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ID番号 : 08547
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : 独立行政法人国際観光振興機構事件
争点 : 直属の上司ではない者がなした人事評価によりなされた降格が人事権の濫用に当たるか否かが争われた事案(労働者勝訴)
事案概要 : Xは、Y機構バンコック事務所在勤中に誤って本部職員用の基準で人事評価を行い、直属の上司であるA所長もこれに気づかずにいたところ、B本部管理部長が過誤に気づいた。そこでB部長は、期限付きで再提出を求めたが再び不手際があったため、直接Xに「人事評価書」の提出を求めて自らこれを修正し、Yはこの評価をもとにXを降格とし、給与も減額した。そこで、Xは、Yのなした降格等は人事権の濫用に当たり違法無効であるとして、降格等前の等級号俸(以下「旧等級号俸」という。)を前提とした場合に支給されうべき給与額と実支給額との差額等の支払いを求めた事案である。
 東京地裁は、人事制度の仕組み自体は合理性を欠くとはいえないとしたが、直属の上司でないB部長による修正は、人事評価の前提ルールを超えB部長の感情等を強く反映したもので合理性を欠き、同評定に基づく降格等は人事権の濫用に当たり無効とした。そのうえで、Yに対して旧等級号俸を前提とした場合の給与及び退職金の差額・遅延損害金をXに支払うよう命じた。
参照法条 : 労働基準法89条
民法709条
体系項目 : 労働契約(民事)/人事権/降格
賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
裁判年月日 : 2007年5月17日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)15059
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例949号66頁/労経速報1975号20頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約-人事権-降格〕
 降格・降給制度を導入する就業規則の不利益変更の効力を争わないからといって、当該降格・降給制度の基礎となっている人事制度の合理性までをも認めるものとはいえないから、本件で、原告が、本件人事制度における制度設計の仕組みの合理性のみを争うことが許されないとする理由はない。
 よって、被告の主張は採用できない。〔中略〕
 海外職員の給与が国内に勤務する職員と比べて高額であること(書証(略)、弁論の全趣旨)や、海外事務所が本部から地理的に離れた場所にあり、また、同事務所は一ないし三名と少数の海外職員で構成されていること(書証略)を勘案すると、D部長の上記考慮は全く根拠を欠くものとはいえないから、事務所係数による修正を加える海外職員の人事評価方法も、人事評価の適正化を図る手段として合理性を欠くとはいえない。
 この点、原告は、海外事務所の業績・成果と同事務所の所属職員の業績・成果は重なることが多いとして、同一の事象を二重に評価するものであって合理性を欠くと主張するが、海外事務所は少数ながらも複数の職員で構成されているのであるから(書証略)、同事務所の業績・成果の評価とその所属職員の業績・成果が一致するとは即断できないのであって、そうであれば、海外職員の人事評価を海外事務所評価を基礎とする事務所係数による修正を加えることが全くの二重評価であるとはいえない。〔中略〕
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
〔労働契約-人事権-降格〕
 このような海外事務所評価の結果をみると、海外事務所の評定「A」において措定されている「期待水準」も、従前の実態と連続性のあるものであった可能性は高く(つまり、通常の業績・成果を挙げていれば評定「A」と評される可能性がある)、してみれば、海外事務所が著しく高度な業績・成果を挙げなければ当該事務所職員の人事評価が減じられてしまうという関係にあるとはいえない。よって、この点も、海外職員の人事評価方法の合理性の欠如を裏付けているとはいえない。
 ウ そして、上記の他に、本件人事制度の仕組みの不合理性を基礎付けるに足りる事情も見当たらない以上、本件人事制度の仕組みそれ自体が明らかに合理性を欠くものであったとはいえない。
 (2) 本件評定の不合理性について〔中略〕
 上記のような事情は本件評価対象期間における日常の原告の職務行動等の観察を通じて評価するのが適切であり、したがって、その評価については、日頃職員の勤務態度等に接している直属の上司のそれを尊重することが、本件人事制度においても当然の前提になっていると解される(だからこそ、海外職員につき事務所係数による修正を加えることとしたものといえるし、証人D・一〇頁の証言も同様の理解に立つものとみられる)。〔中略〕
 D部長による本件修正は本件人事制度が定めるルール・前提に合致したものとはいえないのであり、したがって、同修正が強く反映した本件評定もまた、その余を判断するまでもなく(バンコック事務所の事務所係数が前提となる事実(6)、エのとおり〇・六であるとしても、C所長の評価点〔三五点〕を前提とするならば、原告の最終評価点は二一点となり、評価「E」には至らない)、本件人事制度に則って適切になされたということはできない(なお、上記は本件評価対象期間後に生じた事象であっても、当該期間における人事評価の基礎となり得ることを前提としている)。
 ウ したがって、本件評定の合理性を推定することはできないが、被告は本件評定につき、本件人事制度に基づいて適正にされたということ以外の点につき、何ら主張・立証をしていないから、結局、本件評定は合理性を欠く人事権の行使であったと評価するほかない。
 (3) 小括
 以上のとおり、本件評定は合理性を欠くということになるから、同評定を基礎とする本件降格等もまた合理性を欠くということに帰着し、結局、本件降格等は、人事権を濫用したものとして無効となるというべきである。