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ID番号 : 08816
事件名 : 残業代金等請求事件(14042号)、残業代等請求事件(26963号)
いわゆる事件名 : 阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第3)事件
争点 : 旅行添乗員派遣社員が、派遣会社に対しツアー中の時間外・休日割増賃金と付加金を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 :  旅行添乗員の派遣を業とするY社に登録しているX1ら6名が、ツアー業務に伴い時間外労働、休日労働があったとして、時間外・休日割増賃金、遅延損害金及び付加金等の支払を請求した事案である。  東京地裁は、添乗業務について、社会通念上「労働時間を算定し難いとき」に該当し、「みなし労働時間制度」が適用されるというべきとした。また、みなし制度の適用があるとした場合における「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」については、諸事情を勘案すると、添乗日報は現実の労働時間を把握することは困難であるものの、具体的な旅程の消化状況を概ね反映しているものと認められるとした。その上で、原則として、添乗日報の記載を基準として始業時刻と終業時刻を判定し、適宜休憩時間を控除することとし、添乗日報がない場合においては行程表や最終日程表を補助的に用いるという方法により「みなし労働時間」を算定し、割増賃金額を算出する際の基礎額は日当額を所定労働時間(8時間)で除したものが相当として、時間外・休日割増賃金等の支払を認めた(付加金も認容)。
参照法条 : 労働基準法35条1項
労働基準法38条3項
労働基準法38条の2第1項ただし書
労働基準法38条の2第2項
労基法施行規則24条の2第3項
体系項目 : 労働時間(民事) /事業場外労働 /事業場外労働
雑則(民事) /付加金 /付加金
裁判年月日 : 2010年9月29日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(ワ)14042/平成20(ワ)26963
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1015号5頁/労働経済判例速報2089号3頁
審級関係 :
評釈論文 : 三上安雄・労働経済判例速報2089号2頁2010年12月20日
判決理由 : 〔労働時間(民事)‐事業場外労働‐事業場外労働〕
 〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
 添乗員は、ツアー参加者に帯同し、その相談・要望等に対応することが求められているとはいえ、ツアー参加者に帯同している全ての時間を労働時間として取り扱うのは相当ではなく、労働義務から解放されていると評価すべき時間も相当程度含まれているものと認められる。しかしながら、このような時間(非労働時間)を逐一把握することは煩瑣であるし、添乗員は、その知識・経験を用いて、具体的な状況(天候、交通機関の遅滞等)に臨機応変に対応し、その裁量において、適宜、休憩の取得、解散・最集合の実施等を行うことが予定されているものと認められるところ(派遣条件明示書の「就業時間 休憩時間」の欄に、「具体的には添乗業務の円滑な遂行に資するように派遣添乗員が自己責任に於いて管理することが出来るものとする」と記載されているのもその趣旨であると解される。)、非労働時間を逐一把握することは、添乗業務の内容・性質にそぐわない面も大きいものと考えられる。
 以上によれば、原告らによる添乗業務については、社会通念上「労働時間を算定し難いとき」に該当し、本件みなし制度が適用されるというべきである。
 ウ(ア) 原告らは、使用者が労働時間を客観的に把握できるか否かによって、本件みなし制度の適用の有無を判断すべきであるとし、本件派遣先が添乗員に対して携帯電話を貸与(海外ツアーの場合)していること等の事情を指摘する。しかしながら、(使用者が労働時間を把握することの難易は、重要な考慮要素になるとはいえ、)、「労働時間を算定し難いとき」という文言からしても、労働時間を把握することの可否(客観的可能性)自体によって本件みなし制度の適用の有無を判断することは相当ではない。そして、通信機器を利用するなどして、添乗員の動静を24時間把握することは客観的には可能であるとはいえ、前述したような添乗業務の内容・性質にかんがみると、このような労働時間管理は煩瑣であり、現実的ではない方法であるといわざるを得ない。
 なお、本件派遣先は、緊急時の対応等に備えて、携帯電話の所持を指示しているのであり、添乗員の業務内容を逐一指示し、具体的な業務内容を指揮監督するために所持させているものとは認められず、本件通達除外事例②に該当しないことは明らかである。〔中略〕
