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ID番号 : 08570
事件名 : 遺族補償年金等不支給決定処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 八女労基署長(九州カネライト)事件
争点 : 食品関連の設備係として出向中の労働者の自殺につき遺族が遺族補償年金給付等を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 食品関連設備の設計に従事していた労働者が関連企業へ出向を命じられ、単身赴任し、設備係として機械のメンテナンス及び修理を担当するなか自殺したことにつき、妻が遺族補償年金及び葬祭料の給付を求めたところ不支給とされたためこれの取消しを国に求めた控訴審である。 第一審福岡地裁は、労働者の出向及び出向後の業務から受けた心理的負荷は精神障害を発症させるおそれのある程度の強度に達していたとして、うつ病罹患と業務との間に相当因果関係を認め不支給処分を取り消し、国が控訴した。これに対し第二審福岡高裁は、まず、認定に当たっては、仕事内容の変化、単身赴任のほか、引継ぎが円滑でなかたこと、新規機械導入に伴うトラブルなどが発症の原因になったとして、業務起因性を認めた。また、労働者の脆弱性などの個体側要因についても、平均的労働者の受けるストレス度の平均との偏差値として認識されるべき程度の隠れた脆弱性があったと認めることはできないなどとして、自殺につき業務起因性を認め、原判決を維持し、控訴を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法12条の2の2
労働者災害補償保険法16条
労働基準法75条
労働基準法79条
労働基準法80条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2007年5月7日
裁判所名 : 福岡高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18行(コ)19
裁判結果 : 棄却(確定)
出典 : タイムズ1258号216頁
労働判例943号14頁
審級関係 : 一審/福岡地/平18. 4.12/平成15年(行ウ)31号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
 当裁判所も,太郎の自殺は,業務に起因するものであり,本件処分の取消しを求める被控訴人の請求は理由があり,認容すべきものと判断する。〔中略〕  2 争点(1)(精神障害の業務起因性判断の基準)について〔中略〕  ウ 従って,太郎の自殺についての業務起因性の判断に当たっては,単に業務の内容の評価のみではなく,仕事量(労働時間)や責任,物的・人的環境等の変化の有無や程度,さらには個体側要因の有無と程度,その影響等も考慮してなされることが必要というべきであり,これを単に当該業務の内容等において考慮すべきものであるとの控訴人の主張は採用することができない。  3 争点(2)(本件精神障害が業務に起因したものであるか。)について〔中略〕  (ウ) 上記のような状況から,太郎は適応障害ないしうつ病を発症したといえるところ,控訴人は,太郎の業務は乙川係長の補助的なものにとどまり,また,製造係も分担し,支援体制もとられていた旨の主張をするが,前記のとおり,カネライトは小規模の製造工場で,設備係長には部下もなく,製造係も本来のメンテナンス業務を担当するものではない。丙山工場長らにおいても,それまでの間も保全業務の補助的役割を担ったことを認めるに足りる資料はない。  また,甲3,乙30,31によれば,太郎の死亡後,従前からカネライトの製造現場に携わり,設備関連の経験もある春野一郎が設備係に配属され,保全業務を担当することになったが,乙川係長が退職を翌年の3月20日ころまで延期して指導したこと,それ以降もカネカ大阪工場の設備保全係が来訪して6か月間の指導をしたこと,乙川係長の担当していた業務のうちのいくつかは,引継ぎもされないまま,現場担当等になったものもあることが認められるが,春野について長期の引継ぎとなったことは,出向してきた太郎の引継ぎが十分ではなかったことを推認させるものである。さらに春野の後任としては,製造係の職長であった夏川二郎が平成15年8月1日からそのカネライトの機械メンテナンス業務を引き継いだが,その際には,異動内示については1,2週間前であったことが認められるが,本来の保全業務への習熟の程度や導入機械の有無等の状況は太郎の場合とは異なっているのであり,別紙作業内容一覧表の「実施者(現在)」をみても,さらに分担して従前の設備係の業務分を軽減したともいえるのであるから,春野や夏川らの業務負担状況をもって太郎に予定されていた業務ないしその心理的な負荷が軽いものであったことの裏付けとはいえないというべきである。  したがって,前記控訴人の主張は,いずれも採用することができない。〔中略〕   (2) 太郎の発病と個体側要因の有無について〔中略〕  エ 以上のとおりであって,太郎の性格等に過剰な反応という個体側要因があったと認めることはできず,また,特に,太郎のカネライト異動前の労務の提供等に問題がなかったことに照らすと,控訴人主張のような平均的労働者の受けるストレス度の平均値との偏差として認識されるべき程度の隠れた脆弱性があったと認めることはできないというべきである。  太郎は,適応障害ないしうつ病に罹患したと認めるのが相当であり,その発症の時期等は10月下旬から11月ころにかけてであり,その正確な罹病名をいずれかに確定する必要のないことは,原判決説示のとおりというべく,発症後の稼働状況も含めて自殺に至るまでの経過も考慮し,業務の起因性を判断すれば足りるというべきであるから,これを適応障害のみに限定し,自殺の業務起因性を否定する控訴人の主張は,採用しない。   (3) 総合評価  上記(1)の出来事は,主に9月から12月初めの短期間に生じたもので,単身赴任等は,個々的には強度の心理的な負荷を伴うものとはいえないものの,本来の保全の業務に習熟する間もなく,新規導入機械への対応に追われ,ISO認証取得の業務も重なり,長時間残業等を迫られることになったものである。太郎には,出向に伴う遠距離の単身赴任と,従前はほとんど経験がなかったメンテナンス業務への従事という遠因があり,一人で24時間稼働の機器のメンテナンスをしなければならないという心理的な負担感があり,これが前任者の乙川係長が退職する予定の中での短期間における引継ぎの不十分なままの終了が近くなったこと,これらをカバーするため,長時間労働を余儀なくされたことなどの要因が重なり,また,予定された設備係長ないし同課長としてのより上回る適応が期待されていたのに,これに見合う能力を身につけることが困難となり,自信を喪失し,看板塔の見積りミスもあり,相乗的に影響し合って発症し,自殺に及んだと推認されるのであって,上記の要因等を総合的に検討し,業務以外の出来事による心理的負荷の存在は認められないことも考慮すれば,本件自殺の業務起因性を認めることができるといわねばならない。