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ID番号 : 08756
事件名 : 各不当労働行為救済命令取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 国・中央労働委員会(新国立劇場運営財団)事件
争点 : 新国立劇場運営財団が、団交拒否を不当労働行為に当たるとした命令の取消しを求めた事案(組合敗訴)
事案概要 : 劇場を運営する財団が、オペラ歌手Aに「契約メンバー」として不合格である旨を告知したことに対し、ユニオンの団体交渉申入れを、財団が拒否したことについて、中労委は〔1〕不合格措置については不当労働行為を認めなかったが、〔2〕団交拒否は不当労働行為に当たるとして財団に団交に応じるよう命じた。これに対しユニオンは〔1〕を、財団は〔2〕を不服として、双方が命令の取消しを求めた事案の控訴審である。 第一審東京地裁は、〔2〕について、Aは労組法上の労働者に当たらないとして命令を取消した(〔1〕は維持)ため、ユニオンが控訴(国(中労委)も控訴)。 第二審東京高裁は、「労働者性」について、 使用者と労働者との間の指揮命令関係は、労働力の配置がされている状態を前提とした業務遂行上の指揮命令ないし支配監督関係という意味のほか、業務従事ないし労務提供の指示等に対する諾否の自由という趣旨をも包含する多義的な概念であり、労組法上の労働者に該当するか否かを論ずる場合にその一部分だけを取り出すのは相当でないとした。その上で、Aには、オペラ公演のもつ集団的舞台芸術性に由来する諸制約以外に指揮命令ないし支配監督関係の成立を差し挟む余地はなく、また、公演ごと労務提供諾否の自由があることを併せ考えれば、労組法上の労働者とは言いがたいとして、双方の控訴を棄却した。
参照法条 : 民法
労働組合法3条
労働組合法7条
労働基準法2章
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/労働者/労働者の概念
労基法の基本原則(民事)/労働者/演奏楽団員・オペラ歌手
裁判年月日 : 2009年3月25日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20行(コ)303
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働判例981号13頁
審級関係 :
評釈論文 : 中内哲・法律時報81巻10号161~164頁2009年9月 荒木尚志・中央労働時報1108号14~22頁2009年10月
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)-労働者-労働者の概念〕
〔労基法の基本原則(民事)-労働者-演奏楽団員・オペラ歌手〕
 第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人らの当審における主張を改めて検討してみても、Aの労働者性はこれを否定するのが相当であって、第1事件における被控訴人の請求は理由があり、第2事件における控訴人ユニオンの請求は失当であると判断する。その理由は、次に付け加えるほかは、おおむね原判決「第3 争点に対する判断」(原判決14ページ2行目から17行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。〔中略〕
2 控訴人らの補充的主張に対する判断
(1) 契約メンバーの労働者性に関する判断基準について〔中略〕
使用者と労働者との間の指揮監督関係は、同控訴人の主張するような意味においてもさることながら、労働力の配置がされている状態を前提とした業務遂行上の指揮命令ないし支配監督関係という意味においても用いられるほか、業務従事ないし労務提供の指示等に対する諾否の自由という趣旨をも包含する多義的な概念であり、労働組合法上の労働者に該当するかどうかの判断に当たり、これらの多義的な要素の一部分だけを取り出して論ずることは相当ではないというべきである。ところで、同控訴人の主張する意味において検討してみても、契約メンバーの歌唱技能という債務の提供はオペラ公演における各メンバーの持ち場(合唱団におけるパート等)が自ずと決まっており、被控訴人が契約メンバーの労働力を事業目的の下に配置利用する裁量の余地があるとは考えられないところである。そして、既に説示のとおり、契約メンバーが個別公演出演契約を締結してひとたび当該オペラ公演に参加することとした場合においては、オペラ公演のもつ集団的舞台芸術性に由来する諸制約が課せられるということ以外には、法的な指揮命令ないし支配監督関係の成立を差し挟む余地はない上、契約メンバーには個別公演出演契約を締結するかどうかの自由すなわち公演ごとの労務提供の諾否の自由があることをも併せ考えれば、契約メンバーが労働組合法上の労働者であるとはいい難いというべきである。〔中略〕
