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ID番号 : 08559
事件名 : 地位確認請求事件
いわゆる事件名 : 学校法人Y学園事件
争点 : 高校教諭が事務職員への配転について無効確認と懲戒処分による減給分の支払等を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 私立高校の数学科教諭が、事務職員への配置転換の無効確認と、同配置転換に端を発する3度にわたる懲戒処分(出勤停止)による給与減給分の支払、及びこれら処分により被った精神的苦痛を理由とする慰謝料の支払を求めた事案である。 東京地裁は、数学科教諭の配置転換理由として私立高校が掲げた、授業能力が低い、同僚教職員との協調性の欠如、生徒に対する教育的愛情の欠如等につき、〔1〕そもそも主張事実が証拠上認められない、〔2〕配置転換の理由としては薄弱である、〔3〕本来配置転換の理由となりうる事実ではあるが、本件ではこれまで何らの注意も与えられてこなかった等の事情からここでの配置転換理由とすることはできないといえ、これら解雇に匹敵するほどの高度の必要性があるとはいえないばかりか、同事実について指導したり処分を科したりして改善を促すなど、教員から事務職員への配置転換に際して必要とされる適正な手続も経ていないから、本件配転命令は無効であると評価せざるを得ないとして、数学科教師の請求を認容した。
参照法条 : 労働基準法89条
民法1条3項
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/労働者/教員
配転・出向・転籍・派遣/配転命令の根拠/配転命令の根拠
配転・出向・転籍・派遣/配転命令権の濫用/配転命令権の濫用
裁判年月日 : 2007年2月23日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)16998
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(確定)
出典 : タイムズ1272号177頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)-労働者-教員〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠-配転命令の根拠〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用-配転命令権の濫用〕
 1 本件配転命令の有効性   (1) 原被告間の労働契約の性質  原告は、就業規則11条1項の定めにかかわらず、原被告間の労働契約は、教員という職種に限定されたものであり、他の職種には一切変更することが認められず、本件配転命令は無効である旨主張するが、原被告間の労働契約に就業規則11条1項の定めを排除する旨の特約が存在することを認めるに足りる証拠はないから、同主張は採用することができない。  もっとも、教員という職業は高度の専門性を有するものであり、教員として労働契約を締結した原告に対して事務職員への配置転換を命ずることは、解雇にも匹敵するほどの重大な処分であるから、これを行うためには、解雇にも匹敵するほどの高度の必要性がある場合であって、かつ適正な手続を経た場合でなければならないというべきである。〔中略〕 被告が本件配転命令の理由として挙げた諸事実は、〔中略〕すべてを総合しても、原告に教員としての適格性を根本的に否定するような事情があるとまでは認められず、解雇に匹敵するほどの高度の必要性があるとはいえないばかりか、同事実について指導したり処分を科したりして改善を促すなど、教員から事務職員への配置転換に際して必要とされる適正な手続も経ていないから、本件配転命令は無効であると評価せざるを得ない。この点に関し、北川証人は、いみじくも、被告が指摘するような原告の問題点は仮にそれが存在するものであっても、従前の本件高校においては許容範囲であるとして放置されていたところ、北川証人が校長及び理事に就任した平成16年度以降、学校の方針を見直すこととなり、原告に対して退職勧告することとし、本件配転命令をするに至ったのであることを自認しているのであって(同人の証言調書18頁)、従前そのような問題を放置しておきながら平成17年に至って急に方針を改めて本件配転命令を実施したことは明らかであり、そのような処分に相当性を認めることはできない。