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ID番号 : 08632
事件名 : 差額賃金支払等請求控訴事件
いわゆる事件名 : 東武スポーツ事件
争点 : カントリー倶楽部のキャディ職・保育士らが有期雇用への変更の無効等を争った事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : カントリー倶楽部のキャディらは、期間の定めのない契約から1年契約への変更は無効として旧来契約による賃金等の支払を、また保育士らはキャディ職への異動を不当として損害賠償等を求めた控訴審である。 第一審宇都宮地裁は、従業員らは説明・面談後に契約書を会社に提出しており、労働条件変更について合意したとしつつ、同人らには契約書を提出しなければ働くことができなくなるとの誤信があり、会社もこれを知っていたとしてキャディらの請求をほぼ認め、保育士らについては、退職は有効としつつも会社に損害賠償義務があるとした。これに対して第二審東京高裁は、〔1〕まず有期雇用契約への移行の合意は成立していないとし、〔2〕有期雇用契約に伴う賃金等の不利益変更についても、新規程どおり変更する必然性は伺われないとして未払賃金の支払を認め、〔3〕原告のうち退職に応じた者らについては、合意退職ではなく解雇であったとして賠償請求を認めたが、〔4〕保育士からキャディ職への転換措置は社会的相当性を欠くとまではいえないとして損害賠償を否定し、一審判決を一部変更した。
参照法条 : 民法415条
民法416条
民法536条
民法627条
労働基準法2章
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約の期間/労働契約の期間
配転・出向・転籍・派遣/配転命令権の濫用/配転命令権の濫用
解雇(民事)/変更解約告知・労働条件の変更/変更解約告知・労働条件の変更
裁判年月日 : 2008年3月25日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ネ)1119
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(上告)
出典 : 労働判例959号61頁
労経速報2005号27頁
審級関係 : 一審/08539/宇都宮地/平19. 2. 1/平成14年(ワ)669号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約の期間-労働契約の期間〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用-配転命令権の濫用〕
〔解雇(民事)-変更解約告知・労働条件の変更-労働組合による労働者供給事業と有期契約〕
2 労働条件変更の合意の有無(抗弁(1))〔中略〕  以上検討したところによれば、控訴人が、新就業規則及び新給与規程の作成過程において、従業員への説明と理解を得る目的から、平成14年1月30日の本件ゴルフ場での説明を行い、キャディ契約書の提出を求め、特に雇用契約期間を1年と変更するについては、就業規則の変更によらず、書面による承諾を得ることを意図したと理解することはできるが、平成14年4月1日以前において、控訴人と被控訴人らキャディ職従業員との間で、新賃金規程の内容に沿った口頭による労働条件の変更の合意が成立したと認めることはできない。  なお、控訴人は、控訴人と被控訴人ら組合との間の平成14年9月2日付け労働協約の締結、契約更新願書及びキャディ労働契約書の提出があったことが、上記の労働条件変更の合意があったことの証左である旨主張する。たしかに、前記労働協約の文言は前記認定のとおりであり、「1年契約の契約社員」「雇用契約を更新」といった控訴人の主張に沿う文言があったり、賃金の減額が現実化していることから、キャディ職のアルバイトを認める条項があるなど、控訴人が平成14年4月1日に変更したの労働条件を前提とする内容の記載がある。しかし、被控訴人ら組合が新就業規則及び新給与規程を認める旨の文言が明示されているわけではなく、控訴人が現に実施している労働条件の下において、組合としての要求を行うことは折衝の在り方として現実的な対応であり、控訴人が現に実施している労働条件が法的根拠がないとしても、かかる現実的要求を差し控えなければいけないという道理はない。したがって、上記労働協約の存在することをもって労働条件変更の合意があったことの根拠とすることはできない。また、契約更新願書及びキャディ労働契約書は、被控訴人らが本件訴えを提起した後に控訴人が提出を要求したものであり、前記認定のとおり、被控訴人ら組合が裁判権の侵害であるとして抗議をし、控訴人も契約更新意思の確認(継続雇用の希望聴取)であるとして、文書の文言の訂正をしてよいと返答した経緯があり、上記文書の文言の訂正が一切ないとしても、これによって、被控訴人らが、労働条件の変更を受忍したとは到底解することができず、労働条件変更の合意があったことの根拠とすることはできない。  したがって、口頭の合意により、新給与規程の内容に沿った労働条件の変更がされた旨の控訴人の主張は採用できない。 