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ID番号 : 08563
事件名 : 休業補償不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 北海道銀行・札幌東労働基準監督署長事件
争点 : 銀行員であった者がうつ病を発症、退職したことにつき休業補償給付を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 銀行の従業員が、在職中の過重な業務が原因でうつ病を発症し、その後増悪したことにより退職を余儀なくされたとして、休業補償給付の支給を請求したところ不支給の処分を受け、その取消しを国に求めた事案である。 札幌地裁は、まず、労災保険の給付対象となる業務上疾病のうち精神障害であるうつ病が対象となるためには、労災保険法施行規則別表第1の2の「その他業務に起因することの明らかな疾病」(9号)に該当することが必要であるとし、受給資格のあることは自ら証明する責任があるとした。そして、発症との間に業務起因性があるというためには、単に当該業務と疾病との間に条件関係が存在するのみならず因果関係が必要として、従業員について業務起因性を検討し、その結果心理的負荷はそれなりのものがあったといえるが、これらが社会通念上精神障害を発症させる程度に過重であるとはいえず、したがって従業員のうつ病発症、憎悪には業務起因性は認められないとして、請求を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法14条
労働基準法76条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/休業補償(給付)
裁判年月日 : 2007年3月14日
裁判所名 : 札幌地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17行(ウ)11
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : タイムズ1251号203頁
審級関係 : 控訴審/札幌高/平19.10.19/平成19年(行コ)9号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-休業補償(給付)〕
 ア 原告のうつ病の発症、増悪について、業務起因性が認められるか否かについて検討する。  まず、前記認定の発症に至る経緯に照らし、原告がうつ病を発症したと推認できる平成10年4月から5月にかけての期間及びそれ以前並びにその後症状が悪化して訴外銀行を退職するに至る同年11月ころまでの間における、原告に対する業務上の心理的負荷について検討するに、前記認定のとおり、原告は、〈1〉名寄支店勤務当時、2人の上司と衝突することが多かったところ、〈2〉野幌支店への異動を命じられ、短期間に引継業務を行う必要が生じ、〈3〉異動後は慣れない職務に従事しながら、〈4〉1か月間で約85時間に及ぶ時間外労働をし、〈5〉そのうち着任当日から実施された本部検査に際しては当初の3日間、深夜に及ぶ時間外労働をしているのであって、これら一連の事実経過に照らすと、これらの業務による心理的負荷はそれなりのものがあったと推測されるところである。  しかしながら、以上の経過を総合的に考慮しても、以下に説示するとおり、これらの業務が社会通念上、精神障害を発症させる程度に過重であるとまでいうことはできない。すなわち、〈1〉上司との衝突があったとはいえ、その内容は、業務に関する細かい指摘が多かったというにとどまり、原告が主張するようないじめがあったと認めることはできないし、トラブルの程度はそれほど大きいものとは解されないこと、〈2〉原告は、それまでにも転勤を複数回経験しており、野幌支店への転勤も通常の異動であって、異動前の引継業務に関しても通常の引継業務以上のものであるとは認められないこと、〈3〉異動後の融資係の業務自体は慣れないものであったとしても、ⅰ野幌支店における個人融資の主体は住宅ローンの借換えであり、原告は名寄支店において住宅ローンの借換業務を行っていたのであるから、融資係のオンライン作業についても基本的なことは理解できたはずであり、ⅱオンラインシステム変更後に融資係に就いた者は、操作要領等により実務の中でその操作方法を習得しているのであって、原告についても実務の中でオンラインシステムの操作方法を習得することがさほど困難であったとは認められないこと(研修は必ず必要であったものとは認められない。)