に明らかにされているというべきであって、この点に関する原告の主張は理由がない。よって、以下においては、上記従業員に対し明らかにされている評価基準を基に、原告に対する本件降級処分に理由があるのか否かについて検討を進めることにする。
 三 本件降級処分の有効性の存否(争点三)〔中略〕
 前記前提事実等を踏まえて、本件降級処分が有効か否かについて判断する。
 ア 降級の判断基準
 (ア) 被告は、成果主義賃金体系に基づく新賃金制度を導入したことに伴い、二〇〇一年度の人事評価から、従業員に対する降級制度を設けた。被告は、降級の基準について、全従業員に対し、次のような基準を明らかにした。すなわち、「評価の結果、本人の顕在能力と業績が、属する資格(=給与等級)に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断した際には、資格(=給与等級)と、それに応じて処遇を下げることもあり得ます。」、「降級はあくまで例外的なケースに備えての制度と考えています。著しい能力の低下・減退のような場合への適用のための制度です。通常の仕事をして、通常に成果を上げている人に適用されるものではありません。」という基準を明らかにした。(前記前提事実ア(ウ))
 (イ) 被告においては、従業員の人事評価を毎年一回行っており、評価基準は、-三から-一、〇、+一から+三までの七段階評価(ただし、一から七までの七ランクで表示することもある)で行っている。そして、-一の評価を二年連続受けた者及び-二の評価を当該年度受けた者が、降級の対象者となり、役員を中心に各部門の代表者からなる昇格会議で審議され、降級させるか否かを決定することになっている。そして、従業員は、評価基準が七段階評価であることは知っていたが、前記降級基準は被告から知らされていなかった。(前記前提事実イ(ア)、(イ))
 (ウ) 以上によれば、従業員に対する降級基準は、従業員に明らかにされている基準で行うのが相当であり、そうだとすると、「従業員本人の顕在能力と業績が、属する資格(=給与等級)に期待されるものと比べて著しく劣っている」、換言すると、「著しい能力の低下・減退」があったか否かによって判断するのが相当である。そして、被告内部において降級基準とされている、-一の評価を二年連続受けた者及び-二の評価を当該年度受けた者という基準は、前記「著しい能力の低下・減退」の一つのメルクマールであると捉えるのが相当である。そうすると、本件降級処分が有効か否かを判断するに当たっては、原告の二〇〇二年度の勤務態度が、原告の給与等級である七級に期待されているものと比べて著しく劣っていたか否か、原告に著しい能力の低下・減退がみられたか否かを検討すればよいことになる。以下、この点について、検討を進めることにする。〔中略〕
 エ 小括
 以上によれば、従業員を降級させるためには、原告の二〇〇二年度の勤務態度が、給与等級七級に期待されたものと比べて著しく劣っていたこと、原告に著しい能力の低下・減退があったことが必要であるところ、上記で判断したとおり、原告の二〇〇二年度の業務部での勤務振りは、通常の勤務であり、被告の主張する降級理由がいずれも認めるに足りる的確な証拠の存在しない本件にあっては、本件降級処分は、権限の裁量の範囲を逸脱したものとして、その効力はないものと解するのが相当である。前記前提事実エ(イ)、ケで認定した、戊山副社長が退職勧奨の際原告に対し発言した内容及び戊山副社長が退職勧奨をしながらもこれに応じなかった従業員が降級している割合が高いことが認められる本件にあっては、本件降級処分は、原告が退職勧奨を拒否したこととの関連が強く推認されるところである。
 したがって、原告を給与等級七級から六級に降級した本件降級処分は効力がなく、原告は、依然として、給与等級七級の地位にあると認めるのが相当である。そうだとすると、原告の当該地位確認請求は理由があるということになり、これを認容するのが相当である。
 四 差額賃金請求の成否(争点四)〔中略〕
 本件降級処分による原告の被った賃金の不利益は、これら原告が年間(年俸の期間が毎年四月から翌年三月までの一年間であることに照らすと、同期間)に受給した、あるいは受給することができたはずの賃金総額を比較して決めるのが合理的かつ相当である。