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ID番号 : 08594
事件名 : 未払賃金請求事件
いわゆる事件名 : 都市開発エキスパート事件
争点 : 親会社から転籍し、その後2度賃金引下げを受けた従業員が引下げ前との差額の支払を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 親会社から土木・建築の設計・施工等を請け負う会社に転籍し、転籍後2度にわたって賃金を引き下げられた従業員が、引下げ前賃金との差額の支払を求めた事案である。 賃下げを是認する労働協約が従業員(非組合員)にも適用されるかどうかについて、横浜地裁は、労組法17条にいう「一の工場事業場」の範囲は、場所的な要素のみならず、勤務実態、契約関係、権利義務関係、労働協約の趣旨等を総合的に勘案し、同条の趣旨に鑑みて決するほかないとして、従業員を除く転籍従業員加盟の労働組合との間で締結された労働協約が前記賃下げ後の賃金を容認したものであり、同条の要件を満たすとした。次に、当該協約の未組織労働者への適用については、当該労働者が組合員資格を認められているかどうかなどに照らし、特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理だと認められる特段の事情があれば協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできないとしつつ、本件では著しく不合理であると認められる特段の事情もないから賃金額は賃下げ後の額となり、したがって未払賃金は存在しないとした。
参照法条 : 労働組合法17条
労働基準法3章
体系項目 : 配転・出向・転籍・派遣/転籍/転籍
賃金(民事)/賃金請求権の発生/協約の成立と賃金請求権
裁判年月日 : 2007年9月27日
裁判所名 : 横浜地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)2572
裁判結果 : 棄却(確定)
出典 : 労働判例954号67頁
労経速報1986号3頁
審級関係 :
評釈論文 : 小宮文人・法学セミナー53巻6号119頁2008年6月
判決理由 : 〔配転・出向・転籍・派遣-転籍-転籍〕
〔賃金(民事)-賃金請求権の発生-協約の成立と賃金請求権〕
 前提事実によれば、被告は、平成16年6月15日、本件組合との間で、「平成16年度については、現行賃金とする。」旨の定め(以下この条項を「本件条項」という。)のある労働協約を締結した。そして、前記1認定の事実経過を勘案すれば、本件条項は、本件組合と被告双方を拘束するものであり、本件組合が本件賃下げに同意して平成16年度の賃金を本件賃下げ後の現行賃金とすることを認め、他方、被告が同年度に賃下げを行わないことを約束した趣旨と解するのが相当である。また、本件組合の組合員はいずれも転籍従業員であり、本件労働協約の第1項には「組合員の被告への転籍時」の労働条件についての言及があることからも、本件労働協約は、転籍従業員のみをその対象としたものである。〔中略〕 前記1認定事実によれば、被告は、設立後二度にわたって転籍従業員に対する賃下げを行っており、平成15年8月1日に三度目の賃下げを計画して転籍従業員に通知したものの、本件組合結成後にその実施を取りやめた経緯があり、本件組合には、さらなる賃下げを予防し、4社合併後の雇用及び待遇について確約を得る意図があったと認められるところである。そして、本件組合は、4社合併後も被告が労働協約の条項を守ることの確約を得るため、TGSを巻き込んだ形での労働協約締結を望んだものと認められる。  そうすると、〈1〉本件条項が被告による賃下げの予防を目的とする条項である以上、本件条項は被告に対して拘束力を及ぼすことを当然の前提としているものと認められるところであり、組合員らが現実に受領している賃金額と「現行賃金」との文言から明確な労働条件が定まるというべきであるから、本件条項の規範的効力を否定する理由はない。また、〈2〉本件労働協約には満60才以降の賃金は「転籍時年収」の50%とする旨の定めがあり、「転籍時年収」と「現行賃金」という文言が明確に区別して使用されている以上、「現行賃金」が賃下げ後の賃金であることは明らかである。さらに、〈3〉転籍従業員らの賃金には年俸制が採用されているが、年俸制であっても、労働条件の維持のため、労働協約により一律に労働条件を定める必要性があることはいうまでもないことである。〔中略〕 前述のとおり、原告とTGSとの関係は、原告がTGSにおいて業務を遂行することに応じた部分的な法律関係にすぎず、労働協約により決定される労働条件についても、原告とTGSとの間では上記の部分に限定された範囲で適用されるにすぎないというべきである。したがって、労働協約の一般的拘束力の適用範囲を考えるに当たっても、原告が所属する「一の工場事業場」が黒川事務所及び成瀬事務所であると解する余地があるか否かは、当該労働協約に定められた労働条件の内容が、原告とTGSとの関係で決定されるべきものであるかにより左右されるというべきである。  そこで、本件労働協約をみると、前記2説示のとおり、その内容は、被告における転籍従業員の賃金について規定したものである。前述のとおり、原告の賃金は、被告に支払義務があるものであり、その賃金額についてTGSは何らの決定権もない。そうすると、このような本件労働協約の一般的拘束力については、TGSの事務所である黒川事務所及び成瀬事務所を原告の所属する「一の工場事業場」と解する余地はないというべきである。〔中略〕 本件労働協約を原告に適用することにより、原告は一定の不利益を被るものと認めることはできるが、その程度は本件組合の組合員と同程度であって、本件労働協約の適用による利益も得ているものと認めるのが相当である。このような事情を総合すれば、原告が本件労働協約の適用により受ける不利益は、合理的でありかつ受認し得る範囲内のものと評価すべきである。  したがって、本件労働協約の効力を原告に及ぼすことが、原告にとって著しく不合理であると認めるに足りる特段の事情はないというべきであり、これに反する原告の上記主張は、採用し得ない。  ウ また、原告は、本件労働協約締結に当たり、本件労働組合に加入する機会や、原告の意思を反映させる可能性がなかったと主張するが、前記1認定事実によれば、原告は、組合ニュースを受け取り、これを通じて、本件組合の分会長の氏名及び連絡先を知ることができたのであり、にもかかわらず、原告が積極的に組合に接触しなかったのは、従業員が各地の工事事務所に勤務していて日常的な接触の機会が少なかったという職場の特殊性に加え、原告自身が外部の労働組合に加入することに違和感があったことによるというのであり(〈証拠略〉)、原告には本件組合に加入する機会や本件労働協約に自己の意思を反映させる機会は十分に与えられていたものである。したがって、この点についての前記原告の主張は、採用することができない。 (4) 以上のとおり、本件労働協約は労働組合法17条の要件を満たすものであり、これを原告に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情もない。したがって、本件労働協約は、同条により原告に適用されることとなり、前記2説示のとおり、その内容は平成16年度の賃金から本件賃下げの効力に同意するものであるから、平成16年4月以降の原告の賃金額は、本件賃下げ後の額となったと認められる。