全 情 報

ID番号 : 08789
事件名 : 建物明渡請求控訴事件
いわゆる事件名 :
争点 : 旅行代理会社が、雇用関係終了合意後発覚した事由で解雇した元社員に不当利得の返還を求めた事案(会社勝訴)
事案概要 :  外資系旅行代理会社から解雇されたファイナンシャル・コントローラーが、労働契約終了合意後発覚した事由による解雇の無効等を求め、一方、会社は雇用関係を前提とした建物賃料相当損害金等を求めた事案の控訴審である。  第一審東京地裁は、社員が役員を装って自己の利益のために活動していたと認定し、会社の不当利得返還請求に基づいて賃料相当損害金を認め、これに対し社員が控訴。  第二審東京高裁は、第一審同様、社員がディレクターとして会社の事業を装って勤務中に経済活動をしていたことを認定し、就業規則が定める懲戒事由の「業務上の地位を利用して私利を図った時」及び「業務上不正な行為があった時」に該当し、懲戒解雇事由である「職務上の地位を利用し」「自己の利益を図ったとき」に該当するとし、その行為は重大で情状も極めて悪質と評価した上で、雇用契約終了合意後の解雇は無効である旨の社員からの主張には、一連の行為が判明したのは合意後のことであり、これを調査することで就業規則に定める懲戒事由、さらには懲戒解雇事由が分かって解雇を行ったことは相当であるとして社員の主張を斥け、控訴を棄却した。
参照法条 : 労働基準法18条の2
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /職務上の不正行為
懲戒・懲戒解雇 /労働契約が終了した後の懲戒解雇の効力 /労働契約が終了した後の懲戒解雇の効力
裁判年月日 : 2010年1月20日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ネ)2799
裁判結果 : 控訴棄却
出典 : 判例時報2078号158頁
審級関係 : 一審/東京地平成21.4.10/平成19年(ワ)第20603号
評釈論文 : 長谷川俊明・国際商事法務38巻9号1240頁2010年9月
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐職務上の不正行為〕
〔懲戒・懲戒解雇‐労働契約が終了した後の懲戒解雇の効力‐労働契約が終了した後の懲戒解雇の効力〕
 二 争点に対する判断
 (1) 上記認定の事実関係によれば、控訴人が、その私的な取引に係るEメールや手紙において、被控訴人のディレクターの肩書を使用していたことが認められる。しかし、控訴人は、被控訴人から、対外的にディレクターの肩書を使用することを許されておらず、控訴人自身もそのことを承知していたものである。
 ところで、「ディレクター」という表示が、本件に関係する業界において、「取締役」を指すのか、必ずしも一義的にそれを指さないのかは置くとしても、被控訴人は「ディレクター」の肩書が「取締役」と受け取られると考えて、控訴人にその使用を許さなかったことは明らかであり、控訴人も、そのことを承知していたはずである。しかるに、控訴人は、このような被控訴人の指示の趣旨に反し、あえて私的な取引に係るEメールや手紙に被控訴人のディレクターの肩書を使用したものといわなくてはならない。
 また、控訴人は、上記各手紙における「我々(=We)」の表示は、控訴人とその妻とを指すもので、被控訴人会社を指すものではない旨主張する。しかし、上記一の(3)の(ウ)の文章において「我々(=We)」が「全世界中に販売網を持っている」に対する主語となっていること等、全体の文脈に照らせば、控訴人は、読み手に対して、「我々(=We)」を「被控訴人とそのディレクターである控訴人」という意味に受け取らせようとして、使用していたものというべきである。
 そして、控訴人は、被控訴人に勤務していた間、頻繁に私的な取引に係る文書の作成やEメールの送受信を行っており、そのうち、相当数のものは就業時間中に行われていたものと推認され、そのこと自体、通常許されるべき会社の情報機器の私的利用の範囲を超えているというべきである。
 (2) さらに、控訴人の行為で最も問題とされるべきは、上記一の(3)、(4)及び(5)に認定したように、控訴人が自身の事業として関心を持った案件について、情報収集したり、案件への参画を打診するに際して、被控訴人のレターヘッドを使用して手紙を作成し、控訴人を被控訴人のディレクターと表示し、控訴人が連絡窓口となると述べたうえで、被控訴人は全世界中に販売網を持ち、当該案件における営業や宣伝広告を援助するであろう旨述べると共に、被控訴人は旅行業界において世界的に有数の商品及び業務の卸売業者であるなどと被控訴人の業務の紹介をしており、全体としてみれば、あたかも被控訴人が当該案件に関心を持っているかのように受け取られる手紙を作成・送付することによって、被控訴人の実績・信用を利用して情報提供を求め、案件への参画を実現しようとしている点である。