既に述べたとおり、契約メンバーが個別公演出演契約を締結するかどうかの自由を有している本件においては、個別公演出演契約を締結した後に初めて受けることとなる契約上の制約ないし拘束に比して、そのような一つの公演を区切りとした具体的契約関係に入るか否かの判断を契約メンバーが留保していることは格段に大きい要素というべきである(確かに個別の公演における報酬等の条件については被控訴人が一方的に決定しているところではあるが、契約メンバーには被控訴人によって提示されたそのような一義的な条件と被控訴人以外の者が提示する別の条件又は自らソリストとしての音楽活動をすること若しくは教師等としてオペラ公演とは趣の全く異なる職業活動をすることとのいずれを選択するかを判断し得る自由の大きさに比べたとき、いわば契約メンバーに選択肢の一つとして提示するメニューの内容を決定することは相対的に小さな要素であるといわざるを得ない。)上、個別公演出演契約を締結した結果契約メンバーが受けることとなる種々の拘束はいずれも先述したオペラ公演の本質に由来する性質のものであること、契約メンバーの被控訴人からの報酬等に対する収入の依存度といった経済的な側面についてみても、上述のとおり各契約メンバーがその自由な意思で個別公演出演契約の締結を判断する過程で考慮される一要素にすぎないということができることなどを総体的に考慮すれば、基本契約のみならずこれを踏まえて締結される個別公演出演契約によって規律される法律関係を前提とし、労働組合法の制定目的等に照らして被控訴人と契約メンバーとの間の諸々の関係を広く考察してみても、控訴人国が主張するような結論に至るものではない。
(2) 労務提供の諾否の自由について
 ア 既に説示したとおり、契約メンバーが被控訴人との間で基本契約を締結したからといって個々の公演について出演を法的に義務付けられるわけではないのであるが、控訴人国は、基本契約に係る契約書の規定の仕方と関係者の認識及び運用等から個別公演への出演義務が導かれる旨主張するので、改めてこの点につき検討を加える。〔中略〕
しかしながら、上記の債務不履行に関する条項をみると、いずれのシーズンの契約書においても「法律上の不可抗力によりこの契約又は個別公演出演契約の履行が不可能となった場合には、両当事者は、この契約又は個別公演出演契約上の義務を負わない。」と共通して規定されているところ、まず、このような規定の体裁からは、これがそもそも基本契約の不履行ということに力点を置いて設けられた条項であるかについて疑念が残る(むしろ同規定の力点は個別公演出演契約の不履行の場合に関する規律にあったとみるのが自然ということもできる。)上、個別公演への出演以外に係る事項について、被控訴人においてはスケジュール提示義務・傷害保険契約締結義務等の付随的義務を負担しており、他方、契約メンバーにおいては資料提供義務・稽古欠席等に関する連絡義務等の付随的義務をそれぞれ負担しているため、これらの付随的義務違反も一応債務不履行として問題となり得ることを念頭に置きつつ、個別公演出演契約における固有の不履行のほかに基本契約自体につい不履行についても念のため言及したものと解することも十分可能である。さらに、基本契約によって個別公演への出演義務を謳い込む必要があるのであれば、端的にそのための明示的な義務付条項を設ければ足りるのであるから、控訴人国の上記解釈は、その余の事項に周到な規定を設けている上記契約書全体の構成に照らしても不合理なものといわざるを得ない。しかも、控訴人国のような解釈を採ったときには、これらの契約書には共通して「乙(契約メンバー)が「個別公演に出演するに当たり、両当事者は、乙の個別公演への出演を確定し、当該個別公演の出演業務の内容及び出演条件等を定めるために、「個別公演出演契約」を締結する。」と規定されていること、しかも契約書の体裁からして同規定が基本契約全体において枢要な地位を占めている基本的な事項であることと明らかに矛盾することとなってしまう。
 以上に加えて、前記認定のとおり、基本契約を締結した契約メンバーが自己都合により個別公演に出演しなかったからといってこれまで法的責任の追及を受けたことはないし、また事実上の不利益を被ったこともない(もっとも、契約メンバーであることは原則としてシーズンを通じて被控訴人の公演に参加することが期待される地位にあるから、次年度以降における基本契約の締結において当該シーズンで個別公演に参加しなかったことが考慮される事情となり得ることはこれを否定することはできないが、それはシーズンを通じて一定水準以上の合唱団員を安定的に確保したい被控訴人が新たなシーズンにおける契約に臨む際に判断要素とするかどうかの問題であって、基本契約から個別公演への出演が法的に義務付けられるかどうかとは別次元の問題というべきである。)という契約関係の運用ないし実態に照らしても、控訴人国の解釈は失当といわざるを得ない。〔中略〕
3 以上によれば、Aは労働組合法上の労働者に該当するものとは認められないというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく控訴人ユニオン及び同国の各主張は失当であって、本件各控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却する。