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ID番号 : 08651
事件名 : 賃金請求事件
いわゆる事件名 : 住友重機械工業(賃金減額)事件
争点 : 重機メーカーの労働者らが、2年間限定の賃金10パーセント削減の無効を争った事案(労働者敗訴)
事案概要 : 重機メーカーYの労働者(X1ら8名)が、2年間に限定してなされた賃金の約10パーセントを削減するとの賃金規則(就業規則)の改訂につき、この改訂は合理性を欠き、有効でないとして、改訂前の就業規則に基づいて計算した賃金額と実際に支払われた賃金額との差額賃金の支払を請求した事案である。 東京地裁は、就業規則は合理的なものである限り労働者は適用を拒むことは許されないとの判例法理に照らし、賃金削減の不利益は少なくなく、不利益を緩和する措置が採られているとはいえないと認識する一方で、同改訂は、Y社の企業評価の著しい低下を改善するためのものであり高度の必要性に基づいてなされたと認められること、どのような措置・対応策を講じるのが合理的かを判断するに当たっては、その影響を直接的に被る労使の判断がまずもって尊重されるべき事柄であるところ、約98パーセント超の社員を組織する労働組合が同意しているのであるから、その同意は十分な利害調整を形成されたものと推定され、賃金削減の割合・期間についても相当な範囲内のものであったと推認されるとして、同改訂には合理性が認められ、これに同意していない社員に対しても効力を及ぼすと判断して、X1らの請求を棄却した。
参照法条 : 労働基準法89条
体系項目 : 賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
就業規則(民事)/就業規則の変更と協議条項/就業規則の変更と協議条項
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/賃金・賞与
裁判年月日 : 2007年2月14日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成15(ワ)29347
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : 労働判例938号39頁
労経速報1967号3頁
審級関係 :
評釈論文 : 鷲見賢一郎・季刊労働者の権利269号84~87頁2007年4月 原俊之・労働法律旬報1666号49~53頁2008年2月25日
判決理由 : 〔賃金(民事)-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
〔就業規則(民事)-就業規則の変更と協議条項-就業規則の変更と協議条項〕
〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 本件改訂は,就業規則の性格を有する賃金規則上の賃金に関する定めを平成14年及び同15年度の2年度にわたり,社員の賃金を約10パーセント前後の割合で削減する旨の変更であるところ,このような就業規則の変更によって労働者の既得の権利を奪い,労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは,原則として許されないと解すべきである。しかしながら,労働条件の集合的処理,特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって,当該規則条項が合理的なものである限り,個々の労働者において,これに同意しないことを理由として,その適用を拒むことは許されないと解される。そして,当該規則条項が合理的なものであるとは,当該就業規則の変更が,その必要性及び内容の両面からみて,それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい,特に,賃金のように労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生じるものというべきであり,また,上記にいう合理性の有無は,具体的には,就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉の経緯,他の労働組合又は他の従業員の対応,同種事案に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断するのが相当である(最高裁平成9年2月28日第二小法廷判決・民集51巻2号705頁,最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2075頁)。〔中略〕
上記のような状況は,被告の直接金融(株式市場や債券市場からの資金調達)の支障となることは明らかであるし,また,証拠(乙30の1・20~21頁)及び弁論の全趣旨を総合すると,平成13年11月には,金融庁は金融機関に対する特別検査を強化しており,そのため,経済界・市場等では,政府が,長引く経済停滞の原因とみられていた金融機関の不良債権処理を促進させ,その結果,金融機関が融資先の選別や貸付回収といった厳しい対応に出るのではないかとの懸念が広まっていたことが認められるから,やはり,平成13年秋ころから顕著となった被告の企業評価の低下は,間接金融との関係でも今後の資金調達の円滑性を損ないかねない事態にあり,ひいては,より重大な経営危機につながるおそれも否定できなかったものとみるのが相当である。〔中略〕