〔中略〕  2 第1次懲戒処分の有効性  処分通知書に第1次懲戒処分の理由として記載された事実〔中略〕を原告が行ったことについても原告は争わない(この評定一覧表は、甲9と同一のものであるが、弁論の全趣旨によれば、仮処分事件においては、生徒の氏名も抹消せずそのままにして提出したことが認められる。)。〔中略〕  証拠〔中略〕によれば、原告が評定一覧表を持ち出しコピーをとったのは、本件配転命令の効力を争うために申し立てた仮処分事件の審尋期日に疎明資料として提出するためであったことが認められるところ、本件配転命令が無効であることは上記のとおりであるから、第1次懲戒処分の効力を判断するに当たっても、当該行為が本件配転命令の効力を争うために申し立てた仮処分事件に提出する動機の下にされたという事実は重視せざるを得ない。もっとも、本件配転命令が無効であるからといって、同仮処分事件においていかなる証拠提出行為をしても許されるというものではないが、その動機が重視されることは否定できない。そして、証拠〔中略〕によれば、評定一覧表は指導要録を作成するための重要な資料であり、各教員が作成して押印した後、少なくとも5年間学校が保管することとされていた書類であることが認められるが、実際には、厳重に金庫等に保管されることはなく、また、各教員が作成した際のパソコン内のデータについても消去を命じたりはしていないことも認められるのであって、これを単なる私信であるとする原告の見解には賛成することができないものの、上記のような管理のあり方が原告の上記のような解釈を助長した面があることも否定できないのであり、裁判所への提出に際して氏名をそのままにした点に疑問が残るものの、本件配転命令の効力を争うためという動機及び非公開の手続であり、第三者の目に触れる可能性は少なかった点に照らすと、あえて懲戒処分をもって臨む必要のある行為とまでは認められないというべきである。  したがって、第1次懲戒処分は効力を有しない。  3 第2次懲戒処分及び第3次懲戒処分の有効性   (1) 第2次懲戒処分について  第2次懲戒処分は、「校長が必要と認める場合は職員会議に出席する。」との同年6月14日付け業務命令に従わず会議に出席し、校長からの退席命令にも従わなかったことが就業規則30条4号に該当するとしてされたものであるところ、職員会議に出席することは教員としての地位に当然付随する権限と解され、同業務命令は原告の教員としての立場を危うくするものであって、人事権を濫用するものであるとともに本件仮処分命令にも反するものと評価せざるを得ない。  したがって、同業務命令に違反したことを理由としてされた第2次懲戒処分は効力を有しないことに帰する。   (2) 第3次懲戒処分について  第3次懲戒処分は、同年6月14日付け及び同年7月4日付けの「校長が必要と認める場合は職員会議に出席する。」との業務命令に再度違反して会議に出席し、校長からの退席命令にも従わなかったこと、指導要録の電子ファイリングによる整理も行わず、その他の業務命令についても依然行われていないことが就業規則30条4号に該当するとしてされたものである。  まず、職員会議に出席したこと及び退席命令に従わなかったことを理由として懲戒処分をすることが人事権の濫用であり本件仮処分命令にも反するものであることは(1)に説示したとおりである。  次に、指導要録の電子ファイリングによる整理については、証拠(乙2、北川証人の証言)によれば、指導要録とは、生徒の氏名、出身中学校、学習成績、活動記録等を記録したものであって、20年間保管が義務付けられているが、本件高校では20年以上前のものも多数保管されており、紙質の劣化が著しいため、電子ファイリング化する構想があったこと、その作業としては、市販のファイリングソフトを利用して画像を取り込み、その後その他のソフトを利用してデータを分類整理し、検索、抽出などの工夫をすること、これにより在校生の指導について教職員の業務の効率化を図るほか、さらには卒業後進路などの関連について分析し新しい企画活用を進めることが期待されていたところであったことが認められる。  以上によれば、これらの作業の中に教員としての経験、能力が必要とされる面があることは否定できない。しかし、他方、必ずしも教員としての経験、能力を必要としない作業が含まれていることもまた否定できないのであり、これらの分担を決めないままにすべての作業を原告に命ずることは、人事権の濫用となり本件仮処分命令にも反するものといわざるを得ない。  したがって、同業務命令に違反したことを理由とする第3次懲戒処分もまた無効である。