、ⅲ原告は、前任者である南野主任の業務を引き継いだのであるが、同主任はなお野幌支店に在籍しており、急な融資案件が当面当たらないように配慮されていたこと、ⅳ野幌支店における業務はいずれも特殊なものではなく、融資係としての通常の業務であって、同支店の業務は当時それほど忙しいものではなかったこと、ⅴ原告は、八戸支店及び本店事務部において査定書を作っていたため、融資の事務の流れ、作業手順については理解していたことが窺われること、さらに、〈4〉平成10年4月の時間外労働時間は80時間を超えており、名寄支店勤務当時(異動の内示が出る前)に比較すると残業は多くなっているものの、野幌支店における業務の繁忙度は訴外銀行の支店の中ではほぼ中位であったことから、この程度の繁忙状況は既に経験済みであると解され、また、80時間を超える時間外労働を行った期間は1か月間にとどまること、〈5〉本部検査の期間中は深夜に及ぶ所定時間外労働があったが、3日間に止まることなどの諸事情を総合考慮すれば、同種の労働者において、その業務における心理的負荷が、社会通念上、精神障害を発症させる程度に過重であると認めるのは困難であると言わざるをえない。  他方で、原告に業務以外の心理的負荷があったことを窺うことはできず、当時既に顕在化していた個体側要因として顕著なものも見当たらないところではあるが、前記のとおり、業務が社会通念上、精神障害を発症させる程度に過重であるとはいえない以上、原告のうつ病発症が、業務に起因するものと認めることはできないというべきである。  この点に関し、藤田医師作成の平成18年1月23日付け意見書(甲1)には、症状の発生機序として「仕事上分からない事が多いまま、主任業務に適応せざるを得ず、大きな心理的負担を感じていたと思われる。」、「業務負担による反応性のうつ病と診断した。」、また、「仕事から離れている間は安定していたが、復帰に際して、また不安定となっていた。」などという記載があるが、同意見書は、患者である原告の訴えのみを聴取して業務による心理的負荷の大きさを判断していることが窺えることから、仕事を契機としてうつ病が発症したということを述べたにとどまると評価するのが相当であり、また、同医師作成の同年7月18日付け意見書(甲8)には、「脆弱性についての判断は慎重になされなければならず、原告については転勤前に就労に関する問題は起こしていなかったことから、単純に脆弱であるとはいえない。」旨の記載もあるが、通常人であれば精神障害を発症するような業務についていたとはいえない本件においては、上記意見書の記載により業務起因性を認めることはできない。  したがって、原告のうつ病が発症、増悪したことについての業務起因性を認めることができない。〔中略〕  ウ 平成10年3月、4月の名寄支店及び野幌支店における原告の業務は、いずれも原告に対して強度の心理的負荷を与えるものということはできず、うつ病発症後の訴外銀行の対応を含め、本件において、業務による心理的負荷が、社会通念上客観的にみて精神障害(うつ病)を発症させる程度に過重であったということはできない。  エ 判断指針について  判断指針の内容は、被告の主張欄のア(イ)に記載したとおりであるところ、原告は、判断指針に照らしても、業務起因性が認められる旨主張するので、本件において、その認定要件を充足するかについて検討する。  本件において認定することができる具体的出来事を判断指針の別表1「職場における心理的負荷評価表」に当てはめると、名寄支店勤務当時において「上司とのトラブルがあった」(強度Ⅱ)といえ、また、野幌支店へ「転勤をした」(強度Ⅱ)、異動直後に本部検査に対応し、時間外労働時間が増加した点で「仕事内容・仕事量の大きな変化があった」(強度Ⅱ)ないし「勤務・拘束時間が長時間化した」(強度Ⅱ)に該当するものの、それらの変化については、前記のとおり、いずれも特に過重であるとまでは認められないから、業務による心理的負荷の強度の総合評価が「強」になるとは認められない。  したがって、判断指針に照らしても、原告に対して加えられた業務による心理的負荷が過重なものであったとはいえないから、原告の精神障害の発症には業務起因性が認められない。  オ まとめ  以上によれば、いずれの業務上の出来事も強度の心理的負荷を与える業務であったとは認められないから、社会通念上、業務上の心理的負荷が精神障害を発症・増悪させる程度に過重であったと認められない。したがって、原告の業務起因性があるとの主張には理由がない。