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ID番号 : 08726
事件名 : 賃金支払等請求事件
いわゆる事件名 : 京都市女性協会事件
争点 : 財団法人の嘱託職員が、一般職員との賃金格差は不当として損害賠償を請求した事案(元職員敗訴)
事案概要 : 女性の自立支援のための市設立の財団法人Yで嘱託職員として相談業務に当たり退職したXが、労働は一般職員と同一であるのに低い嘱託職員の賃金を支給したことは憲法13条、14条、労働基準法3条、4条、同一価値労働同一賃金の原則並びに民法90条に違反したとして損害賠償の支払を求めた事案である。 京都地裁はまず、憲法13条、14条を直接適用できないが、趣旨を踏まえて検討すると、嘱託職員という地位は自己の意思によって逃れることのできない身分ではないから労基法3条の「社会的身分」には含まれず、同条違反とはいえないとした。また、本件賃金処遇が女性であることを理由とする差別的な取扱いとはいえず労基法4条にも反しないとした。次に、同一価値労働同一賃金の原則について、国際人権規約は同原則を確保しなければならないということを宣言したにとどまり、同条約自体に自動執行力があるとはいえず、また労基法4条が同一価値労働同一賃金の原則を定めたものとも解されないとした上で、しかし、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条、10条の趣旨を、私人間の雇用関係を律するにあたって参酌することは許され、本件では財団の職員給与規定はXの提供した労務内容に対して適切な対応をし得るような内容になっていなかったといえるが、差額を具体的に認定しうる特段の事情が証明されてないとして、結局Xの請求を棄却した。
参照法条 : 日本国憲法13条
日本国憲法14条
労働基準法3条
労働基準法4条
民法90条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/男女同一賃金、同一労働同一賃金/男女同一賃金、同一労働同一賃金
労基法の基本原則(民事)/均等待遇/社会的身分と均等待遇
労基法の基本原則(民事)/均等待遇/男女別コ-ス制・配置・昇格等差別
裁判年月日 : 2008年7月9日
裁判所名 : 京都地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)3346
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : 労働判例973号52頁
審級関係 :
評釈論文 : 羽根一成・地方自治職員研修41巻10号76頁2008年10月
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)-男女同一賃金、同一労働同一賃金-男女同一賃金、同一労働同一賃金〕
〔労基法の基本原則(民事)-均等待遇-社会的身分と均等待遇〕
〔労基法の基本原則(民事)-均等待遇-男女別コ-ス制・配置・昇格等差別〕
憲法の規定は国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない(参照・最高裁昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁)ところ、被告は京都市が全額出資して設立された財団法人であり、被告の行為に憲法13条及び14条が直接適用されるかには疑義があり、実体法規の解釈にあたって憲法の規定を考慮要素とすることによってその趣旨を適用するのが相当である。
  (2) そして、憲法14条は機会の平等を規定しているところ、労働基準法3条及び4条等の解釈・適用を通じて私人関係を規律することとなる。
  しかし、憲法13条はその文言自体抽象的であり、それ自体から賃金処遇についてどうあるべきかを具体的に明らかにしておらず、仮に同条が直接に適用されるとしても、具体的な法規範性を見いだすことは困難であり、実体法規の解釈にあたって考慮要素としてどのように参酌すればよいのかも明らかでない。また、憲法13条は自由権であって、現に存在する差別を積極的に是正するという積極的な効果をもたらすような人権規定ではない。
  (3) 以上のとおり、本件賃金処遇が憲法13条及び14条に直接反するとの原告の主張は採用できないが、憲法14条の趣旨を踏まえて以下の検討をする。〔中略〕
