全 情 報

ID番号 : 08520
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : スズキ(うつ病自殺)事件
争点 : 自動車会社で自殺した者の親らが安全配慮義務違反を根拠に損害賠償を求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 自動車メーカー勤務していた者が自殺したことについて、会社には、契約上、労働者の労働時間を適切に管理し、心身の健康が害されないように配慮すべき義務があるのに、これを怠り、出勤簿すら設けず、労働時間の管理を放棄して長時間労働を放置し、労働時間を軽減したり、休ませたり、精神科を受診させるなどの措置を採らず、うつ病を発症させて、自殺に至らしめるという安全配慮義務違反があったとして、本人が会社に対して有する債務不履行に基づく損害賠償請求権を相続した親らが損害賠償を求めた事案である。
 静岡地裁浜松支部は、自殺は月平均約100時間もの時間外労働を余儀なくされていたことなどにより発症したうつ病が希死念慮を導いたことにより生じたものであって、使用者は、うつ病の発症をうかがわせる事実を認識していながら、業務の負担を軽減させるための措置を何らとらず、自殺に至らしめたものであったとして、安全配慮義務違反による損害賠償請求の一部を認めた。
参照法条 : 民法415条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 : 2006年10月30日
裁判所名 : 静岡地浜松支
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)60
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴(後和解))
出典 : 時報1970号82頁/タイムズ1228号193頁/労働判例927号5頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 (1) 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないよう注意し、もって、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っていると解するのが相当であるところ、本件においては、被告は、雇用主として、その従業員である一郎に対し、同人の労働時間及び労働状況を把握・管理し、過剰な長時間労働などによりその心身の健康が害されないように配慮すべき義務を負っていたというべきである。しかるに、前記一ないし三に認定したとおり、被告は、一郎の労働時間や労働状況を把握管理せず、平成一四年二月一日以降、月平均で約一〇〇時間もの時間外労働などの長時間労働をさせ、少なくとも平成一四年四月には、上司も、一郎に活気がなくなったり、同人が意味不明の発言をしたことなどうつ病の発症をうかがわせる事実を認識していながら、一郎の業務の負担を軽減させるための措置を何ら採らず、一郎にうつ病を発症させて、自殺に至らしめたのであるから、被告には、安全配慮義務違反があったことは明らかである。
 (2)ア これに対し、被告は、一郎の職場内での様子は、何か悩んでいるのではないか、疲れているのではないかといった程度の変化であり、誰の目から見ても明らかに異常でうつ病を疑うに十分な状態であったとはいえないし、戊田も、一郎に精神的な異常があるとか、うつ病を発症しているなどとは思っていなかった。戊田は、上司である乙山部長に報告して、乙山部長が面談を行い、その結果として、一郎に落ち着きが戻ってきた様子もみられたのであって、周囲の者として一郎に対する適切な配慮、対応を採ったと主張する。
 しかし、一郎の上司である戊田は、尋問において、平成一四年四月一〇日の一郎の発言について、「チンプンカンプン」であったとして、全く意味不明であったと供述していることからすると、一郎の状態が正常ではないことを容易に認識でき、うつ病発症の可能性を疑うべきであったということができる。また、被告は、乙山部長が一郎と面談を行ったと主張するが、単に面談をしたというだけであって、一郎の負担を軽減させる措置を採るものではないから、安全配慮義務を尽くしたということはできない。したがって、被告の上記主張は採用できない。
 イ また、被告は、同居していた原告らこそが、一郎に医師の診察を受けさせるなどするべきであったと主張するが、一郎に対して、原告らにも被告と同様の責任がある旨を主張するにすぎず、このような主張のみによっては、被告の安全配慮義務違反を否定する余地はない。
 ウ なお、被告は、一郎が管理職であり、出退勤管理の対象外である旨指摘し、労働基準法四一条二号の管理監督者に該当する者であるかのような主張をしているが、前記認定事実及び《証拠略》によれば、一郎は、上司である戊田から管理監督される、いわゆる中間管理職の立場にあり、行先や外出、出社、帰社、退社時刻を表示するものとされていたことからすると、労務管理につき経営者と一体的な立場にあり、出社退社につき厳格な規制を受けず、自己の勤務につき裁量権を持っていたということはできず、労働基準法四一条二号の管理監督者に該当するということはできない。したがって、被告の上記指摘をもって、被告が一郎の労働時間等を把握・管理すべき義務を免れるということはできない。