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ID番号 : 08811
事件名 : 賃金請求控訴事件(159号)、同附帯控訴事件(172号)
いわゆる事件名 : 東京都多摩教育事務所(超過勤務手当)事件
争点 : 都の教育事務所職員が、超過勤務手当が一部しか支払われなかったとして支払を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 :  都の教育事務所職員が、超過勤務を行ったにもかかわらず超過勤務手当が一部しか支払われなかったとして、支払を求めた事案の控訴審である。  第一審東京地裁は、労働基準法37条に基づいて時間外手当請求権の発生を認めつつ、消滅時効が完成している期間があったとして時効の及ばない期間につき手当支給を認めた。これに対して職員が控訴、都も附帯控訴。  第二審東京高裁は、概ね原審の判断を踏襲し、職員は、現に正規の勤務時間内に完了できない業務を与えられ、そのために時間外や休日に業務を行っていたこと、時間外の勤務は公務の円滑な遂行に必要な行為であり、かつ、行わなければ繁忙時の公務が渋滞するなどの支障が生じていたこと、管理課長は超過勤務の事実を常日頃から現認し、不定期ではあるけれども業務の報告を受け、超過勤務の実績を知悉した上で職員の超過勤務を容認していたことなどを認定した。その上で、正規の勤務時間を超えてした勤務は、当該勤務を行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたものであって、使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができ、かつ、当該勤務に要した時間は社会通念上必要と認められるものであったということができるとして原審判断を支持し、都側の控訴及び職員の附帯控訴ともに棄却した。
参照法条 : 地方公務員法46条
労働基準法37条
労働基準法115条
民法149条
体系項目 : 労働時間(民事) /時間外・休日労働 /時間外・休日労働の要件
裁判年月日 : 2010年7月28日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(行コ)159/平成22(行コ)172
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働判例1009号14頁
審級関係 : 一審/東京地平成22.3.25/平成20年(行ウ)第305号
評釈論文 : 笹山尚人・季刊労働者の権利287号44~49頁2010年10月
判決理由 : 〔労働時間(民事)‐時間外・休日労働‐時間外・休日労働の要件〕
 1 当裁判所も、被控訴人の請求は、労基法37条に基づき、平成17年12月15日給与支給日支払分以降の時間外手当として、13万7910円の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないものと判断する。その理由は、後記2以下のとおりである。
 2 事実関係は、原判決の「事実及び理由」中「第3当裁判所の判断」の1に記載のとおりであるから、これを引用する。
 3 労基法37条に基づく割増賃金請求権について
 (1) 地公法58条3項によれば、被控訴人を含む一般職の地方公務員に関して適用除外をしている規定を除いては労基法が原則として適用されるから、時間外、休日及び深夜の割増賃金について定める労基法37条も、被控訴人に関して適用されるべきところ、同条1項は、使用者が時間外・休日労働の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働について、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内で政令(割増賃金令)で定める率(時間外労働の場合は2割5分、休日労働の場合は3割5分)で計算した割増賃金を支払わなければならない旨を、また、同条4項は、使用者が午後10時から午前5時までの間に労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない旨を、それぞれ定めている。
 そして、本件において、被控訴人は、平成14年度ないし平成17年度において、原判決別表〈30頁〉の「原告主張の時間数D」のとおり、正規の勤務時間を超えて、管理課教職員係として、担当分掌上の業務を遂行したことは、前記引用に係る原判決の「第3当裁判所の判断」の1(2)に認定のとおりであるところ、被控訴人における正規の勤務時間は、1日8時間、週40時間であるから、被控訴人の正規の勤務時間を超えた勤務は、労基法32条所定の法定労働時間を超える勤務であるということができる。
 (2) 前記のとおり、被控訴人を含む一般職の地方公務員に対しても労基法37条が適用されるから、被控訴人が労基法32条所定の法定労働時間を超えて勤務した時間が同条にいう労働時間(以下「労基法上の労働時間」という。)に該当する場合には、控訴人は、労基法37条に基づき、被控訴人に対し、労基法上の割増賃金(超過勤務手当と同額である。以下、労基法32条に従い「割増賃金」と記す。)を支払わなければならない。
 そして、労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるかどうかにより客観的に定められ、当該労働を行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときには、当該行為は特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められる限り、労基法上の労働時間に該当するものいうべきである(最高裁平成7年(オ)第2029号平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。
