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ID番号 : 08707
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : インターネット総合研究所事件
争点 : 証券会社従業員が、転職が内定しその後解約された会社に対し慰謝料の支払を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 証券会社でマーケティングリーダーを務めていたXが、情報処理事業及び関連コンサルティング会社Yの代表取締役A所長から転職を勧誘され、採用内定(始期付解約権留保付労働契約の成立)に至ったため、勤務先に辞職を申し出たところ、その後、Yから一方的に、かつ合理的な理由なく労働契約を解約されたため元の会社に復職したが、その後のキャリアにおいて取り返しのつかない損害を被ったとして、慰謝料の支払を求め、予備的に契約締結上の信義則上の義務に反したとして損害賠償を求めた事案である。 東京地裁は、まず本件における始期付解約権留保付雇用契約の成否について、A所長は、インターネットによる証券業の立ち上げのためぜひ来て欲しいと持ちかけ、話し合いを重ね、Xからの年俸額の提示を受けてA所長が概ねこれを了承し、その後もY社内部で話を進めており、これを内定、すなわち始期付解約権留保付雇用契約の締結と認めて差し支えないとした。その上で、その後契約はいったん解除されたが、Y社役員会の承認を得られないと雇用できなくなる可能性などを告げてもいない以上、当該解約には正当事由があるとはいえず、Xが退職の手続を進めたことによって生じた損害を賠償すべき義務がある、として請求を認容した(請求額の3割に当たる金額を相当とした)。
参照法条 : 民法628条
民法1条
体系項目 : 労働契約(民事)/採用内定/取消し
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2008年6月27日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ワ)3973
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(確定)
出典 : 労働判例971号46頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-採用内定-取消し〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
乙山所長は、原告に対してインターネットを通じて証券会社が展開できるビジネスの可能性を問い、被告においてこれを立ち上げたいので原告にぜひ来て欲しいと持ちかけ、その後乙山所長あるいは丙川CFOと原告との間で事業の形態、雇用の問題等について話し合いを重ねる中で、原告の雇用条件を詰めるために4月3日の会合が開かれるに至り、同日の会合において原告から希望する年俸額として1500万円プラスアルファを提示され、乙山所長が概ねこれを了承し、被告における勤務開始日についても8月1日と合意したこと、その後も被告内部においてここでの発言を前提に事を進めたことが認められるのであって、代表取締役からここまで具体的な話があった以上、これを内定、すなわち始期付解約権留保付雇用契約の締結と認めて妨げないというべきである。〔中略〕
6月26日の役員会で本件の新規事業及び原告を雇用することについて合意が得られず、その旨を伝えた後、8月1日の雇用に向けて再度役員会の承認が得られるような説得工作をした形跡が全くうかがえないのであるから、被告は、6月26日をもって、原告に対して、いったん成立した始期付解約権留保付雇用契約を解約したものと認めるのが相当である。
 そして、その理由は上記のとおり役員会の承認が得られなかったからであるが、これが原告に対して解約の正当事由となりうるかについて検討するに、本件では否定的に解さざるを得ない。なぜなら、役員会の承認が原告との始期付解約権留保付雇用契約の条件となっていたのならともかく、そのようなことは一切ないからである。確かに、前述したように原告の雇用は、新規事業の立ち上げと不可分のものであり、役員会の承認が得られなければあり得ないことは上場企業においては当然のことであるのは被告の主張するとおりである。しかし、その点について原告には何ら告げておらず、さらには、原告が5月18日に上司に対して転職を考えている旨を伝えたことを告げた際も、同月25日には正式に辞意を表明した旨を告げた際も、何らこれを止めずにただ聞いていたというのであり、この時点ならまだ役員会の承認が得られないと雇用が実現できない可能性があることを告げて原告に対して辞職を思いとどまらせることもできたにもかかわらず、これをしていないのである。原告としては、被告から4月3日の合意に基づき被告から雇用してもらえると信じてJ証券との間で退職の手続を進め、その旨を乙山所長に告げて何も言われなかった以上、乙山所長において本件の新規事業及びこれと不可分の原告の雇用を進めることについて社内的な調整はすべて問題なく運んでいるであろうと信じる以外にないのであり、被告は、原告が退職の手続を進めたことによって生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。〔中略〕
原告はJ証券に対して書面での辞職届までは提出していなかったものの、退職の意思を明確にし、同社においても原告が退職することを前提とした人事上の手続を進めていたことが明らかであり、それを取り消してJ証券にとどまることができたにせよ、これまでの社内における経歴に傷が付いたことは否定できず、これを回復するには相当の年月を要することが推認されるのであり、このことにより原告は相当な精神的苦痛を被ったことが認められる。
 以上のような事情のほか、本件訴訟における被告の姿勢及び被告代表者尋問における乙山所長の発言をも総合考慮すると、原告の被った精神的苦痛を慰謝する額としては300万円をもって相当と認める。