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ID番号 : 08602
事件名 : 損害賠償請求控訴事件(131号)、同附帯控訴事件(233号)
いわゆる事件名 : 山田製作所(うつ病自殺)事件
争点 : オートバイ部品等の塗装業務従事者のうつ病罹患・自殺につき妻らが損害賠償等を請求した事案(原告勝訴)
事案概要 : オートバイ部品等の塗装業務に従事する労働者が、連日、肉体的・心理的に過重な負荷のかかる長時間労働を余儀なくされたことによってうつ病に罹患し自殺したものとして、労働者の妻及び父母が会社の安全配慮義務違反を理由として損害賠償等を請求した控訴審である。 第一審熊本地裁は、自殺と業務との因果関係(業務起因性)及び会社の安全配慮義務違反を認め、妻らの会社に対する雇用契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求を認容した。これに対し第二審福岡高裁は、まず、肉体的・心理的負荷があったこと、自殺について他に特段の動機がうかがわれないことなどから本件自殺に業務起因性を認め、会社の予見可能性についても認定した。さらに、安全配慮義務違反について、会社は労働者の業務負担量や職場環境に配慮することなく放置したとして、不法行為による過失を認定した。なお、本件自殺までの経過は急進的で労働者又は妻らに過失はないとして会社の過失相殺の主張を認めず、一方で、遅延損害金の始期について、会社には不法行為責任が成立し、これによる損害賠償義務があるとして、労働者の死亡日を始期と認めた。
参照法条 : 民法415条
民法709条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 : 2007年10月25日
裁判所名 : 福岡高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ネ)131、平成19(ネ)233
裁判結果 : 控訴棄却、同附帯控訴取消自判(上告、上告受理申立て)
出典 : 時報2012号129頁
タイムズ1273号189頁
労働判例955号59頁
審級関係 : 一審/08538/熊本地/平19. 1.22/平成16年(ワ)868号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 カ 小括  以上によれば、故一郎の業務において、時間外労働・休日労働が連続して1か月100時間をも超える数値として表れていることに加え、内容的にも肉体的・心理的負担を伴う業務に従事し続けたこと、更にはリーダーへの昇格による心理的負担の増加があり、総合的にみて、故一郎には相当程度に強い負荷が掛かっていたものということができる。〔中略〕  イ 他方、業務以外に故一郎の自殺の原因があるかを検討するに、本件自殺前の故一郎の様子、言動等に関し、家族である被控訴人花子の供述からはもとより、本件では、故一郎と親しく交友していた者を含む多数の同僚の陳述書が控訴人からも提出されているところ、これらの供述内容その他本件の全証拠によっても、故一郎には、借金、病気、家族・会社・交友関係におけるトラブルその他の個人的な悩みなど、一般的に自殺の原因となり得るような業務外の要因は全くうかがうことができない。 (3) 結論  以上のとおり、故一郎は、本件自殺3か月前から過重な長時間労働に従事したことによる肉体的・心理的負荷に、1か月余り前には、発注先からの新たな品質管理基準への対応が会社として迫られる中、リーダーへ昇格するなどの心理的負荷等が更に加わるという正に過重労働の最中に、他に特段の動機がうかがわれない状況で、本件自殺に及んでいるものであり、その経過からして、本件自殺と業務との間に因果関係(業務起因性)があることは明らかというべきである。 3 争点(2)について (1) 予見可能性の有無について  ア 長時間労働の継続などにより疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると労働者の心身の健康を損なうおそれがあることは周知のところであり、うつ病罹患又はこれによる自殺はその一態様である。そうすると、使用者は上記のような結果を生む原因となる危険な状態の発生自体を回避する必要があるというべきである。つまり、労働者が死亡している事案において、事前に使用者側が当該労働者の具体的な健康状態の悪化を認識することが困難であったとしても、これを予見できなかったとは直ちにいえないのであって、当該労働者の健康状態の悪化を現に認識していたか、あるいは、それを現に認識していなかったとしても、就労環境等に照らし、労働者の健康状態が悪化するおそれがあることを容易に認識し得たというような場合には、結果の予見可能性が認められるものと解するのが相当である。  イ これを本件についてみるに、控訴人が本件自殺までに故一郎の具体的な心身の変調を認識し、これを端緒として対応することは必ずしも容易でなかったとしても、前記判示のとおり、故一郎の時間外労働・休日労働時間が、本件自殺前3か月前からは明らかに過重なものに至っており、特に本件自殺2か月前からは、連続して1か月100時間を超えていることに加え、リーダーへの昇格などの状況の中、十分な支援体制が取られないまま、故一郎は過度の肉体的・心理的負担を伴う勤務状態において稼働していたのであって、控訴人において、かかる勤務状態が故一郎の健康状態の悪化を招くことは容易に認識し得たといえる。したがって、控訴人には、結果の予見可能性があったものというべきである。 (2) 安全配慮義務違反の点について  ア 使用者は、労働者が労務提供のために設置する場所、設備若しくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解するのが相当である(最高裁第三小法廷判決昭和59年4月10日・民集38巻6号557頁参照)。  事業者の場合については、法が、その責務として労働安全衛生法に定める労働災害防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない義務を負っており(同法3条1項)、その具体的措置として、同法第三章において安全衛生管理体制を取ることを、第四章において労働者の危険又は健康障害を防止するための措置を取ることを、第六章において労働者の就業に当たって安全衛生教育などを行うことを、第七章において健康の保持増進のための措置を取ることを義務付け、更には第七章の二において快適な職場環境を形成するように努めなければならないことを定めている。  以上のことからすると、安全配慮義務の内容としては、事業者は労働環境を改善し、あるいは、労働者の労働時間、勤務状況等を把握して労働者にとって長時間又は過酷な労働とならないように配慮するのみならず、労働者に業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意し、それに対して適切な措置を講ずべき義務があるものと解される。  イ 控訴人は、使用者として故一郎を従事させていたのであり、本件自殺前には、故一郎の時間外労働・休日労働時間が極めて長時間に及んでいることに加え、故一郎の業務内容、故一郎がリーダーへ昇格したことなどの事態が生じていた(いずれも、控訴人が当然に認識していた事実である。)のであるから、適宜、塗装班の現場の状況や時間外労働、休日労働など故一郎の勤務時間のチェックをし、さらには、故一郎の健康状態に留意するなどして、故一郎が作業の遅れ・不具合などにより過剰な時間外勤務や休日出勤をすることを余儀なくされ心身に変調を来すことがないように注意すべき義務があったといえる。それにもかかわらず、控訴人は、労働者の心身の健康に悪影響を与えることが明らかな限度時間をはるかに超える時間外労働の状況を是正することすらなく、故一郎の実際の業務の負担量や職場環境などに何らの配慮もすることなく、故一郎を漫然と放置していたのものである。したがって、控訴人には安全配慮義務違反があったものというべきである。 (3) 不法行為における過失(注意義務違反)について  上記のとおり、控訴人は、故一郎を過重な長時間労働の環境に置き、これに加え、故一郎がリーダーへ昇格したことなど心理的負担の増加要因が発生していたにもかかわらず、故一郎の実際の業務の負担量や職場環境などに何らの配慮もすることなく、その状態を漫然と放置していたのであって、かかる控訴人の行為は、不法行為における過失(注意義務違反)をも構成するものというべきである。