全 情 報

ID番号 : 08703
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : ハイクリップス事件
争点 : 治験施設支援機関の労働者が降格、懲戒解雇されたことに対し地位保全、損害賠償を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 医薬品等承認申請のための治験施設支援機関であるY会社で治験コーディネーターとして勤務するXが、降格された後に懲戒解雇されたことについて、〔1〕降格による賃金差額相当の損害賠償、〔2〕懲戒解雇は無効であるとして地位の確認及び解雇後の賃金、〔3〕上司の対応、一連の処分により精神的苦痛を受けたとして損害賠償、〔4〕時間外労働、休日労働及び深夜労働に伴う未払賃金並びに付加金の支払を求めた事案である。 大阪地裁は、まず降格について、Xが製薬会社の接待を受けたこと、タイムシートへの不実記載を指示したこと、自己の責任の部下への転嫁などを考慮して、降格には合理的理由があるとした。次に懲戒解雇について、Xは度重なる業務上の正当な指示命令にも従わず正常な復帰の見込みが立たなかったこと、接待についても強弁し続けていたこと等の点から、懲戒解雇はやむを得ないとした。また、一連の処分、上司の対応等による精神的苦痛を理由とする損害賠償請求については理由がないとした。 しかし、時間外労働については、Xの労働時間を算定し難い状況にはなく、まず、みなし労働時間制(労働基準法38条の2)の適用はなく、Xがタイムシート記載の時間業務に従事し、また電子メールによる指示等により自宅で業務に従事したことが認められるとして、割増賃金を一部認めた(付加金は否認)。
参照法条 : 労働基準法2章
労働基準法38条
体系項目 : 労働契約(民事)/人事権/降格
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/業務命令拒否・違反
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償請求
労働時間(民事)/事業場外労働/事業場外労働
裁判年月日 : 2008年3月7日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)451
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例971号72頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-人事権-降格〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔労働時間(民事)-事業場外労働-事業場外労働〕
〈1〉原告が平成17年1月13日にA製薬会社の接待を受けたこと、〈2〉タイムシートへの不実記載を指示したこと、〈3〉自己の責任を虚偽の弁解によって部下に転嫁する姿勢があったことが認められる。これらのうち、〈1〉は会社の主要業務の信頼性を損ないかねない問題であるし、〈2〉及び〈3〉についても、他のCRCのリーダーであるS-CRCとしての適格性がないことをうかがわせる事情であり、原告が減給される結果をともなうことを併せ考慮しても、原告を降格したことには合理的理由がある。また、これらのいずれについても、信用するに足りる証拠が残っていること、殊に〈1〉の点については、原告が作成した電子メールが残っていることからすると、原告から個々の事象について個別具体的に詳細に聴取する機会がなかったとしても、原告を降格し、減給したことに何らの違法もない。〔中略〕
原告は、〈1〉業務上の指示命令に不当に従わなかった場合(就業規則43条2項2号)、〈2〉会社の秩序、風紀を乱した場合(同項6号)、〈3〉業務上の地位、権限を利用して、会社内外の者から不当に金品または利益を受けた場合(同項9号)、〈4〉他の社員を教唆し、または幇助して、懲戒事由に該当する行為を行わせた場合(同項18号)、〈5〉その他の懲戒事由に該当する行為に準ずる不都合な行為があった場合(同項19号)に該当するものである。
 そして、前記のとおり、原告は度重なる業務上の正当な指示命令にも従わず、出勤して業務に従事する見込みが立たなかったこと、被告の営業内容に対する信頼性を損ないかねない製薬会社からの接待を受ける行為をしながら、プライベートな集まりであったなどと強弁し続けていたこと(〈証拠略〉)等の点からすると、原告を懲戒解雇に付したことは、やむを得ないというべきである。
 原告は、十分な弁明の機会が与えられなかったと主張する。しかし、原告は、電子メールや内容証明郵便等により、自らの主張を被告に対して明らかにしており、さらには社内懲罰委員会への出席の機会を与えられながら(〈証拠略〉)これに出席しなかったのであるから〔中略〕、弁明の機会は与えられていたと認められる。〔中略〕
職場環境配慮義務違反による損害賠償請求に理由はない。〔中略〕
原告について、労働時間を算定し難い状況があったとは認められない。よって、みなし労働時間制、(労働基準法38条の2)の適用はない。〔中略〕
タイムシートに加算されて記載された移動時間についても、時間外労働の時間数に含めて計上すべきである。〔中略〕
原告が別紙就業時間一覧表のとおり、被告の業務に従事したことが認められ、原告がC所長等により時間外に送信される電子メールに応対したり、電子メールの送信に備えて待機した時間も含め、時間外労働等の時間数を計算すべきである。〔中略〕
 もっとも、原告は、振替休日や病欠の日についても所定の始業時刻から所定終業時刻まで勤務していたものとした上、この時間帯に電子メールによる指示に基づき時間外労働等に従事したとして計算をしているが、これについては、二重に労働時間を計上していることになる(別紙就業時間一覧表のうち、タイムシート記載の始業時刻及び終業時刻について、網掛けをしたものである。)。元来は、休日なのであるから、実際に業務に従事した時間は、電子メールによる指示に基づき従事した時間であるとして計算すべきである。その際、有給である病欠の日(就業規則26条)について、所定の就業時間の間に電子メールによる指示や待機の指示に基づき業務に従事した場合は、時間外勤務等は発生しないものとした。
 また、休日手当は、法が定めた週1日の休日に労働した場合に発生するものであるから、被告の就業規則上の休日(土曜日等)に業務に従事した場合の賃金の割増率は、週40時間の制限を超える場合は0.25、これを超えない場合は、割増率はない(通常の労働時間の賃金が支払われるべきはもちろんである。)。〔中略〕
 以上に加え、タイムシートに原告が主張する時間が記載されていることについて当事者間に争いがないこと、タイムシート記載の時間は、日々、異なっていること等からすると、原告がタイムシート記載の時間、業務に従事したことが認められる。さらに、これに電子メールによる指示等により自宅で業務に従事したことが認められ、その時間の計算は、別紙就業時間一覧表の各合計欄記載のとおりとなる。〔中略〕
 原告の付加金の請求のうち、法内残業についての賃金に対応する金額につき付加金を請求するのは失当である。
 その余の部分についても、被告の時間外手当等の不払いは、微妙な判断を要する面もあるみなし労働時間制の適用に関する誤解もあることからすると、被告に付加金の支払いを命じるのは相当でない。