全 情 報

ID番号 : 08595
事件名 : 退職金請求事件
いわゆる事件名 : 中央建設国民健康保険組合事件
争点 : 保険組合の元職員が、退職金を引き下げた労働協約の効力と退職金差額の支払を求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 保険組合の元職員が、定年退職後に受け取った退職金が自身も所属した組合が締結した労働協約により退職金が減額となったとして、労働協約の効力と引き下げ前退職金額との差額の支払を求めた事案である。 東京地裁は、組合による個々の協約事項に関する締結権限が、組合員の民主的な多数意思による採決によって授権されているものであることからすると、一部の組合員に不利益が及ぶ場合などには一定の内在的制約が存在するものというべきであり、そのような不利益を被る組合員の利益に配慮した決議及び決議へのプロセス、使用者との団体交渉及び協約締結が要請されているとした。その上で、〔1〕組合への提案があってから約1か月半の短期間で提案どおりの内容で妥結していること、〔2〕組合員間の不平等を解消するような代償措置を要求したことも窺がわれず、組合員の利害を慎重に分析考慮して同意したものか大きな疑問を抱かざるを得ず、本件労働協約は元職員の権利を著しく損ない、労働組合の目的を逸脱して締結されたものであるとして、少なくとも元職員に対する関係では適用が著しく不合理であり拘束力を有しないとして、改訂前の支給率が適用されるとした。
参照法条 : 労働基準法89条
労働基準法2章
労働組合法16条
体系項目 : 賃金(民事)/退職金/退職金請求権および支給規程の解釈・計算
就業規則(民事)/就業規則と協約/就業規則と協約
裁判年月日 : 2007年10月5日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ワ)6182
裁判結果 : 認容(控訴)
出典 : 労働判例950号19頁
労経速報1994号3頁
審級関係 : 控訴審/08641/東京高/平20. 4.23/平成19年(ネ)5402号
評釈論文 : 水町勇一郎・ジュリスト1357号172~175頁2008年6月1日
判決理由 : 〔賃金(民事)-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
〔就業規則(民事)-就業規則と協約-就業規則と協約〕
(3) 本件においては、退職金に関する労働協約が平成17年度の給与等の改定に先行して合意されているところ、原告が指摘するように退職金指数を下げる被告から職員組合への提案がこの年の6月3日から6日の間にあって、それから7月19日までの約1月半の比較的短期間で職員組合と被告との間で被告の提案内容どおりに何等の留保なしに本件労働協約の妥結に至っている。  職員組合の執行部が今回の被告の提案をどのように捉え、政策的に組合としてどのように対処しようとしたのかが明確ではないものの、前記のように勤続年数の異なる各組合員間の得失や定年時期の異なる個々の組合員の得失について証拠上組合内で十分な議論のされた様子が窺われず、それとともに被告に対しても退職金指数については被告の提案レベルの維持に汲々としていてより組合員に納得の得られやすい対案なり組合員間の不平等を解消するような、例えばまもなく定年退職年齢に達する者とそうでない者との不均衡の解消あるいは緩和のための段階的な指数の低減なり、それら不利益の多い者らへの代償措置を要求するなどの対応も証拠上窺われない。  そして、提案者側の被告においても、別紙2のような一律の提案は退職時期の迫っている職員に大きな不利益を課すことになることは制度の考案者であり、かつ、適用対象者が職員組合の人数が50名前後であることからすると、誰がいつ頃定年になるのかは容易にシミュレーションできたはずであるから、上記のような問題意識は当然持ち得たはずである。  しかるに、今回の退職金指数の変更の提案に際して、職員組合とそのような議論なり検討がなされていないことは明らかである。  こうして見ると、職員組合が真に組合員の利害を慎重に分析考慮して被告の退職金指数に対する提案に同意したのか大きな疑問を抱かざるを得ない。  次に、前記のように、仮に退職金指数の変更による引き下げと平成17年度の定期昇給その他の労働条件に関する交渉が有利不利の抱き合わせであったとしても、原告のように本件労働協約締結後比較的早期に定年により退職年齢に達する者については少なくとも一定の配慮があってしかるべきである。