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ID番号 : 08640
事件名 : 解雇無効確認等請求事件
いわゆる事件名 : 東芝事件
争点 : 電気機械器具製造会社職員が業務上疾病で休職、期間満了後に解雇されたことにつき地位の確認等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 電気機械器具製造会社の技術者が業務上疾病に罹患して休職し、休職期間満了後に解雇されたことにつき、解雇を無効として、雇用契約上の地位確認及び賃金の支払等を求めた事案である。 東京地裁は、〔1〕技術者の業務実態を見ると、就労時間・業務内容ともに技術者に肉体的・精神的負荷を生じさせたものということができ、したがって、発症したうつ病は深谷工場での業務に内在する危険が現実化したものというのが相当であるとして、業務とうつ病の発症との間に相当因果関係を認めて解雇を無効とした、〔2〕会社の債務不履行又は不法行為については、平成12年12月の「こころ“ほっと”ステーション」への電話相談、同13年3月・4月の「時間外超過者健康診断」受診時は、技術者の異常に気づき、心身の健康を損なうことのないよう注意する義務を負っていたと解するのが相当のところ、会社及び技術者の管理者はこれに気づくことなく過ごしてしまったことはこの注意義務の不履行といえるが、その後技術者の業務量を減らし、長期欠勤・休職を認め、カウンセリングを実施するなどして職場復帰に向けた対応等を行ったことから、安全配慮義務違反とまではいえないとした。
参照法条 : 労働基準法19条1項
労働基準法81条
民法536条2項
体系項目 : 解雇(民事)/解雇制限(労基法19条)/解雇制限と業務上・外
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
賃金(民事)/賃金請求権の発生/無効な解雇と賃金請求権
裁判年月日 : 2008年4月22日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ワ)24332
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例965号5頁
労経速報2005号3頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)-解雇制限(労基法19条)-解雇制限と業務上・外〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔賃金(民事)-賃金請求権の発生-無効な解雇と賃金請求権〕
  (1) 争点(1)について    ア 労働基準法19条1項の「業務上」の意義  労働基準法19条1項において業務上の傷病によって療養している者の解雇を制限をしている趣旨は,労働者が業務上の疾病によって労務を提供できないときは自己の責めに帰すべき事由による債務不履行であるとはいえないことから,使用者が打切補償(労働基準法81条)を支払う場合又は天災事故その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合でない限り,労働者が労働災害補償としての療養(労働基準法75条,76条)のための休業を安心して行えるよう配慮したところにある。そうすると,解雇制限の対象となる業務上の疾病かどうかは,労働災害補償制度における「業務上」の疾病かどうかと判断を同じくすると解される。  そして,労働災害補償制度における「業務上」の疾病とは,業務と相当因果関係のある疾病であるとされているところ,同制度が使用者の危険責任に基づくものであると理解されていることから,当該疾病の発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められる場合に相当因果関係があるとするのが相当である。  したがって,労働基準法19条1項にいう「業務上」の疾病とは,当該業務と相当因果関係にあるものをいい,その発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められることを要するというのが相当である。〔中略〕    カ まとめ  (ア) 以上のとおり,原告の平成12年11月から平成13年4月までの就労については,就労時間の面からいっても,別紙6のとおり,所定時間外労働時間は平均90時間34分,法定時間外労働時間は平均69時間54分であり,いずれにせよ,疫学的研究(1(7)コ)で有意差が見られたとする「60時間以上」というレベルを超えており,その業務内容も,業務内容の新規性,繁忙かつ切迫したスケジュール等,原告に肉体的・精神的負荷を生じさせたものということができる。  一方,原告は,平成12年12月に神経症と診断されているが,精神疾患の既往歴はなく,家族にも精神疾患を発症した者はいない。  他に,原告の業務以外にうつ病を発症させる要因があったことを認めるに足りる証拠はない。  したがって,原告が平成13年4月に発症したうつ病は,原告が従事した深谷工場での原告の平成12年11月から平成13年4月までの業務に内在する危険が現実化したものというのが相当である。〔中略〕  (ウ) してみると,原告の業務とうつ病の発症との間には相当因果関係があるということができ,当該うつ病は「業務上」の疾病であると認められる。  そうすると,本件解雇は,原告が業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものであって,労働基準法19条1項本文(及び就業規則27条)に反し,無効であるといわざるを得ない。   (2) 争点(2)について    ア 一般に,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う(最高裁判所平成12年3月24日判決・民集54巻3号)。〔中略〕 してみると,被告は,遅くとも同年4月には,原告について,その業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていたものと解するのが相当である。    ウ にもかかわらず,被告は,同年4月以降も原告の業務を軽減することなく,引き続きM2ライン立上げプロジェクトに従事させ,〔中略〕原告を同月下旬には12日間連続して欠勤させるという事態に陥らせた。  さらに,B課長は,原告が同年6月上旬に復帰した後も,業務軽減をすることをせず,反射製品開発業務の担当ができないとする原告の申し出を事実上断った。  そして,被告は,産業医を通じ,定期健康診断等で原告の自覚症状の変化(ストレス感,抑うつ気分,自信喪失)に気づき,業務負担軽減等の措置を講じる機会があったにもかかわらず,かえって同年7月に「半透過製品」の承認に必要な会議の提案責任者として当たらせ,短期間のうちに会議出席,資料・データ作成に当たらせた。  その後,原告は体調を崩し,業務に集中できず,急に涙を流したり,放心状態でいることも見られるようになった。  してみると,原告が平成13年4月にうつ病を発症し,同年8月ころまでに症状が増悪していったのは,被告が,原告の業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないような配慮をしない債務不履行によるものであるということができる。    エ もっとも,被告は,同年8月下旬には,原告の業務を「M2ライン不良解析」に限定し(これに反する原告の主張は採用できない。),翌9月からの療養を勧め,長期欠勤及び休職を認め,その間も,臨床心理士によるカウンセリングを定期的に受けさせ,上長による面接を通じて原告の病状の把握及び回復状況の把握に努め,「メンタル不調者の職場復帰プログラム」に基づく職場復帰に向けた対応等をしていることが認められる。  この点,原告は,平成13年10月上旬に1週間復帰した際及び平成14年5月13日の半日に職場復帰した際のB課長の対応を問題にするが,B課長が命じた業務は相当程度軽いものである一方,当時は原告が既にうつ病に罹患した状態であり,反応性が高かった〔中略〕こともあるから,一概にこれを配慮を欠く措置であったということはできないところである。  したがって,被告の平成13年8月下旬以降の対応については,これを原告の病状の悪化と因果関係がある安全配慮義務違反ということはいえない。   (3) 争点(3)について    ア 被告の原告に対する本件解雇は無効であるし,原告は業務上の疾病であるうつ病により労務の提供が社会通念上不能になっているといえるから,原告は,民法536条2項本文により,原告は被告に対し本件解雇後も賃金請求権を失わない。  そして,その(平均)賃金額は,証拠(甲83の1ないし30,84の1ないし5)及び弁論の全趣旨によれば,原告が精神障害を発症する以前の平成12年の年収額が568万5983円であることが認められるから,月額47万3831円と認めるのが相当である。    イ また,原告は,業務上の疾病であるうつ病により労務の提供が社会通念上不能になったのであるから,平成13年9月分から本件解雇前の平成16年8月分月まで月額47万3831円の割合による賃金請求権を有しているといえることから,原告が被告の健康保険組合から支給を受けた傷病手当金等との差額についての請求は,これを賃金請求として認めることができる。