3 新給与規程が被控訴人らを拘束するか(抗弁(2))〔中略〕  以上の諸点にかんがみると、新給与規程による労働条件の変更は、その全体について、被控訴人らキャディ職従業員が受忍すべきであるとするまでの経営上の高度の必要性があるとは認めがたく、その手続を含めて合理的であるともいいがたいから、新給与規程は被控訴人らキャディ職従業員との関係において、雇用契約上の法的規範としての効力がないといわざるを得ない。したがって、被控訴人1から19は、控訴人に対し、平成14年1月以降においても、旧給与規程に基づく賃金の請求権がある。 4 被控訴人20の雇用契約の終了原因の有無(抗弁(3))〔中略〕 (2) 乙2(F2作成の報告書)には、平成14年2月9日、被控訴人20に電話したところ、退職する旨の意思表示があった旨の記載があり、証人F2の供述にもこれに沿う部分がある。しかし、その後の経緯及び同被控訴人本人の尋問結果に照らしても、退職の意思表示がその時点であったと認定するには足りない。すなわち、D2支配人及びE2副部長が、同月13日、被控訴人20と面談した際、同控訴人が自己都合退職ではなく、解雇である旨主張し、D2支配人が解雇するのではない旨を説明した事実があり、このことは、同被控訴人が自らの意思で退職する意思がないことを明確にしたというべきであって、同月9日の電話において勤務の継続が困難である旨の表明をしたとしても、退職の意思までを表明したと解することはできず、電話をしたF2課長の理解が正しくなかったといわざるを得ない。そもそも、F2課長の電話の用件はキャディ契約書の提出の確認を目的としていたものであって、そのような機会の会話だけで、退職という重大な事実について会社が従業員の意思確認をしたとすることはできない。なお、旧就業規則22条は、従業員の退職について、1か月以前に社長あての退職願を提出する定めとなっていた。  控訴人は、同被控訴人が、辞令書の交付、制服の返還に応じ、離職票の離職理由欄の記載について異議を述べた際に「解雇」を選択しなかったこと、退職証明書の退職事由の記載に異議を述べなかったことを根拠に同被控訴人が退職の意思があった旨主張する。しかし、退職の意思があっただけでは、退職の合意の事実を認定できないのはいうまでもないが、企業組織内において、従業員が、その意に反する会社の行動に実力で抵抗することがまれであることを考慮すれば、上記の事情から退職意思の存在を推認することもできない。 (3) したがって、被控訴人20が退職の意思を表示し、これに従って雇用契約の合意解除が成立した旨の控訴人の主張は採用することができない。 5 被控訴人21、22の損害賠償請求の原因(請求原因(4))〔中略〕  新給与規程による平成14年度における賃金の減額の程度は、前記のとおり、被控訴人1から19について約27パーセントであり、被控訴人21、22のほかに退職したキャディ職従業員があったものの、被控訴人らを含めてなお本件ゴルフ場及び控訴人運営に係るゴルフ場で勤務を継続したキャディ職従業員がいたことに照らしても、上記の程度の賃金の減額が一般的に退職を余儀なくさせるほどの賃金の減額と認めることはできない。また、被控訴人21については、保育士の資格があり、正社員としての就職の内定があったこと、被控訴人22については、夫の交通事故による受傷と整体治療院の経営が困難になったこと、同被控訴人が整体士の認定書を有し、整体治療院の仕事をする条件があったことが、それぞれ退職の大きな動機となっていたと認められ、新給与規程による賃金の減額が退職の動機の一部となっていることは否定できないが、そのことが決定的な理由となっていたとはいえない。  したがって、賃金減額が上記被控訴人らを退職に追い込んだことを前提とする被控訴人ら主張の債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。 6 被控訴人23から25の損害賠償請求の原因(請求原因(5))〔中略〕  前記のとおり本件ゴルフ場の収支が長期間にわたる多大な損失を発生させており、その損益が委託会社である東武鉄道に帰属していたとしても、ゴルフ場の管理運営のための費用の節減が必要であることは是認でき、子どもを持つキャディ職従業員にとって労働環境としての意味があるとしても、託児所がキャディ職従業員の獲得の目的で設置されたという位置付けが社会経済情勢の変動、特にキャディ職に対する需給関係の変動によって従前同様の位置付けを既に失っており、平成13年4月以降の平日における託児所の閉鎖、平成14年4月1日以降の託児所の廃止は、経営上の必要があり、合理性を有するものである。  上記被控訴人らは、いずれも保育士の資格を持ち、保育士職として採用されたものであり、本件ゴルフ場の他の業務に就く適性が一般的にあるわけではない。保育士職従業員が、平成13年4月以降、託児所閉鎖の日に事務職の業務に就いていた経緯があるものの、平成14年1月30日の個別面接において、事務職の業務について自信がない旨の表明があったとおりである(〈証拠略〉)。したがって、同被控訴人らが控訴人における雇用継続を希望するとすれば、託児所が設置されている控訴人の施設が他にないから、他の職種への転換をする以外になく、同被控訴人らは極めて厳しい立場に立ち至ったことになる。  