 ことに、上記一の(5)のニューヨーク市のニューハーレム開発計画の件においては、控訴人は、そのような会社は実在しないにもかかわらず、被控訴人と何らかの関係を有すると推測させる「クラウン/甲野」という名称の会社を事業主体として設定して、上記のように、全体としてみれば、被控訴人がこの開発案件に関心を持っており、開発計画への参画を希望しているかのように受け取られる手紙を送付したものであり、これを受けた相手方会社は、同社作成の開発計画の提案書において、「ホテル・ディベロッパー/運営者」は被控訴人であると記載するなどしており、控訴人の上記手紙等から、被控訴人がこの開発案件に関心を持っており、開発計画への参画を希望していると信用し、被控訴人が計画に参画することが期待できると考えたものと思われる。
 以上のように、実際には被控訴人は何らの関与もしていない案件について、あたかも被控訴人が関与しているかのようにみえる手紙等を送付するといった控訴人の行為は、本件就業規則における懲戒事由である「業務上の地位を利用して私利を図った時」及び「業務上不正な行為があった時」に該当するとともに、懲戒解雇事由である「職務上の地位を利用し、(中略)自己の利益を図ったとき」に該当するというべきである。そして、その数が少なくないこと、実際に、これを信用した相手方も存在すること等に照らしても、その行為は重大であり、情状は極めて悪質と評価すべきである。
 以上のとおりであり、これと上記(1)で述べたところと併せ考えれば、控訴人の行為は、本件解雇を十分に正当化できるほどに重大かつ悪質といわなければならない。この点についての控訴人の主張は採用できない。
 (3) 上記認定のとおり、上記各手紙の送付等の控訴人の行為が判明したのは、被控訴人が、本件契約終了条項に基づき、控訴人との雇用関係を三か月後に終了させる旨通知し、控訴人がこれに応じた後の休暇中に、控訴人宛の不審なEメールが見つかったことから、社内調査を行った結果によるものであった。すなわち、被控訴人は、本件契約終了条項に基づく雇用契約を終了させる通知を行う際には、これら控訴人の行為を全く覚知していなかったのであり、その後に、これら本件就業規則における懲戒事由に該当し、懲戒解雇事由に該当する控訴人の行為が分かって、本件解雇を行ったものであるから、上記のような行為の重大性・悪質性に照らしても、これらを知った段階で本件解雇を行うことは相当というべきである。控訴人のこの点の主張は採用できない。
 なお、本件労働契約には、同契約の内容は本件就業規則に優先する旨の規定があるが、この規定は、本件労働契約と本件就業規則との間に矛盾・抵触がある場合には本件労働契約の規定が優先する趣旨と解するのが相当であり、本件労働契約に規定がない懲戒に関する事項については本件就業規則が適用されるものというべきである。
 また、控訴人は告知聴聞の機会が与えられなかった旨の主張もするが、控訴人は「B(アジア太平洋地域財務担当副社長)から、電話において、前に渡した解雇の文書はキャンセルで解雇すると言われ、解雇通知書を手渡された。控訴人は、同書面に記載されているもの(雇用契約違反の内容となる事実)についてひとつひとつ反論したが、聞いてくれなかった。」旨陳述していることに照らし、控訴人に告知聴聞の機会が与えられなかったと認めることもできない。
 さらに、控訴人の行為の重大性・悪質性に照らせば、被控訴人が控訴人の勤務期間中にその行為に気づかなかったことをもって、被控訴人に落ち度があるとして、被控訴人による本件解雇を許さないということはできない。控訴人のこの点の主張も採用できない。
 以上のとおりであるから、本件解雇は有効ということができる。
 三 結論
 以上によれば、被控訴人が、不当利得返還請求権に基づき、本件建物の賃料相当損害金二六四万七七四一円及びこれに対する控訴人の利得の日の後で訴状により控訴人が不当利得たることを知った日の後である平成一九年一〇月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることには理由があるからこれを認容すべきであって、これと同旨の原判決は相当である。