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ID番号 : 08793
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : 康正産業事件
争点 : 飲食店従業員の低酸素脳症発症は安全配慮義務違反によるものとして損害賠償等を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 :  飲食店経営会社Yの元従業員Xが、就寝中に心室細動を発症し低酸素脳症による完全麻痺となったのはYが安全配慮義務に違反して長時間労働を強いたためであるとして、Xと両親が不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償を求めるとともに、Xが労働契約に基づく未払の時間外割増賃金と付加金の支払を求めた事案である。  鹿児島地裁は、まず本件発症の原因について、月100時間を優に超える長時間労働に従事していたこと、精神的にも過重な負荷がかかっていたこと、Xには他に本件発症の原因となり得る基礎疾患等も認められないことなどを総合考慮すると、本件発症は過重な業務に内在する危険が現実化したものと推認するのが相当であり、業務と本件発症との間には相当因果関係が認められるとした。 次に会社の安全配慮義務違反について、過酷な労働環境を知りながら漫然と放置したことは債務不履行のみならず不法行為にも該当するものであって、遅くともXらから人員の補充要請があった時点でYがこれに応えていれば、Xの負担は相当程度軽減されたはずであり、本件発症を回避し得る蓋然性が高かったといえるからYには安全配慮義務違反があり、本件発症との間に因果関係があるとして、損害賠償を命じ(本人の健康管理不備により2割の過失相殺)、また未払賃金の支払を命じた(付加金は否認)。
参照法条 : 民法415条
民法709条
民法715条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /安全配慮(保護)義務・使用者の責任
雑則(民事)/付加金 /付加金
裁判年月日 : 2010年2月16日
裁判所名 : 鹿児島地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ワ)335
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1004号77頁/労働経済判例速報2066号3頁/判例時報2078号89頁/判例タイムズ1322号95頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
 第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(本件発症の原因)について〔中略〕
 (イ) 因果関係の結論
 本件発症直前の原告太郎は時間外労働が月100時間を優に超える長時間労働に従事していたこと、この長時間労働によって相当程度の疲労の蓄積があったと認められること、人手不足とノルマ等の制約の中で、原告太郎には精神的にも過重な負荷がかかっていたと考えられること、業務による過重な負荷、特に長時間労働については、疲労の蓄積による心臓疾患発症への影響が指摘されていること、仕事のストレス要因は循環器疾患の発生に密接に関与するとされていること、原告太郎には他に本件発症の原因となり得る基礎疾患等も認められないことなどを総合考慮すると、本件発症は原告太郎の従事していた過重な業務に内在する危険が現実化したものと推認するのが相当であり、原告太郎の業務と本件発症との間には相当因果関係が認められるというべきである。
 2 争点(2)(被告の安全配慮義務違反)について〔中略〕
 被告は、上記のとおり、その所定労働時間は1日8時間、週40時間であったとしながら、実際には、変形労働時間制やフレックスタイム制等の導入はおろか、そもそも36協定の締結もしないまま、就業時間を午前10時から午後11時までとした上で、従業員には、労働時間を8時間までに抑えたり休憩を長く取ったりするよう指導していたにすぎないのであって、被告においては、所定労働時間ないし法定労働時間という概念が極めて形骸化し、労働時間を管理する機能を有しない状態であったといわざるを得ない。
 イ さらに、(このように所定労働時間ないし法定労働時間という概念が形骸化していた以上、当然の帰結ともいえるが)後述するとおり被告は正社員に対しては時間外労働に対する賃金も一切支払っていなかった。〔中略〕
 (3) 原告太郎の勤務態様についての被告の認識
 ア 原告太郎の労働時間の認識〔中略〕
 (ウ) このように、原告太郎の具体的な勤務状況について、少なくともC次長及びDは十分な認識を有していたのであるから、そうだとすれば、被告としては、勤怠記録は原告太郎の実際の労働時間を反映しておらず、勤怠記録に現れている以上の長時間労働が存在しているということも、当然に認識し、又は容易に認識し得たというべきである。 イ 札元店の状況の認識〔中略〕
 札元店が慢性的な人手不足にあること及び原告太郎が最もそのしわ寄せを受けていることの認識もあったというべきである。
 (4) しかしながら、被告は、原告太郎の勤怠記録が実際の労働時間を反映しておらず、勤怠記録に現れている以上の長時間労働が存在していることを認識し又は容易に認識し得たにもかかわらず、長時間労働の実態を正確に把握しようともせず、勤怠記録による労務管理を継続していた。また、札元店が人手不足であること及び原告太郎の労働が過重なものとなっていることを知りながら、人員補充要請に至ってもなお、札元店に十分な数の正社員を配置することなく人手不足の状態で店舗を運営させた。
 これら事実は、原告太郎の時間外労働に対して何らのコスト負担も感じない被告が、原告太郎の過酷な労働環境に対して、見て見ぬふりをし、これを漫然と放置したということを意味するものであって、被告に安全配慮義務違反があったことは明らかであり、同義務違反は原告太郎に対する債務不履行のみならず不法行為にも該当するというべきである。
 (5) そして、遅くとも原告太郎らから人員の補充要請があった時点で、被告がこれに応えていれば、原告太郎の負担は相当程度軽減されたはずであり、本件発症を回避し得る蓋然性が高かったといえるから、被告の上記安全配慮義務違反と本件発症との間には因果関係がある。
 3 争点(3)(過失相殺)について〔中略〕
 原告太郎の健康管理の不備が本件発症に寄与している可能性もあったという点を考慮し、民法418条ないし同法722条2項を適用して、その損害額から2割を控除するのが相当である。
 4 争点(4)(損害)について〔中略〕
 (ウ) 上記の損益相殺の結果、原告太郎が賠償を受けるべき損害額は、次のとおりとなる。
 (計算式)1億8586万1414円-(515万7522円+1421万7749円+119万0910円)=1億6529万5233円
 オ 弁護士費用
 本件事案の内容、審理経過及び認容額等に照らすと、弁護士費用の額は、1600万円とするのが相当である。
 カ 合計
 以上によれば、原告太郎の損害額は、1億8129万5233円となる。
 (3) 原告一郎及び原告花子の損害
 ア 慰謝料
 本件発症の経緯、原告太郎との親族関係、原告太郎の後遺障害の程度・内容、原告一郎及び原告花子による現在ないし将来の介護の状況等諸般の事情を考慮すると、原告一郎及び原告花子につき、慰謝料としてそれぞれ300万円を認めるのが相当である。
 イ 弁護士費用
 本件事案の内容、審理経過及び認容額等に照らすと、弁護士費用の額は、原告一郎及び原告花子分として合計30万円(各自15万円)とするのが相当である。
 ウ 合計 そうすると、原告一郎及び原告花子の損害額は、それぞれ315万円となる。
 5 争点(5)(未払賃金請求権)について〔中略〕
 原告太郎が、経営者との一体的な立場において、労働時間等の規制の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないといえるような重要な職務と権限を付与されていたと認めることはできない。〔中略〕
 6 結論
 以上によれば、原告らの被告に対する各請求は、不法行為に基づく損害賠償として、原告太郎については1億8129万5233円、原告一郎については315万円、原告花子については315万円及びこれらに対する本件発症の日である平成16年11月10日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、また、労働契約に基づく未払賃金として、原告太郎につき732万4172円並びにこれに対する各支払日の後の日である平成16年12月11日から平成17年1月31日まで年6%の割合による金員及び平成17年2月1日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条所定の14.6%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。