全 情 報

ID番号 : 08734
事件名 : 遺族補償給付不支給決定処分取消事件
いわゆる事件名 : 広島中央労働基準監督署長事件
争点 : 電気工事会社課長の虚血性心不全による死亡について、妻が遺族補償給付不支給処分の取消しを請求した事案(妻敗訴)
事案概要 : 電気工事会社Aの支店システム部課長Bの虚血性心不全による死亡について、妻Xが、発症・死亡は業務上の過重負荷に起因するものであるとして遺族補償年金等を申請したところ、労働基準監督署長Yのなした不支給処分の取消しを求めた事案である。 大阪地裁は、Bの業務は、その内容、勤務時間の両面から見ても、業務上の負荷が発症の基礎となる血管病変等について、その自然的経過を超えて増悪させるほど重いものであったとまでは認められず、かえって、本件疾病はBの有していた基礎疾患ないしリスクファクターによりその自然経過にしたがって発症したというべきであるとして業務起因性を否認し、労働基準法施行規則35条、別表第1の2第9号にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」と認めなかった労働基準監督署長Yの処分に違法はないとして、Xの請求を棄却した。
参照法条 : 労働基準法施行規則35条
労働基準法施行規則別表1の2第9号
労働者災害補償保険法16条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/災害性の疾病
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2008年10月15日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18行(ウ)44
裁判結果 : 請求棄却
出典 : 労経速報2027号9頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-災害性の疾病〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
 被災者には、上記2(3)で認定したとおり発症当日から前日までの間、精神的、肉体的な突発的事故や異常な出来事、過重労働は見当たらない。また、発症前一、二週間も、長時間勤務や不規則労働は認められず、作業環境や業務による精神的緊張の状態について特別な事情も認められず、休日も取得できている。発症前6か月間の時間外労働時間についても、上記認定のとおり発症前1か月で100時間もしくは発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月平均80時間を超える程の時間外労働を行っていたとは認められない。
 被災者の業務内容も上記のとおり特別困難視するほどのものとは認められず、周囲の支援・協力もあり、勤務形態、作業環境の劣悪さも見当たらない。なお、被災者の業務にはしばしば出張が含まれるが、その内容、頻度、交通手段、宿泊の有無・態様等に照らし、業務の過重性を認める程のものとは認められない。
 そうすると、被災者の業務上の負荷が発症の基礎となる血管病変等について、その自然的経過を超えて増悪させるほど重いものであったとまでは認められない。〔中略〕
被災者は、平成2年1月の時点で既に初期状態よりも増悪した糖尿病に罹患していたところ、それ以降も、十分な血糖値コントロールができずにおり、殊に、平成7年以降の測定値は全て「不可」とされる状態にあった上、死亡時まで飲酒のほか、虚血性心疾患と強い相関関係が認められる喫煙(1日20本以上)、高脂血症もあり、しかも、その死亡当時40歳以上の46歳と危険因子が複数併存する高リスク群であったことを踏まえると、特段、業務による疲労の蓄積がなくとも被災者の有する基礎疾患が徐々に進行・増悪していたことは容易に推認しうるところであり、その自然的経過によって本件疾患を発症する可能性が相当高かったということができる。
 ところで、原告は、糖尿病による血糖値のコントロールが十分でない場合には、神経障害、腎症、網膜症そして動脈硬化による脳・心臓疾患が合併症が発症することが知られているが、被災者は、糖尿病発症から8年を経過した平成10年1月26日の健康診断結果においても特段神経障害、網膜症、腎症等の合併症状は全く表れていなかったため、原告の糖尿病による動脈硬化への影響、本件疾病への影響は十分に否定しうる旨主張する。確かに、被災者の平成10年1月26日の健康診断結果には特段神経障害、網膜症、腎症等の合併症状は認められていない。しかし、被災者の糖尿病の期間ないし程度は上記2(4)のイないしエで認定したとおりであって、以上の事実に証拠(略)を総合すると、原告の上記主張を認めることができず、かえって、被災者の糖尿病が本件疾病に大きく影響したことが強く窺われる。そうすると、原告の上記主張は理由がない。〔中略〕
 被災者の業務上の負荷が発症の基礎となる血管病変等について、その自然的経過を超えて増悪させるほど重いものであったとは解されず、かえって、本件疾病は被災者の有していた基礎疾患ないしリスクファクターによりその自然経過にしたがって発症したというべきである。
 そうすると、被災者の業務の過重が疾病の自然的経過を著しく越えて悪化させたと認めることができず、したがって、被災者の業務と本件疾病との間には相当因果関係を認めることができない。
 5 結論
 以上によれば、本件疾病は、被災者の従事した業務に起因するものとはいえず、これを労規則35条、別表第1の2第9号「その他業務に起因することの明らかな疾病」と認めなかった本件処分に違法な点はない。