  b ところで,上記のように,企業にとって資金調達上の支障を生じさせかねない状況が発生した場合において,どのような措置・対応策を講じるかの判断は,事柄の性質上,事後の経済情勢及び金融情勢の予測を基礎とする高度な経営上の判断を伴うものであることからすると,被告のSHI再構築策の策定・実施の判断(ここには,当然のことながら,同構築策の一施策である本件改訂についての判断も含まれる。)は,それが問題状況に対する措置・対応策として相応の合理性を認められるものである限り,企業経営に携わっている経営専門家の関与の下で形成された被告の経営的判断として尊重されるべきであって,本件改訂を含めたSHI再構築策の必要性の内容・程度の判断についても,このような観点を踏まえて,その合理性を検討すべきものと解するのが相当である。そこで,上記の合理性について検討すると,証拠〔中略〕を総合すると,平成14年度及び同15年度の2年度間限定された暫定的な労務費削減策としてされた本件改訂は,固定経費である人件費を抑制して,これによる営業利益の増加を見込むことを可能にするとともに,月々の人件費支出を減少させて,被告のキャッシュフローを増加させるものであると認められることからすると,その目的には,合理性があるというべきである。また,実際にも,本件改訂を含めたSHI再構築策の実施により,平成15年度以降,被告の財務体質(有利子負債率及び自己資本比率)は改善をみせ〔中略〕,また,平成16年3月期以降の被告の決算は大きく改善し,経済誌からもその改善施策の実施過程は高く評価されていること〔中略〕に照らしても,本件改訂は,被告の企業評価の低下という問題状況に対する措置・対応策としても相当なものであったというべきである。したがって,本件改訂は,合理性を有するものであることは否定できない。〔中略〕
これらの事実によれば,平成14年3月期の黒字決算にもかかわらず,なお,被告の企業評価は平成13年秋当時と同様,低下していたと認められ,その基礎事情はSHI再構築策当時と異ならなかったといわざるを得ない。
  d 以上によれば,本件改訂の必要性は相当程度に高いものであったということができる。〔中略〕
 (ウ) 以上の(ア),(イ)の検討結果を総合すると,平成13年秋ころから14年改訂及び15年改訂へと至る経緯を通じてみると,結果的に被告の資金繰りに具体的な支障を生じさせるには至らなかったものの,平成13年秋ころから生じた被告の企業評価の著しい低下を契機として,被告にはかかる状況を改善するための経営的措置・方策を講じる必要が生じており,そのような中で策定されたSHI再構築策の一施策として,2年間の時限的な措置としてされた本件改訂(労務費削減)は,相当・適切なものであったということができるから,本件改訂は高度の必要性に基づいてされたものと認められる。〔中略〕
SHI再構築策をめぐる上記のような労働組合の各妥結状況は,労務費削減を含めた重大な労働条件の変更につき,その対象者となる被告社員の意見を集約し,また,その利益を代表する立場にある労組が被告との十分な利害調整を経て妥結されたことを推定させるものということができる。〔中略〕
本件改訂は,資金調達の支障が必ずしも切迫した中でされたものとはいえないし,また,同改訂による労務費削減が,被告社員に与える不利益の内容・程度も小さいとはいい難いものの,被告を取り巻く経営環境及び金融環境が不透明な中で,企業評価の著しい低下が生じている場合に,どのような措置・対応策を講じるのが合理的かを判断するに当たっては,その影響を直接的に被る当事者である労使の判断が,まずもって尊重されるべき事柄というべきところ,本件では,SHI再構築策は住重労組ほかの労働組合がこれに同意し(約99パーセントの被告社員の同意を得たのに等しい。),また,03年度総労務費削減策についても住重労組がこれに同意しているのであるから(約98パーセント超の被告社員の同意を得たのに等しい。),その同意は十分な利害調整を経て形成されたものと推定されることからすると,賃金削減の割合,期間についても相当な範囲内のものであったと推認されるのであって,これを覆すに足りる事情は認め難い。
 してみれば,本件改訂は,労働条件の集合的処理,特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって,原告らを含めた被告社員が被ることになる不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法規範性を是認することができるだけの合理性を有すると評するのが相当であり,これに同意をしていない原告らに対しても,効力を生じるものというべきである。〔中略〕
 このように,本件改訂は合理的であり,法的に是認し得るものといえるから,原告らは,本件改訂による新規定<1>,<2>の法的効力を否定することはできない。そして,平成14年度及び同15年度において原告らに支払われた賃金及び賞与一時金は,新規定<1>,<2>に則って計算されたものであることは前提となる事実(6)のとおりである。してみれば,その余の点を判断するまでもなく,原告らが主張するような賃金及び賞与一時金の未払差額は存在しない。