しかるに、前記のようにこの点に関する組合内での議論・検討が詳らかではないものの、少なくとも被告に対して修正提案なり別途配慮を求める要求も提出されておらず、原告の定年退職後の生活設計に及ぼす不利益は大きいほか、原告の反対にもかかわらずその不利益に対する特段の対応がなく、結局のところ大会出席者49名のうち2名の反対を除く残りの者による多数決で押し切っている。  してみれば、不利益を被る者である原告の意見が決議の過程で反映されたとはいえず、組合内の意見集約・調整プロセスの公正さが窺われない。  結局のところ、平成17年8月3日付の給与等の改定に関する合意書と抱き合わせた本件労働協約の合理性、必要性の点でも多々疑問を呈さざるを得ず、本件労働協約は、労働者である原告の退職金を受ける権利を著しく損なうものであり、労働組合の目的を逸脱して締結されたものとして、少なくとも原告に対する関係ではその適用が著しく不合理と認められ拘束力を有しないものというべきである。〔中略〕  しかし、被告がそのような経営状態から職員組合に退職金指数の引き下げを申し入れることはありうるとしても、そして、職員組合と組合員である原告との間の意見反映等の手続プロセスには被告が関知するところではなくて有効に本件労働協約を締結したものであるとしても、前記のように職員組合が原告による授権の範囲を結果的に逸脱して本件労働協約の締結をしている以上、会社の経営状態から直ちに原告への拘束力あるいは協約自治の効力を及ぼすことはできないものといわなければならない。〔中略〕  しかし、事業収支は各団体で異なるであろうから必ずしも退職金支給率で横並びにしなければならない必然性はないと考えられるし、被告が主張するような被告を構成する各都県単位の組合員による保険料の値下げ要請や人件費の抑制の要求に対しても、団体の自治の範囲内で政策的に配分・決断される筋合いのものといえ、この点に必要以上に立ち入って検討する必要性はここではないものというべきである。〔中略〕  しかし、職員組合と被告との平成17年度の給与等に関する改訂交渉が交渉の過程では本件労働協約との抱き合わせであったとしても、団体交渉の展開は時々刻々と変化する可能性があるもので、必然的なものとして本件労働協約の成立あるいはその内容でなければ平成17年度の定期昇給そのものがなかったかどうかは不明というほかなく、よしんば同年度の定期昇給は本件労働協約と抱き合わせによるものとして別にしても、翌平成18年以降のベースアップが本件労働協約と抱き合わせであったと認めるに足りる証拠はなく、特別加算は前記のように認定できないことからすると、被告の主張によっても原告が職員組合による本件労働協約との抱き合わせによって利得した金額は原告の退職金指数の低下による減額と比べて格段に小さいものであり、本件労働協約による原告の不利益を緩和するものとは評価できない。 4 したがって、原告には本件労働協約による改定前の退職金支給率が適用されることになる。  ところで、当該退職金の計算においては、原告に本件労働協約の退職金支給率の適用がないとすると、それと抱き合わせで締結した平成17年度の定期昇給さらには平成18年度の定期昇給やベースアップの適用もないものとして取り扱うべきであろうか。  しかしながら、前記のように平成18年度以降の定期昇給やベースアップが本件労働協約と抱き合わせであったとは認められず、平成17年度の定期昇給にしても交渉の経緯としては本件労働協約と抱き合わせであっても、協約自体が別物として時期を異にして締結されており、前記のように両者が必然的に一体のものとはいえないこと、また、被告と職員組合との間の原告の退職金支給率に関する不合理な労働協約の締結の効力が否定されることによって、他の労働条件に関する労働協約の効力まで組合員である原告に及ぼされなくなることは妥当とは思われないことからすると、平成17年度以降の原告の基準内賃金は前記のように基本給49万9400円として計算されるべきである。  それゆえ、原告の退職金は3784万6612円であり、既払金との差額である538万1034円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成19年3月16日以降の遅延損害金を被告は原告に対して支払うべきことになる。