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ID番号 : 08608
事件名 : 障害補償給付不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 国・磐田労働基準監督署長(レースライダー)事件
争点 : モーターサイクルのライダーが転倒事故による障害補償不支給処分の取消しを求めた事案(控訴人敗訴)
事案概要 : モーターサイクル製造会社と「ライダー契約」を結んでいたライダーが、レースで転倒事故に遭い脊髄を損傷し、治癒後も下位体幹・両下肢完全麻痺等の障害が残ったため労災保険法の障害補償給付申請を申請したところ不支給処分とされたため、これの取消しを国に求めた控訴審である。 第一審東京地裁は、モーターサイクル製造会社との「ライダー契約」がライダー本人ではなく同人と同人の妻が経営する会社との間に結ばれていること、実質的にライダー本人との契約であったとしても使用従属関係、指揮監督関係、拘束性の有無、いずれの観点からも労働者性が認められないこと、報酬は成功報酬であり労務対償性が伺えないことなどから、同人に労働者性は認められないとして、請求を棄却した。これに対し第二審東京高裁は、細部で第一審判決を加筆補正しつつ、同様の判断をし、控訴を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法15条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/労働者/モーターサイクル・ライダー
労災補償・労災保険/労災保険の適用/労働者
裁判年月日 : 2007年11月7日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19行(コ)185
裁判結果 : 棄却(上告)
出典 : 労働判例955号32頁
審級関係 : 一審/東京地/平19. 4.26/平成17年(行ウ)537号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)-労働者-モーターサイクル・ライダー〕
〔労災補償・労災保険-労災保険の適用-労働者〕
(2) 原告の労働者性の判断  本件ライダー契約の当事者は、ヤマハとケィマックスであり、ヤマハと原告との間には何らの契約関係にもない以上、法形式上は、原告をヤマハの労働者と認める余地はない。平成9年以前は原告とヤマハとの間でライダー契約が締結されていたところ、原告がケィマックスを設立し、ケィマックスとヤマハとの間で本件ライダー契約が締結されたのであって、契約の内容は原告個人が契約していたときと変わりはないけれども、ライダー契約は個人との間だけではなく、その個人が設立した会社との間でも締結できるのであり、この点からも使用従属関係を前提とする通常の労働関係とは相当異質であるというべきである。〔中略〕  一般に、具体的な仕事の依頼、業務従事の指示等に対して拒否する自由を有しない場合には、指揮監督関係を推認させる重要な要素になると考えられる。しかし、契約では業務内容は全く定められず又は概括的に定められるだけで、具体的な業務内容は個別の指示による場合と異なり、当事者間の契約において個別具体的な業務内容が定められ、あるいは一定の包括的な業務内容が定められている場合には、これに伴う個々の具体的な仕事の依頼について拒否する自由がないとしても、それは当該契約において定められた業務を行う義務があるということであって、当事者間の指揮監督関係を推認させるものではない。〔中略〕  以上のとおり、ヤマハが原告に対し業務の遂行方法について指示する場面はなかったわけではないものの、そこではライダーである原告の意思が尊重され、その裁量の幅が広いことからすると、通常の事業組織内における上命下達の指揮命令関係とは大きく異なるものだということができる。したがって、ヤマハと原告との間に業務の遂行方法にかかる指揮命令関係があったと認めることは困難である。   (ウ) 拘束性の有無  原告には、レース参加業務、テスト業務及びイベント出席等その他の業務に伴い、所定の日時に所定のサーキット等の場所に来る義務があったと認められるものの、タイムカードによる出退勤管理も受けず、本件ライダー契約所定の業務がない日には出勤義務もなく(前記1(3)ア、ウ)、原告がオフに行ったトレーニング等の活動(前記1(7))も、ヤマハの要望に沿うものとはいえ、ヤマハからの具体的な指示に基づくものとは認められず、むしろ原告の自己研鑽であると認めることができる。  結局、原告が受けた時間的場所的拘束は、本件ライダー契約所定の業務が行われる日時場所へ出向くことのみであったと認められるところ、このような拘束は、本件ライダー契約に伴う当然の義務であり、これをもって指揮監督関係を推認することはできない。   (エ) 代替性の有無  本件ライダー契約では、ケィマックスは原告に所定の業務を行わせることとされ、第三者への再委託は禁じられていたから(前記1(3)エ(オ))、原告の業務には代替性がなかったことが認められる。しかし、代替性の不存在は、本件ライダー契約が特定のライダーである原告にレース参加業務及びテスト業務を行わせること自体を内容とすることに由来することは明らかであり、このことをもって、ヤマハと原告との間の指揮監督関係を推認することはできない。  イ 報酬の労務対償性  報酬が、時間給、日給、月給等、時間を単位として計算される場合には、当該報酬は、使用者の指揮監督の下に一定時間労務を提供したことに対する対価であると見ることができるから、使用従属性を補強する重要な要素となる。  しかし、ケィマックスの平成10年の報酬は、本件ライダー契約で定められた基本報酬の1000万円であり、この額は前年の原告のレースにおける年間総合結果のほか、原告の前年の年俸、テスト実績などが加味されて決定されたこと(前記1(3)イ)、報奨金もレースの結果に応じて支払われるため(前記第2の1(3)イ)、一種の成功報酬と見ることができることからすると、仮にこれらの報酬を実質的にはヤマハから原告に支払われた報酬と見た場合でも、原告がヤマハの指揮監督の下に一定時間労務を提供したことに対する対価であると判断することは困難である。〔中略〕  カ 総合判断  以上のとおり、原告については、ヤマハとの間の指揮監督関係を認める根拠となるような事情が見当たらず、報酬も労務提供の対価と見ることが困難である反面、自らの計算と危険負担で事業を行う者としての性格を基礎づける事情及び原告の労働者性を弱める事情が複数認められることからすると、ヤマハと原告との間に実質的な使用従属関係を認めることはできない。 (3) まとめ  結局、本件ライダー契約の形式に照らしても、ヤマハと原告との間の業務に関する実態に照らしても、原告を労働基準法9条にいう「労働者」と認めることはできない。