 これを本件についてみると、前記認定事実によれば、被控訴人は、現に正規の勤務時間内に完了できない業務を与えられ、そのために正規の勤務時間以外の時間や休日に担当分掌上の業務を行っていたこと、被控訴人の時間外の勤務は、公務の円滑な遂行に必要な行為であり、被控訴人が時間外の勤務を行わなければ、多摩教育事務所における繁忙時の公務が渋滞するなどの支障が生じていたこと、被控訴人に対する超過勤務命令者である多摩教育事務所管理課長は、被控訴人の超過勤務の事実を常日頃から現認し、被控訴人から補助簿の提出を受けるなどして、不定期ではあるけれども業務の報告を受け、超過勤務の実績を知悉した上で、被控訴人の超過勤務を容認していたこと、管理課長及び庶務係給与担当者は、超過勤務の実績に見合うだけの予算措置が講じられていなかったため、超過勤務手当を抑制するため、補助簿記載の各超過勤務について、補助簿記載の超過勤務時間数の一定割合のみを命令簿に転記させ、個別に、被控訴人の超過勤務の緊急性及び必要性を判断していなかったことなどが明らかであり、これらの諸点に照らせば、被控訴人が正規の勤務時間を超えてした勤務は、当該勤務を行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたものであって、使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができ、かつ、当該勤務に要した時間は社会通念上必要と認められるものであったということができるから、当該勤務に要した時間は、労基法上の労働時間に該当するものというべきである。
 (3)ア これに対し、控訴人は、勤務時間条例規則7条1項は、事前の指揮命令(超過勤務命令)が存在し、労基法上の労働時間に該当する勤務についての規定であるのに対し、同条2項は、事前の指揮命令がなく、労基法上の労働時間に該当しない勤務について、緊急やむを得ない公務の必要があり、任命権者があらかじめ職員に勤務を命じることができない場合にも、超過勤務として扱う旨の規定であると主張する。
 イ しかしながら、上記のとおり、労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるかどうかにより客観的に定められるものであり、当該勤務を行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときには、当該行為は特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価されるのであるから、労基法上の労働時間の該当性を肯定するために、明示の超過勤務命令の存在が必ずその前提要件となるものではないというべきである。そして、労基法37条が、被控訴人を含む一般職の地方公務員に適用され、勤務時間条例規則7条も、労基法37条を受けて定められたものであることからすれば、勤務時間条例規則7条1項が、任命権者に対して超過勤務命令簿によりあらかじめ勤務することを命じるべきであるとしているのも、当該命令の有無及びこれに基づいてされた時間外勤務の内容を明確にしておくための措置にすぎず、同項は、労基法37条に基づく時間外手当請求権の発生を否定する根拠とはなり得ないものというべきである。
 ウ したがって、控訴人の前記主張は、採用することはできない。
 (4) そうすると、被控訴人は、超過勤務命令者である多摩教育事務所管理課長の指揮命令下において、原判決別表の「原告主張の時間数D」のとおりの労基法32条所定の法定労働時間外の勤務をしているので、控訴人に対し、労基法37条に基づく割増賃金として、同別表中の「原告主張の時間数に対する金額E=A×D」から既払の同別表中の「支払実績金額C=A×B」を控除した残額である同別表中の「未払い金額(差額)F=E-C」の支払を求めることができる。
 4 超過勤務手当請求権の消滅時効について
 (1) 当裁判所も、被控訴人は、控訴人に対し、平成19年12月14日到達の書面で、平成14年4月1日から平成18年3月31日までの未払の割増賃金の支払催告を行い、その後6箇月以内に本訴を提起しているので、平成17年12月15日給与支給日支払分以降の割増賃金については時効が中断しているものの、同年11月15日給与支給日支払分以前の割増賃金については、労基法115条に定める2年間の消滅時効期間の経過により消滅しているものと判断する。
 その理由は、原判決の「事実及び理由」中「第3当裁判所の判断」の3に記載のとおりであるから(原判決25頁10行目冒頭から13行目(労判本号29頁右段12行目~同17行目)末尾までの遅延損害金に関する判断部分を除く。)、これを引用する。
 (2) そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、労基法37条に基づき、平成17年12月15日給与支給日支払分以降の割増賃金として、原判決別表の平成17年12月以降の「未払い金額(差額)F=E-C」の合計額である13万7910円の支払請求権を有する。
 5 以上によれば、被控訴人の請求について、13万7910円及びこれに対する最終の給与支給日の翌日である平成18年4月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求を棄却した原判決は相当である。
 よって、本件控訴及び本件附帯控訴は、理由がないからいずれもこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。