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ID番号 : 08786
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 財団法人骨髄移植推進財団事件
争点 : 財団内部の文書頒布を理由に諭旨解雇された元総務部長が地位確認、未払賃金等を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 骨髄移植を推進する財団の常務理事兼事務局長のパワハラ・セクハラ的言動を列挙し、改善措置を要望する旨の報告書を理事長に提出した総務部長が、総務部長職を解かれ、さらに約1年後に上記報告書により職場内の秩序・規律を乱し、財団の名誉・信用を毀損したこと、報告書の内容を外部に漏洩したことなどを理由に諭旨解雇されたため、元総務部長が、懲戒解雇該当事由はなく、また解雇権の濫用に当たり無効であるとして、地位の確認及び未払賃金の支払を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償の支払を求めた事案である。 東京地裁は、報告書を作成して理事長に提出すること自体はその職責を果たすものであって何ら問題のある行為ではなく、懲戒解雇事由に該当しないとした。また、元総務部長が多数の者に伝達した結果報道されるに至ったのは懲戒解雇事由に該当するとしても、その後不適切な対応をした財団に責任の一端があることを考慮すれば、情報管理義務違反を理由とする懲戒解雇は重きに失し、権利の濫用として無効であるとしたほか、その他懲戒解雇事由についても権利の濫用に当たるとして、元総務部長の請求をすべて認容した(ただし、慰謝料認容額は50万円)。
参照法条 : 労働基準法2章
民法709条
民法710条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇/懲戒権の濫用/懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/服務規律違反
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2009年6月12日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ワ)12413
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例991号64頁
労働経済判例速報2046号3頁
判例時報2066号135頁
判例タイムズ1319号94頁
審級関係 :
評釈論文 : 棗一郎・季刊労働者の権利280号76~80頁2009年7月
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用-懲戒権の濫用〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-服務規律違反〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
(1) 本件懲戒事由(1)について、まず検討する。
 ア 本件甲野報告書は、被告の常務理事であり、かつ、事務局長という枢要な地位を占めるHの独善的な言動により、事務局職員の過半数を占める契約職員の意欲低下が広がっており、特に、パワハラ、セクハラとも言える言動によって、事務局運営に多大な障害を起こすおそれがあるので改善措置を講ずることを求めるというものであり、パワハラ、セクハラと思われる事項について、比較的詳細に記載している。
 そして、仮に、H常務理事に、真実、かかるパワハラ、セクハラとも解される問題行動があるのであれば、これを被告の理事長に伝え、是正を図ること自体は、総務部長の職責ともいうべきもので、勿論、懲戒事由となるものではない。かえって、総務部長である原告が、H常務理事のかかる問題行動を認識しながら、これを放置し、理事長への報告を怠って、被告が組織として、適切な措置をとることを阻害した場合には、逆に、そのことが総務部長の任務懈怠として、問責されることもあり得るというべきである。
 ところで、原告は、本件甲野報告書による理事長への報告を「内部告発」ととらえて、〈1〉告発内容の真実性、〈2〉目的の正当性、〈3〉手段・方法の相当性を総合判断して、適法である旨を主張するところ、原告が、本件甲野報告書を理事長に提出した行為は、内部告発的色彩を有するものとは言い得るが、セクハラ・パワハラ窓口も設置されていない被告において、総務部長である原告が、事務局長の職務遂行に際しての事務局職員に対する不適切行為を是正、指導するように組織のトップである理事長に求めることは、その職責に属するものと評価でき、これをいわゆる「内部告発」そのものと見るのは、正鵠を得ていない面があると解される。
