全 情 報

ID番号 : 08599
事件名 : 遺族補償給付不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 日研化学・静岡労働基準監督署長事件
争点 : 自殺した医薬品製造販売会社の医療情報担当者の妻が遺族補償年金等の支給を求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 医薬品の製造販売を業とする会社で医療情報担当者(MR)として勤務していた者が自殺したことにつき、その妻が遺族補償給付を申請したところ不支給とされたため、これの取消しを国に求めた事案である。 東京地裁は、担当者の自殺が業務に起因するものか否かについて、勤務状況、上司との関係、3回にわたる顧客トラブル及び心身の変化について詳細に事実を認定し、担当者は精神障害(発症時は適応障害、その後は軽症うつ病エピソード)を発症したところ、その原因には、「上司とのトラブル」等があり、業務に起因してICD-10のF0~F4に分類される精神障害を発症した。当該精神障害に罹患したまま正常の認識及び行為選択能力が当該精神障害により著しく阻害されている状態で自殺に及んだと推定され、この評価を覆すに足りる特段の事情は見当たらないから、担当者の自殺は故意の自殺ではないとして、業務起因性を認めるのが相当とした。そして、担当者の自殺が業務に起因するものでないことを前提にしてなされた本件処分は違法であるとして、妻の請求を認容した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法12条の2の2
労働者災害補償保険法16条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2007年10月15日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18行(ウ)143
裁判結果 : 認容(確定)
出典 : タイムズ1271号136頁
労働判例950号5頁
労経速報1989号7頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
 前記認定事実のとおり、太郎の自殺後、太郎の同僚らが原告方を訪問して弔意を表した際に、同僚が、太郎とF係長の関係に言及し、このままではまた太郎のような犠牲者が出る旨述べたという事実は、本件会社の従業員の中にも、F係長の言動は部下の自殺を引き起こし得る程度の過重な心理的負荷をもたらすと感じる者が少なからず存在したことを意味する。このことは、上記のとおり検討した太郎の受けた心理的負荷を客観的に評価すれば、同種労働者にとって、判断指針が想定している「上司とのトラブル」を大きく超えていることを根拠付けている。  以上に検討したところによれば、F係長の太郎に対する態度による太郎の心理的負荷は、人生においてまれに経験することもある程度に強度のものということができ、一般人を基準として、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重なものと評価するのが相当である。  エ まとめ  以上に検討したとおり、太郎は、平成14年12月末~平成15年1月中に精神障害(その診断名は、発症当初の時点では適応障害、そして、同月段階では軽症うつ病エピソード。)を発症したところ、太郎は、発症に先立つ平成14年秋ころから、上司であるF係長の言動により、社会通念上、客観的にみて精神疾患を発症させる程度に過重な心理的負荷を受けており、他に業務外の心理的負荷や太郎の個体側の脆弱性も認められないことからすれば、太郎は、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして、上記精神障害を発症したと認めるのが相当である。 (3) 太郎の自殺の業務起因性についての判断  以上から、太郎の自殺について、業務起因性が認められるかを検討する。  ア 前記判断のとおり、業務に起因してICD-10のF0~F4に分類される精神障害を発症し、それに罹患していると認められる者が自殺を図った場合には、自殺時点において正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていなかったと認められるとか、業務以外のストレス要因の内容等から自殺が業務に起因する精神障害の症状の蓋然的な結果とは認め難いなどといった特段の事情が認められない限りは、原則として、当該自殺による死亡は故意のものではないとして、業務起因性を認めるのが相当である。  イ 上記検討のとおり、太郎は、業務に起因して、ICD-10のF43.21遷延性抑うつ反応(適応障害)ないしF32.0軽症うつ病エピソードという精神障害を発症したと認めることができる。そして、発症後の状況を見ても、前記認定事実のとおり、太郎は発症後、自殺直前に至るまで、抑うつ気分や食欲、興味・関心、性欲の低下といった症状が続いていること、太郎は本件第1~第3トラブルに表れているとおり思考力、判断力の低下を示していることという各事情に照らすと、太郎が発症した精神障害が自殺までの間に治癒、寛解したものとは認められない。  そして、前記認定事実のとおり、太郎が家族と職場の上司、同僚に残した遺書の中には、うつ病エピソードの診断ガイドラインに該当する症状である抑うつ気分、易疲労性、悲観的思考、自信の喪失、罪責感と無価値感が表れていたと認めることができるから、太郎の自殺時の希死念慮も精神障害の症状の一環と見るのが自然であって、太郎の自殺が、精神障害によって正常な認識、行為選択能力及び抑制力を阻害された状態で行われたという事実を認定することができる。〔中略〕  ウ 以上からすると、業務に起因してICD-10のF0~F4に分類される精神障害を発症した太郎は、当該精神障害に罹患したまま、正常の認識及び行為選択能力が当該精神障害により著しく阻害されている状態で自殺に及んだと推定され、この評価を覆すに足りる特段の事情は見当たらないから、太郎の自殺は、故意の自殺ではないとして、業務起因性を認めるのが相当である。