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ID番号 : 08535
事件名 : 賃金債権確認請求事件
いわゆる事件名 : 神奈川信用農業協同組合(割増退職金請求)事件
争点 : 農業協同組合による優遇措置付き選択退職の不承諾に対し、割増退職金の確認を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 信用事業を営む農業協同組合の支店次長らがした選択定年制に基づく退職の申出に対し、農業協同組合が、経営悪化により解散が不可避となったと判断して退職申出を不承諾とし、その後結局解散、全員解雇に至ったという事案において、支店次長らが優遇措置である割増退職金の債権を有することの確認を求めた事案である。
 第一審の横浜地裁小田原支部及び控訴審の東京高裁は、退職申出不承諾は合理性を欠き、退職の自由を制限するものであるから、承諾があったのと同様の合意退職の効果が発生したものとすべきであるなどとして、請求を認容した。
 これに対し最高裁第一小法廷は、選択定年制による退職は、従業員の申出に対し使用者が承認をすることによって効果が生ずるものとされており、諾否につき就業規則上制限は設けられていない、割増退職金は、早期退職の代償として特別の利益を付与するものにすぎず、これを受けられないことで退職の自由が制限されるものではないとして、原判決を破棄し労働者の請求を棄却した。
参照法条 : 労働基準法2章
体系項目 : 賃金(民事)/退職金/早期退職優遇制度
裁判年月日 : 2007年1月18日
裁判所名 : 最高一小
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16受380
裁判結果 : 破棄自判(確定)
出典 : 時報1980号155頁/タイムズ1252号150頁/裁判所時報1428号1頁/労働判例931号5頁
審級関係 : 控訴審/東京高/平15.11.27/平成15年(ネ)2925号
一審/横浜地小田原支/平15. 4.25/平成14年(ワ)55号
評釈論文 : 根岸忠・法律時報80巻3号111~115頁2008年3月山下昇・判例評論592〔判例時報1999〕192~195頁2008年6月1日山川隆一・ジュリスト1339号177~179頁2007年8月1日小宮文人・法学セミナー52巻9号119頁2007年9月清正寛・法政法科大学院紀要4巻1号79~90頁2008年6月川久保正雄・季刊労働法220号209~215頁2008年3月中内哲・民商法雑誌136巻4・5号213~220頁2007年8月田中勇気・労働法学研究会報59巻5号4~27頁2008年3月1日畑中祥子・日本労働法学会誌110号218~227頁2007年11月
判決理由 : 〔賃金-退職金-早期退職優遇制度〕
 2 本件は、被上告人らが、本件選択定年制により退職したものと取り扱われるべきであると主張して、上告人との間において、本件要項の定める金額の各割増退職金債権を有することの確認を求めているものである。
 3 原審は、上記事実関係の下において次のとおり判断し、被上告人らの請求をいずれも認容すべきものとした。
 (1) 上告人は、従業員がした本件選択定年制による退職の申出に対して承認をするかどうかの裁量権を有するが、不承認とすることが従業員の退職の自由に対する制限となることなどからすれば、上記裁量権の行使は、本件選択定年制の趣旨目的に沿った合理的なものでなければならず、上告人が不合理な裁量権の行使により不承認とした場合には、申出のとおり本件選択定年制による退職の効果が生ずるとするのが相当である。
 (2) 被上告人らのした本件選択定年制による退職の申出に対して上告人が不承認としたのは、事業を譲渡する前に退職者の増加によりその継続が困難になり、信用不安が発生する事態を防ぐためである。しかしながら、不承認とされることにより被上告人らの受ける不利益は、受忍し得る程度のものとはいい難く、また、上記のような従業員個々の具体的事情にかかわらない事由に基づいて不承認とするのは理由が不十分であるから、上告人が上記裁量権を合理的に行使したとは認められない。
 したがって、被上告人らの上記申出は、これに対し上告人の承認があったのと同様に取り扱うべきであり、被上告人らについて本件選択定年制の適用を受ける退職の効果が生じたこととなる。
 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 前記事実関係によれば、本件選択定年制による退職は、従業員がする各個の申出に対し、上告人がそれを承認することによって、所定の日限りの雇用契約の終了や割増退職金債権の発生という効果が生ずるものとされており、上告人がその承認をするかどうかに関し、上告人の就業規則及びこれを受けて定められた本件要項において特段の制限は設けられていないことが明らかである。もともと、本件選択定年制による退職に伴う割増退職金は、従業員の申出と上告人の承認とを前提に、早期の退職の代償として特別の利益を付与するものであるところ、本件選択定年制による退職の申出に対し承認がされなかったとしても、その申出をした従業員は、上記の特別の利益を付与されることこそないものの、本件選択定年制によらない退職を申し出るなどすることは何ら妨げられていないのであり、その退職の自由を制限されるものではない。したがって、従業員がした本件選択定年制による退職の申出に対して上告人が承認をしなければ、割増退職金債権の発生を伴う退職の効果が生ずる余地はない。なお、前記事実関係によれば、上告人が、本件選択定年制による退職の申出に対し、被上告人らがしたものを含め、すべて承認をしないこととしたのは、経営悪化から事業譲渡及び解散が不可避となったとの判断の下に、事業を譲渡する前に退職者の増加によりその継続が困難になる事態を防ぐためであったというのであるから、その理由が不十分であるというべきものではない。
 そうすると、本件選択定年制による退職の申出に対する承認がされなかった被上告人らについて、上記退職の効果が生ずるものではないこととなる。
 5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、被上告人らの請求は理由がないから、第1審判決を取り消してこれをいずれも棄却すべきである。