 しかしながら、原告が、総務部長の職責としての報告をした場合でも、それが、事実でない事柄を、不当な目的で、不相当な方法で行うものであれば、違法なものとなり、懲戒事由ともなりうるものであるから、本件においても、前記観点からの検討をするのが相当である。〔中略〕
 すなわち、本件甲野報告書は、理事長に対して、H常務理事の問題行動を指摘して、その是正を求めることを主眼するものであり、この本件甲野報告書の性質上、これが理事長に提出されたことで、直ちに、問題行動を指摘されたH常務理事について、指導や不利益な処分がされるものではなく、被告が、H常務理事について、何らかの指導ないし処分を行うとしても、当然のことながら、改めて、事実関係を調査し、H常務理事の弁明を聴くと言った一連の手続を経てから行われるものであり、いわば、本件甲野報告書は、被告が、H常務理事に対して何らかの是正手段を講じるに当たっての端緒となるものにすぎない。
 したがって、本件甲野報告書のような文書を提出する場合には、慎重な配慮は必要ではあるものの、本件甲野報告書の内容中に、客観的事実と一致していない部分があるとしても、それ故に、本件甲野報告書を提出することが、直ちに違法不当であって、懲戒事由に該当するということはできない〔中略〕
 以上のとおり、本件甲野報告書は、基本的に真実性のある文書と評価するのが相当である。〔中略〕
 オ 以上のことからすれば、常務理事兼事務局長いう被告の枢要な地位にあるHの不適切な行動について記載された本件甲野報告書が基本的には、真実性のある文書と評価すべき以上、これを総務部長である原告が作成して、被告のトップである理事長に提出すること自体は、その職責を果たすもので、何ら問題のある行為ではなく、懲戒事由に該当するということはできないことは明らかである。
(2) 本件懲戒事由(2)について
 ア 本件甲野報告書に記載された内容(情報)は、パワハラやセクハラに関するものであり、とりわけセクハラに関する情報は、プライバシーに深く係わる情報であって、細心の注意を払う必要のあるものであるから、これらの情報管理には慎重を期すべきことは、多言を要しない。なお、本件甲野報告書においては、パワハラやセクハラの被害者とされる人物について実名を用いておらず、これが外部に漏出しても、実名が記載されている場合に比すれば、被害者とされる者の受けるプライバシー等の侵害の程度は、低いとはいいうるが、職名や年齢が記載されている者もおり、被告の関係者であれば、その特定は可能であって、慎重に取り扱うべき情報であることに変わりはない。
 原告は、かかる情報を収集し管理する総務部長として、当該情報が外部へ漏出することがないようにすることは勿論、被告内部においても、必要な範囲に当該情報が保持されるように努める義務(情報管理義務)を負っていたというべきである。〔中略〕
 以上の事実に照らすと、原告は、前記情報管理義務に反して、本来、前記情報を保持すべきでない多数の者に、本件甲野報告書に記載された情報を伝達していたと言わざるを得ない。
 エ そして、平成17年10月14日及び17日の本件各報道(毎日新聞記事)に至ったのは、毎日新聞記者のボランティア団体幹部への取材の結果によるものであることは、前記認定のとおりであり、本件甲野報告書に記載された情報についても、この取材の過程で、新聞記者に伝わり、報道されるに至ったものと解するのが相当である。
 そして、ボランティア団体幹部らに対しては、本件甲野報告書に記載された情報は、原告において伝えていたと推認されることは、前判示のとおりであるから、結局、本件各報道における前記情報の発信源は、元をたどれば原告であるということになり、少なくとも、原告の情報管理の不十分さによって、本件各報道に至ったものといわざるを得ない〔中略〕
 以上の次第で、本件懲戒事由(2)に該当する事実を認めることができるというべきである。
 オ しかしながら、本件においては、原告が、前記情報管理義務に違反したことに関して、次の点を指摘することができる。
 すなわち、前記認定事実や弁論の全趣旨に照らして考察すると、被告は、基本的に真実性のある本件甲野報告書を無視し、的確な調査も行わないまま、原告に対する本件降格人事を行おうとしたものであるところ、これを報復人事であると考えた原告は、このままでは、H常務理事のパワハラやセクハラとも解される種々の問題行動について、調査もされないまま幕引きがされてしまうとの危惧感を持ち、また、本件降格人事に対する反発もあり、さらには、組織である被告からのかかる降格人事に対する切羽詰まった思いも有し、これらに基づいて、原告は、被告への対抗措置として、本件甲野報告書も用いて、外部への働きかけを強め、結局、本件各報道に至ったものということができる。
