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ID番号 : 08549
事件名 : 雇用関係存在確認等請求控訴、同附帯控訴事件
いわゆる事件名 : サン石油(視力障害者解雇)事件
争点 : ガソリンスタンドの重機運転手が視力障害による解雇を不当として雇用関係確認等を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : ガソリンスタンドの経営などを行う会社で重機運転手として雇用され稼動していた従業員が、視力障害を理由とする解雇を不当として、雇用関係存在確認と賃金等を請求した控訴審である。 第一審は、解雇を無効とし、賞与に係る訴えの一部を除きほぼ従業員の請求どおり認容した。これに対し第二審札幌高裁は、本件普通解雇が、〔1〕経歴詐称の普通解雇事由該当性については、視力障害があることを告げなかったことが解雇に値するまでの行為でないとし、〔2〕業務不適格性の普通解雇事由該当性についても、技能に問題がないと判断されて雇用されており、大型特殊免許を持っていなくても業務に支障はないため就業規則上の前記普通解雇事由も該当しないとして、解雇権が濫用されたものと認定した。また、〔3〕本人による解雇の承認については、代理人弁護士が地位保全仮処分申立てを行わなかったこと、雇用保険の受給や職業安定所から就職先の照会を受けたことも、承諾の意思表示には当たらないとした。〔4〕解雇後の賃金請求権については、不就労は会社の責めに帰すべき事由による債務の不履行に当たるとして、解雇前と同一額の給与、寒冷地手当及び賞与の支払を命じた。しかし、会社の不法行為については、判断には無理からぬものがあったとして訴えを退けた。
参照法条 : 労働基準法18条の2
労働基準法20条
労働基準法89条
民法536条2項
体系項目 : 解雇(民事)/解雇事由/就業規則所定の解雇事由の意義
解雇(民事)/解雇事由/職務能力・技量
解雇(民事)/解雇事由/従業員としての適性・適格性
退職/合意解約/合意解約
賃金(民事)/賞与・ボーナス・一時金/賞与請求権
裁判年月日 : 2006年5月11日
裁判所名 : 札幌高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ネ)250、平成17(ネ)320
裁判結果 : 控訴棄却、附帯控訴一部認容、一部棄却(原判決一部変更)(上告、上告受理申立(後棄却、不受理))
出典 : 労働判例938号68頁
審級関係 :
評釈論文 : 所浩代・季刊労働法219号260~268頁2007年12月
判決理由 : 〔解雇(民事)-解雇事由-就業規則所定の解雇事由の意義〕
〔解雇(民事)-解雇事由-職務能力・技量〕
〔解雇(民事)-解雇事由-従業員としての適性・適格性〕
〔退職-合意解約-合意解約〕
〔賃金(民事)-賞与・ボーナス・一時金-賞与請求権〕
 1 争点〈1〉(本件解雇の有効性)について   (1) 使用者が労働基準法20条に基づいて行う普通解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして無効である(同法18条の2)。そして,本件のように,就業規則において普通解雇事由が列挙されている場合,当該解雇事由に該当する事実がないのに解雇がなされたとすれば,その解雇は,特段の事情のない限り,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないというべきであるから,権利を濫用したものとして,無効と解するのが相当である。〔中略〕   (4) 視力障害を秘匿して雇用されたことについて  前記のとおり,被控訴人は,控訴人の採用面接を受けた際,健康状態の欄に「良好」と記載された履歴書(〈証拠略〉)を提出し,採用面接を担当した三郎専務に対して視力障害があることを積極的には告げなかったものと認められるものの,履歴書の健康状態の欄には,総合的な健康状態の善し悪しや労働能力に影響し得る持病がある場合にはこれを記載するのが通常というべきところ,被控訴人の視力障害は,総合的な健康状態の善し悪しには直接には関係せず,また持病とも直ちにはいい難いものである上,後記のとおり,被控訴人の視力障害が具体的に重機運転手としての不適格性をもたらすとは認められないことにも照らすと,被控訴人が視力障害のあることを告げずに控訴人に雇用されたことが就業規則61条(重要な経歴をいつわり,その他不正な方法を用いて任用されたことが判明したとき)の懲戒解雇事由及び同54条4号の普通解雇事由に該当するということまではできない。   (5) 視力障害を原因とする業務不適格性について    ア 被控訴人の視力は,前記前提となる事実(5)のとおり,右眼が1.2,左眼が0.03(矯正不能)である。