控訴人は、平成14年2月9日、事務職への転換を認めず、キャディ職への転換のみを認める方針を伝え、保育士職従業員へ考慮を促したが、控訴人における事務職及びキャディ職従業員の充足状況を勘案して決定したものであり、保育士職として雇用契約を締結した被控訴人らに事務職業務への就労を求める権利が当然にあるわけでないことも併せ考えると、キャディ職への転換のみを認めるとの控訴人の決定は保育士職業務の廃止に伴う代替措置の提案として社会的相当性を欠いているとまで認めることはできない。  そして、このような状況の下において、控訴人が、キャディ職への転換を受け入れない被控訴人らに対して、退職願の提出を促したことが、社会的相当性を逸脱したものと評価することはできず、控訴人において退職を強要する意図で行った措置であると認めることもできない。  したがって、被控訴人らの上記主張は採用できず、債務不履行及び不法行為のに基づく損害賠償請求は理由がない。 7 被控訴人らの請求に関する判断 (1) 被控訴人1から19について  ア 地位確認請求について  控訴人は、当審において、雇用期間について期間の定めのある雇用契約への変更の合意の抗弁は撤回し、就業規則による同旨の契約変更の抗弁はそもそも主張していないが、新就業規則上被控訴人らの雇用期間が有期化されたとの疑義があり、これまでの控訴人の被控訴人ら及び被控訴人ら組合に対する対応において雇用期間が1年となったことを主張していた経緯に照らせば、被控訴人1から17について期間の定めのない雇用契約上の地位があることの確認を求める利益を肯定することができ、また、同請求は理由がある。  イ 差額賃金支払請求について   (ア) 被控訴人1から19の賃金差額分の支払を求める請求については、旧給与規程に基づいた平成14年度の賃金額が、前記第4の3(3)ウで検討したとおりであるから、別紙2賃金額検討表1〈11〉「裁判所認定に基づく差額賃金」欄の金額(別紙3賃金額検討表2〈1〉欄の金額)を基礎として、1か月当たりの未払賃金額の平均額を求めると、別紙3賃金額検討表2〈2〉欄記載のとおりとなることは計算上明らかである。そして、平成15年度以降についても、毎月同程度の差額賃金が発生するものと推認することができるから、当審口頭弁論終結時までに支払期が到来した未払賃金額の合計額は、同表〈6〉欄記載のとおりの金額となる(被控訴人18は平成17年7月10日、被控訴人19は平成18年3月10日退職しているので、それぞれ平成18年7月24日、平成18年3月24日に支払期が到来する未払賃金の支払を求める限度で理由がある。)。   (イ) 被控訴人1から17の当審口頭弁論終結後に支払期が到来する平成19年11月分以降の分については、本件判決確定の日までの分を将来請求の必要があるものと認める。   (ウ) そうすると、被控訴人1から17の未払賃金請求は、当審口頭弁論終結時において弁済期の到来した別紙3賃金額検討表2〈6〉欄記載の金額及び平成19年11月1日から本件判決確定まで、毎月24日限り、同表〈2〉「当審認定の1か月当たりの未払賃金」欄記載の金員の支払を求める限度で理由があり、これを超える部分は理由がない。  被控訴人18及び19の未払賃金請求は、同表〈6〉欄記載の金額の限度で理由があり、これを超える部分は理由がない。 (2) 被控訴人20について  ア 地位確認請求について  被控訴人20は、平成14年4月1日以降も控訴人との間で期間の定めのない雇用契約上の地位にあると認められるから、その確認を求める請求は理由がある。  イ 差額賃金支払請求について   (ア) 前記第4の4(1)アで認定したとおり、被控訴人20は、平成13年8月9日出産し、産後休暇後平成14年8月8日までの予定で育児休業を取得していたもので、その後育児休業の取得を撤回したなど特別の事情が認められないから、同被控訴人は、控訴人に対し、平成14年8月9日から本件判決確定の日まで、次項で認定する月額の賃金債権を有する。   (イ) (証拠略)によれば、被控訴人20が平成4年9月から本件ゴルフ場に勤務していたことが認められ、同被控訴人が育児休業が終了して就労した場合、同被控訴人が、別紙2賃金額検討表1〈10〉欄「旧給与規程による平成14年度の賃金額(裁判所認定)」欄記載の金額の平均金額である月額30万9520円の賃金を得ることができたものと推認することができる。   (ウ) したがって、同被控訴人の未払賃金の請求は、当審口頭弁論終結時において弁済期が到来した1921万0209円(309,520円×(2/31+62月)=19,210,209円、平成14年8月支払分は同月8日及び9日の2日分である。)及び平成19年11月1日から本件判決確定まで、毎月24日限り、30万9520円の支払を求める限度で理由があり、これを超える部分は理由がない。 (3) 被控訴人21、22について  前記5に説示したとおり、同被控訴人ら主張の債務不履行及び不法行為が認められないので、同被控訴人らの請求はいずれも理由がない。 (4) 被控訴人23から25について  前記6に説示したとおり、同被控訴人ら主張の債務不履行及び不法行為が認められないので、同被控訴人らの請求はいずれも理由がない。