 逆に言えば、本件各報道に至ったのも、被告が、基本的には真実性のある本件甲野報告書の提出を受けて、的確な調査をした上で、これに基づいて是正すべきは是正するという当然の事柄を怠り、原告に対しては、本件降格人事をもって臨むという不適切な対応をしたことによるとも言い得るものである。
 よって、原告が前記情報管理義務に違反して、被告が主張する事態に至ったことについては、被告にもその責任の一端はあるというべきである。〔中略〕
 カ 以上のことを総合考慮すれば、結局、本件懲戒事由(2)に該当する事実はあるが、これを理由とする本件解雇(懲戒処分としての諭旨解雇)は、重きに失し、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないというべきである。
(3) 本件懲戒事由(3)〈1〉について
 原告が、本件降格人事の内示を受けてから、多方面へこれを凍結するように働きかけたことは、前記認定事実記載のとおりである。
 そして、被告の職員の人事権は、理事長にあるものであって、原告がした、いわば外圧をかけて横車を押すような形で、職員人事を凍結しようとする行為は、相当でなく、懲戒事由にも該当するといわざるを得ない。
 しかしながら、原告が、かかる行動をとったのは、本件懲戒事由(2)についての判断で述べたとおりの事情があり、社会的相当性があるとまではいえないまでも、不当な本件降格人事に対する対抗措置として行われた面があり、少なくとも、被告において、かかる原告の行為を招来したといえる部分があるのであって、そのような事情の下で、本件懲戒事由(3)〈1〉を理由とする本件解雇(懲戒処分としての諭旨解雇)をするのは、客観的に合理性な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないというべきである。
(4) 本件懲戒事由(3)〈2〉について〔中略〕
 しかしながら、J社との契約更新手続を懈怠したことによって、被告に現実的な損害が発生した事実を認めるに足りる証拠はないし、かかる懈怠によって、労働者の生活の糧を奪うことになる本件解雇(懲戒としての諭旨解雇)を認めるのは、いずれにせよ重きに失するものというべきである。
(5) 本件懲戒事由(3)〈3〉について〔中略〕
 以上の事実を総合すると、本件懲戒事由(3)〈3〉に該当する事実は、認めることができるものの、本来、かかる事実のみで、懲戒としての解雇とするのは、重きに失する上に、さらに、本件においては、U部長から求められた資料作成については、さほど迅速性を要するものではなく、この懈怠によって実害も発生していないこと、連絡会での原告の発言も穏当を欠く部分があったことは否定できないが、本件降格処分以来の感情的対立が背景にあったものと推察されるし、上長からの注意をするまでもない行為として扱われていたと解する余地もあることなどの事情も指摘できるものである。
 したがって、本件懲戒事由(3)〈3〉の事実は、存在するも、それを理由とする本件解雇は、重きに失し、著しく相当性を欠くものといわざるを得ない。
(6) 本件解雇の有効性についてのまとめ
 ア 本件懲戒事由(1)について〔中略〕
 オ 以上を総合すると、本件解雇は、懲戒事由に該当する事由がないか、これがある場合でも、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められず、権利の濫用として無効であるといわざるを得ない。
(7) 不法行為についての判断
 本件甲野報告書は、原告の総務部長としての職責に基づいて、作成、提出されたものであり、これに指摘されたパワハラ、セクハラと思われる事項についての記載は、基本的には事実であるところ、被告は、H常務理事のパワハラ・セクハラ問題は、事実無根であるかのような対応をし、原告に対して、不当な本件降格人事をもって臨んだものである。本来、被告としては、事務局トップであるH常務理事の不適切な行動について指摘する本件甲野報告書を真摯に取り上げて、内部調査等を実施した上で、H常務理事に対する適切な指導や処分を講ずるべきであったが、これをせず、本件降格人事を行い、そして、無効な本件解雇をするに至ったもので、このような一連の経緯からすると、かかる対応には、少なくとも過失があったと言わざるを得ず、被告は、原告に対する不法行為責任を負い、被告の前記一連の措置によって原告が蒙った精神的苦痛に対する賠償をすべきである。
 しかるところ、本件解雇の無効を認めて、原告が労働契約上の権利を有する地位にあることを確認し、未就労の期間の賃金・賞与の支払いを命ずることで、原告の精神的苦痛が慰謝される面があること、原告が、情報管理義務に違反した結果、セクハラ被害等の情報も含まれる本件甲野報告書の内容が流出して、本件各報道に至り、被告の社会的信用も毀損される事態も生じたこと、原告は、職員人事に関して、いわば外圧による解決を図ろうと行動した面もあること、その他の本件諸般の事情を総合すれば、本件の慰謝料額としては、50万円をもって相当とする。