また,証拠(〈証拠略〉)によれば,被控訴人の左眼の視認状況は,その角膜に白斑があるため,曇りガラスを通したようになっていると認められる。これらの事実からすれば,被控訴人が通常どおり視認し得る左方向の視野は,視力に障害がない者に比して幾分狭くなっていると認められる。  被控訴人は,専ら,重機の運転業務に従事していたのであるが,重機には,20トンもの重量を有するものもあり,かつ,その車体上部の旋回速度は,比較的高速である(〈証拠略〉)。被控訴人が,このような重機を運転することは,それ自体,通常の車両の運転に比して,極めて高度の危険性を内包しているといえ,被控訴人の視力障害が,かかる危険性を助長する要因となり得ることは否定できない。しかし,他方,証拠(〈証拠略〉)によれば,被控訴人は,控訴人での採用面接に当たり,実技試験として,控訴人の作業現場の責任者の面前で重機を運転し,その技能に問題がないと判断されて雇用されたこと,及び被控訴人の保有する大型特殊免許は,平成16年2月12日に更新されていることが認められる。なお,控訴人は,大型免許の取得資格のない被控訴人を,大型自動車運転業務よりも高度の能力ないし適格性を必要とする重機の運転業務に従事させることは危険であると主張するが,大型自動車と大型特殊自動車(重機)とでは,車両の仕様,用途ないし運転態様も,免許を受けるための適性試験の合格基準(道路交通法施行規則23条参照)も異にするのであるから,一眼につき視力障害のある被控訴人が大型免許を受けられないからといって,そのことから直ちに大型特殊免許を有する被控訴人を大型特殊自動車(重機)の運転業務に従事させることが危険であるとまでは認められない。これらからすると,被控訴人に上記のような視力障害があることをもって,直ちに,被控訴人が,重機の運転業務に不適格であるとまでは認められない。〔中略〕   (7) 以上のとおり,本件解雇の理由として控訴人の主張する被控訴人の業務不適格性協調性の欠如及び就業規則61条該当性は,いずれも認められず,他に,本件解雇についての合理的な理由は認められない。なお,控訴人は,労働安全衛生法3条,4条に照らし,本件解雇は労働者の安全を自主的に講ずる措置としても有効というべきである旨主張するが,労働安全衛生法は,職場における労働者の安全と健康を確保するとともに,快適な職場環境の形成を促進することを目的とする法規であり(同法1条),労働者の解雇の根拠となるようなものではないから,控訴人の上記主張は独自の見解といわざるを得ず,これを採用することはできない。そうすると,本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないというべきであるから,権利を濫用したものとして,無効といわなければならない。  2 争点〈2〉(雇用契約の合意解除の成否)について  一般に,使用者が行った普通解雇の意思表示に対して,労働者がこれを有効なものとして確定的に受け容れる意思表明をした場合,当該普通解雇の意思表示は,雇用契約の合意解除の申入れの意思表示にも当たり,これに対して,労働者が承諾の意思表示をしたと評価される場合もあり得ると解される。  しかし,控訴人が争点〈2〉について主張する事実のうち,被控訴人の代理人弁護士が,控訴人で働くことを求める地位保全仮処分申立てを行わず,損害賠償請求訴訟を提起する旨連絡したこと(前記第2の3(2)ア(ア))については,この連絡は,本件解雇が違法であることを前提として,その対応の方針を連絡したにすぎず,本件解雇を有効なものとして確定的に受け容れる意思を表明したものでないことは明らかである。また,解雇された労働者が,雇用保険を受給し,あるいは,とりあえず他に職を得て,当面の生活を維持しつつ,解雇の効力を争うことは通常みられるところであり,被控訴人が,雇用保険金を受給したこと(同(イ))や,公共職業安定所から就職先を紹介して貰ったこと(同(ウ))も,上記のような意思表明をしたことに当たらないというべきである。〔中略〕  控訴人は,賞与は本件解雇後の事業労働に従事・貢献しなかった被控訴人に対して支払われるべきものではない旨主張するが,上記の就業規則の規定及び弁論の全趣旨によれば,控訴人において,賞与は,労務提供の反対給付たる賃金としての性格を有するものと認められるから,その責めに帰すべき事由によって労務提供を受けなかった控訴人としては,被控訴人が本件解雇後の事業労働に従事・貢献しなかったことを理由として被控訴人に対する賞与の支払を免れることはできないというべきであり,控訴人は,被控訴人に対し本件解雇後当審の口頭弁論終結日までの賞与(すなわち平成16年の夏期賞与から平成17年の冬期賞与まで)として,控訴人の業績や被控訴人の従前の勤務状況を勘案した相当額を支払わなければならないといわなければならない。