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ID番号 : 08618
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 日本旅行事件
争点 : 旅行会社社員が役職定年の主旨を勘違いして提出した退職届を無効として地位確認等を求めた事案(原告敗訴)
事案概要 : 旅行会社に勤務し、近々に55歳後の最初の3月31日を迎える社員が、役職定年制の主旨を内示された関連会社への移籍を断った場合には退職しなければならないものと誤信して退職届を提出したことにつき、依願退職は錯誤により無効であるとして、地位の確認と退職以降の賃金等の支払を求めた事案である。 東京地裁は、会社の役職定年制においては、会社の提示する移籍先への移籍に応ずるか、プロフェッショナル職として従業員にとどまるかを選択することができるのに、社員は役職定年に達して移籍に応じない場合には退職せざるを得ないものと誤信していたとの可能性があるとした。その上で、前記誤信が錯誤により無効であるとの社員の主張は、会社の就業規則には定年が60歳であることが、また労使協定には移籍とプロフェッショナル職の2つの選択肢があることがそれぞれ明記されており、社員においてこれらを確認したり人事担当者に質問したりすれば誤信を解く機会は十分にあったことからすると、社員が錯誤により退職の意思表示をしたことには重大な過失があり、したがって、退職の意思表示につき無効を主張することはできないとして、社員の請求を棄却した。
参照法条 : 民法623条
民法95条
労働基準法
体系項目 : 退職/退職願/退職願と錯誤
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/定年制
裁判年月日 : 2007年12月14日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ワ)5766
裁判結果 : 棄却(確定)
出典 : 労働判例954号92頁
労経速報1990号23頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔退職-退職願-退職願と錯誤〕
〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-定年制〕
第3 当裁判所の判断 1 前提となる事実によれば、被告の役職定年制においては、管理職が55歳に達したとしても、会社の提示する移籍先への移籍に応ずるか、プロフェッショナル職として被告の従業員にとどまるかを選択することができるから、原告としては、役職定年に達し、被告の提示する移籍先への移籍を拒んだ場合であっても、退職する必要はないこととされている。それにもかかわらず、原告においては、退職届提出までの経緯において、このような選択について検討した形跡は窺われないし、また、被告の作成した書類やA部長の説明においても、このような誤解があった場合にこれを積極的に解くような説明があったことも窺われないから、原告において役職定年に達して移籍に応じない場合には退職せざるを得ないものと誤信していたとの可能性は否定することができない。この点につき、原告は、被告が役職定年制においては移籍しない場合は退職するのがその制度であると原告を誤信させたと主張するが、被告作成の書類(「2006年度役職定年についてのご案内」・〈証拠略〉)を見ても、積極的に誤信を招くような記述は見当たらないし、また、証拠(〈証拠略〉、証人A)によれば、A部長が原告に対し退職を前提として事後の手続をとるよう指示したのは、原告が桐生周辺の移籍先がなければ自分で就職先を探す旨述べていためであると認められる。原告は、上記発言を否定するが、桐生周辺での就業を強く希望する以上、これがかなわなかったときには、プロフェッショナル職として被告での勤務を継続する可能性を認識していなかった原告としては、自ら就職先を探すほかはないのであるから、上記のような発言をするのは自然なことと解されるのであって、前掲証拠を疑う理由はないというべきである。また、A部長をはじめとする被告の担当者らにおいては、原告が移籍を拒否して退職すると述べているのに対して、特に疑問を差し挟んではいないが、原告は単身赴任の解消を強く望んでいたのであり、被告においてもこのことを考慮して被告の希望する群馬県に隣接する埼玉県での勤務を内示したものと解されるにもかかわらず、原告においてこれを拒否する以上、その後それよりも有利な処遇を受けることは極めて困難であると考えられ、単身赴任を解消するとの希望を優先して退職するという原告の行動はさほど奇異なものとは受け取られないから、原告の真意を質さなかったとしても、ことさら誤信を放置したものとみることもできない。もっとも、被告には早期退職制度により、関連会社への移籍をしないまま55歳で退職する者に対しては退職金優遇をする制度があることからすると、当初から桐生周辺の就職にこだわり、退職という選択もあり得た原告に対しては、被告の人事担当者としては早期退職制度適用の検討をも促すことが相当であったとも考えられるが、原告は平成17年12月に55歳に達したものである(〈証拠略〉)から同月中に退職する場合でなければ早期退職制度の適用を受けられないところ、被告の移籍先が具体化したのは平成18年2月以降であったことから、その適用は時期的に困難であったといわざるを得ないのであって、被告においては、役職定年制と早期退職制度との関連をもった運用をすべきことが望まれるとしても、そのことから被告の対応に問題があったとまでいうことはできない。したがって、被告がことさらに原告を誤信させたものとはいうことはできない。 2 そして、上記誤信は、自らが退職するという効果意思と表示行為との間に不一致があったというものではなく、退職届を提出する必要がある場合か否かについての錯誤であるから、動機の錯誤にとどまるというべきであり、これが要素の錯誤に当たるためには、そのことが表示されたことを要するところ、原告は、終始役職定年制に伴う移籍に応じられないことから退職することを考えていたのであり、このことはA部長らにとっても当然の前提とされていたものと解されるから、退職の動機が役職定年により移籍を拒否するからである旨黙示に表示したものとみる余地もある。 3 しかしながら、被告の就業規則(〈証拠略〉)には、定年が60歳に達した月の末日である旨が明記されていて(49条)、役職定年に関する労使協定(〈証拠略〉)にも、役職定年に伴い職位を外れた後は、移籍とプロフェッショナル職として被告にとどまることとの二つの場合があることが明記されていること、原告としては、これらを確認することや人事担当者に質問することなどで自らの誤信を解く機会は十分にあったとみられることからすると、原告に錯誤があり、これが表示されたものと解したとしても、原告が錯誤により退職の意思表示をしたことについては重大な過失があったものといわざるを得ず、したがって、原告が退職の意思表示につき無効を主張することはできないものといわざるを得ない。