全 情 報

ID番号 : 08552
事件名 : 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 : 神奈中ハイヤー(受動喫煙)事件
争点 : タクシー乗務員が受動喫煙による健康被害を理由に会社に対して損害賠償を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : タクシー乗務員が、乗客の喫煙による受動喫煙のため健康被害を受けるとともに恐怖と不快感を味わったとして、使用者であるタクシー会社に対して損害賠償を求めた控訴審である。 第一審横浜地裁小田原支部は、タクシー会社には安全配慮義務違反はなかったとして訴えを棄却したため乗務員が控訴。これに対し第二審東京高裁は、タクシー会社は、タクシー車両を含む会社施設について、従業員の受動喫煙による健康被害を防止するため受動喫煙防止の措置を採るよう努力する義務があったことは明らかであり、職場の分煙化や禁煙車両の増加などの対策を進めるとともに、非禁煙車両に乗務する従業員に対しては、健康状態を定期的に診断するなどの配慮と対応の義務があるとした。その上で、タクシー会社の安全配慮義務の不履行又は不法行為を肯定するためには、乗務員らが業務遂行中の受動喫煙による体調の変化を具体的に訴え、タクシー会社がこれを認識し得たにもかかわらず漫然と放置したために健康被害が生じたものと認められる場合であることを要するとし、本件はこれに該当しないとして原判決を維持した。
参照法条 : 労働基準法
民法415条
民法709条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 : 2006年10月11日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ネ)2982
裁判結果 : 棄却(上告、上告受理申立)
出典 : 労働判例943号79頁
審級関係 : 一審/08476/横浜地小田原支/平18. 5. 9/平成16年(ワ)590号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
1 被控訴人は,遅くとも控訴人をタクシー乗務員として採用した平成15年6月以降においては,タクシー車両を含む被控訴人の営業施設について,その状況に応じ,従業員の受動喫煙による健康への悪影響を排除するために,受動喫煙を防止する措置を採るように努力する義務があったことは明らかであり,職場の分煙化や禁煙車両の増加など「施設の態様や利用者のニーズに応じた適切な受動喫煙防止対策を進める」(前記厚生労働省健康局長通達)とともに,非禁煙車両に乗務する従業員に対しては,その業務の遂行に伴う受動喫煙による健康への悪影響が生じていないか,個々の従業員の健康状態を定期的に診断するなどして,当該従業員が受動喫煙によりその健康を害することのないように配慮し対応すべき義務があるというべきである。  もっとも,前記1(6)~(8)に認定の事実によれば,被控訴人の営業においては,非禁煙車両の一乗務当たりの営業回数16.78回~24.62回に対し,一乗務当たりの乗客の喫煙件数は0.35件~0.55件であり,また,タクシー車内における乗客の喫煙による乗務員の受動喫煙の暴露時間や暴露濃度も,種々の条件によって異なることが明らかであるから,被控訴人においては,個々の従業員から受動喫煙による体調の変化を訴えられなければ,当該従業員の受動喫煙による健康への悪影響がどの程度のものであるかを具体的に知ることは困難であることを否定することができない。  そうすると,非禁煙車両に乗務するものであることを前提に被控訴人に採用された控訴人の受動喫煙を理由とする本件損害賠償請求訴訟において,被控訴人が安全配慮義務の不履行又は不法行為に基づく損害賠償義務を負うというためには,控訴人において,被控訴人に対しその業務の遂行における受動喫煙による体調の変化を具体的に訴え,被控訴人が,その健康診断により,控訴人に受動喫煙による健康への悪影響が生じていることを認識し得たのにもかかわらず,これを漫然と放置したために,控訴人に受動喫煙による健康被害の結果が生じたものと認めることができる場合であることを要するものと解するのが相当である。〔中略〕 控訴人の陳述書(〈証拠略〉)の記載やその供述中には,平成15年7月6日の初乗務以降,受動喫煙による健康被害を自覚するようになり,同年末ころ体の異常がひどくなったところ,同年7月からの1年間,受動喫煙で悩んでいるとB班長にことあるごとに相談していた旨述べる部分がある。しかし,上記陳述書の記載や控訴人の供述部分は,前記1(3)イに認定のとおり,控訴人が平成15年8月13日及び平成16年2月18日に健康診断を受けた際異常所見なしと判定されていることや,控訴人が体の異常の原因がタクシー車内でのたばこであると思ったのは平成16年4月ころである旨供述していること(〈人証略〉),また,控訴人の同年7月1日付け書簡(乙6)において,その終わりの方に「尊敬している戸塚営業所1班のB班長にはいつも相談していますが」などと殊更に「相談」の内容についてあいまいな書き方をしていることに照らし,到底信用することができない。〔中略〕 以上によれば,被控訴人に控訴人に対する債務不履行責任及び不法行為責任があるということはできない。」  2 以上によれば,控訴人の本件請求は理由がないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当である。