  労働基準法3条が憲法14条の趣旨を受けて社会的身分による差別を絶対的に禁止したことからすると、同法同条の「社会的身分」の意義は厳格に解するべきであり、自己の意思によっては逃れることのできない社会的な身分を意味すると解するのが相当である。また、同条の解釈は民事上の損害賠償請求の場面においても特定の行為が違法か否かの基準となるのであるから、上記場面においても同様に解釈するのが相当である。
  そして、嘱託職員という地位は自己の意思によって逃れることのできない身分ではないから同条の「社会的身分」には含まれないというべきである。
  よって、本件賃金処遇が労働基準法3条に違反し違法であるとはいえず、これに反する争点(2)についての原告の主張は採用できない。〔中略〕
被告は相談員として採用する嘱託職員については、募集にあたって性別を問わないものとしていたことが認められ、嘱託職員に適用する給料表において男女別の給料表を作成していたわけではないことを考慮すると、原告が女性であることを理由にして機会の平等を侵害するような作為を行ったとは認められない。したがって、原告についての本件賃金処遇が女性であることを理由とする差別的な取扱いとはいえないことは明らかである。〔中略〕
本件賃金処遇が男女平等を求める労働基準法4条に違反するとはいえず(同一価値労働同一賃金の原則との関係については後述する。)、争点(3)についての原告の主張は採用できない。〔中略〕
短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条、10条の趣旨を、私人間の雇用関係を律するにあたって参酌することは許されるものと解される。〔中略〕
憲法14条及び労働基準法4条の根底にある均等待遇の理念、上記各条約等が締約されている下での国際情勢及び日本において労働契約法等が制定されたことを考慮すると、(公序というか否かはともかく)証拠から短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条に反していることないし同一価値労働であることが明らかに認められるのに、給与を含む待遇については使用者と労働者の交渉結果・業績等に左右される側面があること及び年功的要素を考慮した賃金配分方法が違法視されているとまではいい難いことなどを考慮してもなお、当該労働に対する賃金が相応の水準に達していないことが明らかであり、かつ、その差額を具体的に認定し得るような特段の事情がある場合には、当該賃金処遇は均衡処遇の原則に照らして不法行為を構成する余地があるというべきである。〔中略〕
原告は本件雇用期間中、被告の主要事業の1つである相談業務を高い質を維持して遂行し、一定の責任をもって企画業務を行い、外部との会議にも単独で出席するなどしていることから、原告は一般職員の補助としてではなく主体的に相談業務及びこれに関連する業務につき一定の責任をもって遂行していたといえ、他の相談員と比べても質の高い労務を提供していたといえる。
  ところが、証拠(甲1ないし3)によれば、被告の職員給与規定には、嘱託職員が質の高い労務を提供した場合、どのような加給をするかという点について何らの定めを置いておらず、また、上記のように嘱託職員が質の高い労務を提供した場合に、何らかの形で一般職員に登用する可能性がある等の具体的な定めをしていることも見受けられない。
  したがって、被告の職員給与規定は原告の提供した労務の内容に対して、適切な対応をし得るような内容になっていなかったといえる。〔中略〕
原告は、通常の労働者と同視すべき短時間労働者に該当するとまでは認め難く、原告に形式的に一般職員の給与表を適用して賃金水準の格差ないし適否を論ずることは適切なものとはいえない。
  また、本件全証拠をもってしても、原告が従事していたのと同様の相談業務を実施している他の法人等における給与水準がどの程度か、その中でも原告のように質の高い労務を提供した場合にどのような処遇が通常なされているのかという点や、被告において原則図書館司書資格を要するものとされている図書情報室勤務の嘱託職員と比べ、原告については具体的にどの程度賃金額を区別すれば適当なのか、被告の他の相談業務に従事する嘱託職員と比べた場合、どの程度賃金額を区別すれば適当なのかという点について具体的な事実を認めるに足りず、したがって、(これらの事実を認定した上で)原告に支給されていた給与を含む待遇について、一般職員との格差ないしその適否を判断することは困難である。
  そうすると、原告については特段の事情が証明されているとはいえない。
  (3) 上記(1)及び(2)に述べたとおりであって、争点(4)についての原告の主張は、いまだ証明が十分ではなく、採用することができない。