 なお、労働時間の自己申告が可能であること自体から直ちに「労働時間を算定し難いとき」に該当しないということはできないことは明らかである(このように解さなければ、本件みなし制度を適用する余地はないこととなってしまう。)。他方において、使用者は、「労働時間を算定し難いとき」であっても、自己申告による勤怠管理を導入することは可能であるし(実際、被告会社は国内日帰りツアーにおいて自己申告制度を導入したことが認められる。)、また、使用者が労働時間に関する資料を提出させるなどしている場合において、同事情をも勘案して、「労働時間を算定し難いとき」には該当しないというべき場合もあるものと解される(なお、本件みなし制度が適用される場合であっても、早朝深夜労働における割増賃金の支払等の義務が免除されるわけではないから、深夜労働等については、結局、自己申告等によって労務管理せざるを得ない。)。
 しかしながら、前述したとおり、添乗日報の記載には相当程度ばらつきがあり、その内容から具体的に労働時間を把握することも困難である以上、添乗日報を作成して提出している事実を勘案しても、原告らの添乗業務が「労働時間を算定し難いとき」に該当するといわざるを得ない。なお、このような添乗日報のばらつきを本件派遣先が問題視していたというような事情もうかがわれないことにかんがみると、添乗日報は、旅程管理業務の適正さを担保するとともに、現地の情報等を把握するために作成させていたものと認められる。〔中略〕
 (オ) 以上の事情を総合考慮し、当裁判所は、原告らの添乗業務における「みなし労働時間」について、原告らの従事した添乗業務(ツアー)ごとに判定するという方法を採用することとした。具体的には、前述したとおり、添乗日報は、旅程の消化状況を概ね反映しているものと解されることから、原則として、添乗日報の記載を基準として、始業時刻と終業時刻を判定し、適宜休憩時間を控除することとし、添乗日報がない場合において、行程表や最終日程表を補助的に用いるという方法を採用した。〔中略〕
 しかしながら、前述したとおり、みなし労働時間の判定は、訴訟に顕われた一切の事情を勘案して裁判所が相当と考える方法によって行うものであり、裁判所が本件判定を採用するに当たって、考慮検討した事情は前述したとおりであるから、本件において、添乗業務(ツアー)ごとにみなし労働時間を判定することに何ら問題はないというべきである。また、本件判定において採用した方法は、実労働時間の概括的認定に類似する側面はあるものの、同方法は、あくまで「みなし労働時間」の判定であることはいうまでもない。別紙3「本件におけるみなし労働時間の考え方」は、画一的な判定手法を採用しており、添乗日報の記載等のばらつき(字体等の問題から添乗日報の記載部分を読み込むことが困難な場合も多い。)等の事情から、個別具体的に検討した場合、本件判定の結果と実際の労働時間との間に差異が生じることも相当程度あるものと考えられるが、みなし労働時間の判定である以上、各日における現実の労働時間との差異自体は本件判定の相当性には影響しないというべきである。〔中略〕
 (エ) 以上によれば、被告会社と添乗員(原告ら)は、派遣条件明示書(本件記載部分)によって、11時間分の対価として日当額を定めたものとは認められず、添乗員(原告ら)の賃金(日当)額は、労働基準法の定める通常所定労働時間(8時間)の対価として定められたものであると解するのが相当である。
 エ 前記検討によると、原告らに対する割増賃金額を算出する際の基礎額は、日当額(原告、ツアーの催行時期によって異なる。)を所定労働時間(8時間)で除したものとなるというべきである。
 そして、原告らは、その従事した添乗業務について、時間外割増賃金(ただし、1日8時間を超える部分についての割増賃金)、休日割増賃金及び早朝深夜割増賃金を請求しているところ、前記基礎額(日当額を8時間で除したもの)、割増賃金を支払われるべき労働時間(本件判定に基づき、時間外労働、早朝深夜労働、休日労働と判定ないし認定された労働時間)及び所定割増率(①時間外労働について「1.25」、②早朝深夜労働について「0.25」、③休日労働について「1.35」。ただし、休日労働については、日当が支給されていることから、労働時間に割増率を乗じたものから日当額を差し引いたものが未払賃金となる。)に基づいて、被告が支払うべき割増賃金額を算定することとなる。
 被告が支払うべき割増賃金額(未払残業代)を算定した結果は、別紙5の1ないし6「割増賃金額等一覧」の「割増賃金合計額」欄に記載されたとおりである。
 なお、原告Aは、早朝深夜残業代を請求していないことから、同残業代は、原告Aの割増賃金額には含めていない。また、原告Bについては、被告会社から早朝深夜手当(3000円)が支給されたことが認められるので、同手当を対応する早朝深夜残業代から控除している。
 オ 前記検討によれば、被告は、未払賃金(時間外割増賃金等)として、別紙1の1ないし6記載の各金額を支払っていないものというべきであるが、これに対して制裁としての付加金を課することを不相当とするまでの特段の事由は認められず、同額の付加金の支払を命ずるのが相当である。
 第5 結論
 以上によれば、原告らの請求は、主文の限度でこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条、64条本文を適用して、また、未払賃金の支払については、その性質にかんがみ、担保を供することを条件とする仮執行免脱の宣言を付すこと及び仮執行開始時期を判決が被告に送達された後14日経過した時とすることはいずれも相当ではないが、付加金の支払については、その性質上仮執行の宣言を付すことができないから、これを付さないこととして、主文のとおり判決する。