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ID番号 : 08668
事件名 : 未払賃金等請求事件
いわゆる事件名 : 姪浜タクシー事件
争点 : タクシー会社の退職者が時間外労働・深夜労働の割増賃金及び退職金制度変更前との差額を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : タクシー会社Yの乗務員として勤務し、定年退職した元営業次長Xが、在職中の時間外労働と深夜労働の割増賃金が支払われていないとして請求し、また、退職前に実施された退職金規定の変更を無効として、変更前との差額支払を請求した事案である。 福岡地裁は、Xの職務について、多数の乗務員を直接に指導・監督する立場にあり、乗務員の採否にも有用な役割を果たし、出退勤時間についても特段の制限を受けていなかったこと、他の従業員に比べ高額の報酬を得ていたこと、更に会社の経営協議会のメンバーであり、会社の代表として会議などへ出席していたなどの付随的な事情も認められることを総合考慮すると、労働基準法41条2号のいわゆる管理監督者に該当するとして時間外労働の割増賃金の請求を棄却したが、一方、深夜労働の割増賃金の請求権は管理監督者でも支払い義務があるとした。 また、タクシー会社による退職金規程の変更が、著しい退職金額の差異を生ずるものであり、複数ある規程を合理的に整理したという域を超えるものといわなければならず、変更前と同様の算定方法による退職金が支払われている事例が存すること、何ら代償措置が取られていないことなどから著しく不合理であると判断し、これについてもXの請求を認めた。
参照法条 : 労働基準法41条2号
労働基準法37条
労働基準法89条
体系項目 : 賃金(民事)/割増賃金/支払い義務
労働時間(民事)/裁量労働/裁量労働
労働時間(民事)/労働時間・休憩・休日の適用除外/管理監督者
裁判年月日 : 2007年4月26日
裁判所名 : 福岡地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)1010
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例948号41頁
審級関係 :
評釈論文 : 崔碩桓・ジュリスト1367号136~139頁2008年11月15日 佐久間大輔・季刊労働者の権利278号68~79頁2009年1月
判決理由 : 〔賃金(民事)-割増賃金-支払い義務〕
〔労働時間(民事)-裁量労働-裁量労働〕
〔労働時間(民事)-労働時間・休憩・休日の適用除外-管理監督者〕
原告は,営業部次長として,終業点呼や出庫点呼等を通じて,多数の乗務員を直接に指導・監督する立場にあったと認められる。また,乗務員の募集についても,面接に携わってその採否に重要な役割を果たしており,出退勤時間についても,多忙なために自由になる時間は少なかったと認められるものの,唯一の上司というべきB専務から何らの指示を受けておらず,会社への連絡だけで出先から帰宅することができる状況にあったなど,特段の制限を受けていたとは認められない。さらに,他の従業員に比べ,基本給及び役務給を含めて700万円余の高額の報酬を得ていたのであり,被告の従業員の中で最高額であったものである。加えて,原告が被告の取締役や主要な従業員の出席する経営協議会のメンバーであったことや,B専務に代わり,被告の代表として会議等へ出席していたことなどの付随的な事情も認められ,これらを総合考慮すれば,原告は,いわゆる管理監督者に該当すると認めるのが相当である。〔中略〕
B専務は,複数いる取締役の中にあって被告の経営を実質的に掌握し,それに伴う大きな権限を有していたものということができ,文書による具体的な指示も行っていたことが認められるところである。
 しかし,上記認定に係るB専務の稼働状況等からみて,同専務が業務の子細にわたって具体的な決定を行っていたとは考え難いところである。
 また,上記認定事実からすると,B専務から文書等による指示があるとはいえ,乗務員の労務ないし乗務の管理は,原告を含む営業部次長がその判断等に基づいて行っていたものというべきであり,殊に,タクシー業を営む被告において,それらが中心的な業務であると認められる(〈証拠省略〉,証人B,同C)ことからすれば,原告を含む営業部次長は,相応の権限を有していたとみるのが相当である。
 乗務員の採否についても,営業部次長の段階における履歴書の審査や面接で不採用とする場合があるし,B専務の面接に進んだ者で不採用になった者がいないことからすれば,むしろ,原告を含む営業部次長の判断が乗務員の採否に重要な役割を果たしていたというべきである。
 さらに,出退勤時間については,勤務シフトが作成されていたのは,営業部次長の重要な業務である終業点呼や出庫点呼に支障を来さないためであると認められるのであり,それ自体で出退勤時間の自由がないということはできないし,上記認定のとおり,原告が朝6時前から夕方6時すぎまで忙しく業務に従事していたとしても同様である。むしろ,上記判示のように,会社への連絡のみでもって退社ができる状況にあったことなどからすれば,出退勤時間の自由があったとみるのが相当である。
 加えて,原告は,給与面においても,被告の従業員の中では最高額を受給しているのであり,経営協議会や会議等への出席も,相応の責任ある地位に就いていることの徴表とみることができるのである。
 以上からすれば,原告の主張を採用することは困難である。
  (3) 以上によれば,原告が管理監督者に該当するということができるから,その請求できる時間外手当は,深夜割増賃金に限られることになる。
 そこで,その金額について検討するに,上記認定によれば,中洲の街頭指導に従事するのは,3か月に2回程度(月0.66回)で,1回について1時間30分であると認められる。
 他方,時間外手当算定の基礎となる原告の1時間あたりの賃金額は,基本給と役務給の合計額である39万4000円を週40時間の労働時間として算定すると,2267円となる。
 以上からすると,原告の平成14年10月から平成16年4月まで19か月間の深夜割増賃金は,1万0660円となる。〔中略〕
原告の付加金請求(請求原因(3))については,本件の内容等にかんがみ,これを認めないこととする。〔中略〕
改正規程によれば,原告の退職金額は,基本給と役務給の合計額である39万4000円に60パーセントを乗じて基礎金額23万6400円を算出し,これに,原告が勤続年数8年である(被告の運用により58歳までとする。)ことから管理職員退職金支給率表(〈証拠省略〉)に基づいて支給率である6を乗ずると,141万8400円となる。
 なお,「入社日」という文言を管理職に採用された日と解釈することは相当ではない。
 また,上記管理職員退職金支給率表によれば,自己都合退職による場合には,さらに料率を乗ずることとされているが,同表上に「停年」が明示されていないことや,停年を自己都合退職と同列に取り扱う合理性に乏しいことからみて,そのような運用がされていたとしてもこれを優先させる根拠に乏しいといわなければならず,上記料率を乗ずるのは相当でない。
   イ 他方,新規程によれば,原告の退職金額は,被告主張のとおり,16万4800円となる。
  (3) 以上からすると,被告による退職金規程の変更は,著しい退職金額の差異を生ずるものであり,複数ある規程を合理的に整理したという域を超えるものといわなければならず,変更前と同様の算定方法による退職金が支払われている事例が存すること(証人B),従前には乗務員及び一般職員退職金規程(〈証拠省略〉)との整合を図る規程が存在しなかったこと,何ら代償措置がとられていないことなどを併せ考慮すると,上記変更は,著しく不合理であるといわなければならず,原告の退職金額は,改正規程に従い,141万8400円と認めるのが相当である。
 そして,被告は,原告に対し,退職金として16万6380円を支払ったから,退職金残額は,125万2020円となる。