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ID番号 : 08770
事件名 : 諸手当等請求控訴事件
いわゆる事件名 : アルプス電気事件
争点 : 電気会社社員が異動に伴う諸手当の支給打ち切りを違法として損害賠償等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 電子機器製造会社の社員が、住居の変更を伴う異動に応じ、異動後2年経過以降、別居手当、単身赴任用社宅費、留守宅帰宅旅費が打ち切られたことを違法として、損害賠償、慰謝料を求めた事案の控訴審である。 第一審盛岡地裁は、手当打切りは労務費削減策として必要性・合理性があり、労働委員会の合意を得て就業規則を変更して実施したもので有効であるとして、社員の請求をいずれも棄却したため控訴。 第二審仙台高裁は、まず変更後の就業規則は概括的・抽象的な規定にすぎず、実務職群に属する社員等に対して転勤を命じた場合に本件手当を支給しないことを根拠付ける規定は認め難いとし、また、労働協約による減額・不支給の規定も効力がないとした(仮に就業規則の内容を補完するものとして就業規則変更が不支給を定めたと解釈されるとしても、その不利益を労働者に受忍させるに足る高度の必要性に基づいているとはいい難い)。結局、支給打切りは賃金・手当に係る労働契約上の基本的な権利を不当に侵害するとして損害賠償を認め、原判決を変更した(慰謝料請求は斥けた)。
参照法条 : 労働基準法2章
民法709条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償請求
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/その他
賃金(民事)/賞与・ボーナス・一時金/住居の変更を伴う異動と手当
裁判年月日 : 2009年6月25日
裁判所名 : 仙台高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(ネ)393
裁判結果 : 一部認容(原判決一部変更)、一部棄却
出典 : 労働判例992号70頁
審級関係 :
評釈論文 : 山本圭子・労働法学研究会報61巻4号20~25頁2010年2月15日
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-その他〕
〔賃金(民事)-賞与・ボーナス・一時金-住居の変更を伴う異動と手当〕
2 争点1について〔中略〕
 ところで、被控訴人の就業規則における転勤に関する取扱い(本件支給規定)では、主たる住居の変更を伴う異動があった場合には別居手当、単身赴任用社宅費、留守宅帰宅旅費からなる本件手当を支給する定めになっており、本件就業規則変更の前後を問わず、被控訴人の就業規則に、控訴人のような実務職群に属する社員に転勤を命じた場合に、本件手当の支給対象から外す旨の明文規定は存在しない。すなわち、変更後の就業規則33条の5は、第1項で本件社員制度の適用者を定めた上、第2項で本件社員制度の内容を労使間協定に全面的に委任した内容のものであり、概括的・抽象的な規定にすぎず、同条から直ちに実務職群に属する社員に転勤を命じた場合に本件手当の支給対象から外すことを読み取ることはできない。〔中略〕
 のみならず、仮に本件協定が就業規則と一体のものと扱われるべきものであるとしても、本件協定における本件社員制度に係る規定は、事業部単位を基本として勤務地域が限定されたことにより転勤を命じられることのない実務職群に属する社員等を対象とした規定であることから、本件協定実施後に主たる住居の変更を伴う異動を命じられた控訴人の場合のように、実務職群に属する社員等に対して転勤を命じた場合にも適用のある規定ということはできない。〔中略〕
(3) そうすると、被控訴人においてAWAとの労使間個別協定(本件協定)が就業規則と一体として扱われるべき性質を有すると認めるべきか否かはともかく、仮に本件協定を就業規則と一体として就業規則の内容を補完するものとして本件就業規則変更の合理性を考え得るという立場に立ったとしても、本件支給打切りの根拠となるべき就業規則変更の事実を認めるに足りる証拠はないものというべきである。すなわち、被控訴人は、本件社員制度の実施に係る本件就業規則変更に際して、実務職群に属する社員等に対して転勤を命じた場合に本件手当を支給しないことを根拠付ける明示の定めを置かなかったものというほかなく、また、賃金規定や転勤に関する取扱いについて定めた被控訴人の就業規則を総合して勘案しても、控訴人に対する本件支給打切りを根拠付ける規定は認め難いものといわざるを得ない。〔中略〕
 したがって、いずれにしても、社宅家賃補助規定3条6号は、控訴人に対する本件支給打切りの根拠とはなり得ない。〔中略〕
(7) よって、就業規則33条の5、本件協定の締結、社宅家賃補助規定3条6号等をもって本件支給打切りの根拠とすることはできないものというべきであるから、争点1に関する被控訴人の主張は理由がない。
3 争点2について〔中略〕
(2) 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合には、変更後の労働条件を労働者に周知させた上、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等の交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであることを要することは、労働契約法10条本文に規定するところであるが、この理は、同法の施行の前後を問わず、就業規則の変更によって労働者の労働条件を不利益なものに変更する場合に妥当するものというべきである(最高裁判所昭和43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁)。〔中略〕
 本件就業規則変更においては、労働者である控訴人が被った不利益が前記のとおり大きなものであるところ、使用者である被控訴人にとって、前記のとおりその経営事情から一般的に社員の賃金を削減する必要に迫られていたこと、旧盛岡工場の閉鎖も再建策の一環であったことが認められるものの、企画職群に属する社員に対する賃金カットが1年に限り月額5%にすぎないのに比較し、本件社員制度の実施に伴う賃金表の改訂により実務職群に属する社員等の賃金を原則として15%も削減したことに加え、旧盛岡工場の閉鎖に伴い転勤を余儀なくされた社員のうち、企画職群に属する社員に対しては、現行制度に定める転勤に関する取扱いを例外なく継続的に適用していることと比較して、実務職群に属する社員等に対しては、現行制度に定める転勤に関する取扱いを特例措置の名の下に2年間適用したのみで、その後は支給を打ち切るものとしたことは、同様の状況下にある被控訴人社員でありながら実務職群に属する社員等に対して甚大な不利益取扱いをするものというべきところ、本件においては、賃金の15%削減に加えて、このような更なる不利益取扱いを甘受させるべき合理的な理由を見出し難いものといわなければならない。したがって、本件就業規則変更は、このような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものとはいい難いものである。
(3) 以上によれば、本件就業規則変更は、実質的かつ内容的にみても、控訴人に対する本件支給打切りを是認させるだけの合理性を有しないものといわざるを得ない。したがって、この点においてもまた、被控訴人の主張は採用することができない。
4 争点3について
(1) 前記2、3によれば、被控訴人の控訴人に対する本件支給打切りは、その法的根拠を欠いて理由がないものといわざるを得ないところであるから、本件支給打切りに係る被控訴人の措置は、控訴人の賃金・手当に係る労働契約上の基本的な権利を不当に侵害するものであって、違法というべきである。そして、被控訴人には、違法な本件支給打切りについて、少なくとも過失があったと認められる。
(2) 以上によれば、控訴人は、平成16年4月分以降、その退職までの間に得ることができるはずであった本件手当相当額合計231万3378円について損害を被ったというべきであるから、控訴人の本件請求は、上記金員及び本件手当の各月の支給予定日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることとなる。
(3) なお、控訴人は、これに加えて慰謝料120万円も損害として請求するが、賃金・手当にかかる請求権が侵害された場合には、その経済的利益の性質にかんがみ、その相当額の賠償を認めれば、特段の事情がない限り、損害は填補されるものというべきところ、本件においては被控訴人が控訴人に対する退職強要を目的として本件支給打切りに及んだとまでは認め難く、ほかに上記特段の事情は認め難いところから、慰謝料請求については理由がないものというべきである。