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ID番号 : 08820
事件名 : 未払賃金等反訴請求控訴事件
いわゆる事件名 : ジェイアール総研サービス事件
争点 : ビル管理会社の守衛が、休憩時間・仮眠時間の時間外割増等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 国立研究所のビル管理等を受託する会社Yで守衛として勤務していた労働者Xが、平成17年1月から平成18年12月までの間の休憩時間・仮眠時間に該当する賃金、時間外割増等を求めた事案の控訴審である。 第一審東京地裁立川支部は、〔1〕休憩時間及び仮眠時間の割増賃金、〔2〕前記〔1〕を除く労働時間に係る時間外労働割増賃金、〔3〕特殊作業手当、〔4〕年末手当、夏季手当の減額分、その他の各支払及び遅延損害を求めたXの請求について、休憩時間、仮眠時間とも指揮命令下になかったなどとしていずれも斥けた。 第二審東京高裁は、休憩時間及び仮眠時間中の守衛は緊急事態でない限り対応を義務付けられていないし、緊急事態は実際には年に1度か2度である旨の会社側証人の主張を斥け、休憩時間中でも緊急事態への対応はもとより、状況に応じて他の守衛の補佐すべきことが予定され、外出等の自由な行動は制約されており、仮眠時間でも警報に対応するなど緊急の事態に応じた臨機の対応をすることが義務付けられているなど当該時間は労働からの解放が保障されていたとはいえず、役務の提供が義務付けられ、また不活動時間も指揮命令下に置かれていたと認められるから、労基法上の労働時間に当たると認定した。その上で、当該時間での残業手当、深夜手当の支払を定めていないとしても、労基法上の労働時間と評価される以上、会社には労基法13条、37条に基づく時間外割増賃金、深夜割増賃金の支払義務があるとして、遅延損害金請求も合わせて認容し(ただし、時効の成立も認め当該期間を請求額から除外)、それ以外は理由がないとして棄却した。
参照法条 : 労働基準法13条
労働基準法37条
労働基準法115条
民法153条
体系項目 : 労働時間(民事) /労働時間の概念 /手待時間・不活動時間
労働時間(民事) /労働時間の概念 /仮眠時間
裁判年月日 : 2011年8月2日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ネ)581
裁判結果 : 原判決取消、一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1034号5頁
審級関係 : 一審/東京地立川支平成21.12.16/平成19年(ワ)第2858号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働時間(民事)‐労働時間の概念‐手待時間・不活動時間〕
〔労働時間(民事)‐労働時間の概念‐仮眠時間〕
 以上のほか、前記認定の諸事実及び証拠関係を総合すると、休憩時間中の守衛については、緊急事態が発生した場合への対応はもとより、平常時においても、状況に応じて当務の守衛を補佐すべきことが予定されており、外出等の自由な行動は事実上制約されていたものというべきであって、労働からの解放が保障されていなかったものと認められる。
 また、仮眠時間中は、制服を脱いで、自由な服装を着用して守衛室内のベッドで仮眠することも可能であったが、仮眠時間中に帰宅したりすることが許されていたものではなく、控訴人によると、控訴人は、用務があった時直ちに対応し得るようトレーナー等を着用して仮眠していたというのであり、仮眠時間中の守衛は、警報に対応することなど緊急の事態に応じた臨機の対応をすることが義務付けられていたものであり、現実に実作業に従事する必要が生ずることは、控訴人の場合も存在したことは前記認定のとおりであって、その必要が皆無に等しいものとして実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も認められない。
 したがって、本件休憩・仮眠時間は、控訴人は、労働からの解放が保障されていたとはいえず、具体的な状況に応じて役務の提供が義務付けられ、本件休憩・仮眠時間中の不活動時間も被控訴人の指揮命令下に置かれていたと認められるから、本件休憩・仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというべきである。
 (4) ところで、労働契約所定の賃金請求権は、不活動時間が労基法上の労働時間に当たることによって直ちに発生するものではなく、当該労働契約において休憩・仮眠時間に対していかなる賃金を支払うものと合意されているかによって定まるものと解されるが、労働契約は、労働者の労務提供と使用者の賃金支払とに基礎を置く有償双務契約であり、労働と賃金との対価関係は労働契約の本質的部分を構成しているというべきであるから、労働契約の合理的解釈としては、労基法上の労働時間に該当すれば、通常は労働契約上の賃金支払の対象となる時間としているものと解するのが相当である。そして、時間外労働につき所定の賃金を支払う旨の一般的規定を有する就業規則等が定められている場合に、所定労働時間には含められていないが、労基法上の労働時間に当たる一定の時間について、明確な賃金支払規定がないことの一事をもって、当該労働契約において当該時間に対する賃金支払をしないものとされていると解することは相当でない(前掲平成14年2月28日第1小法廷判決参照)。
 そこで、被控訴人と控訴人との間の労働契約における賃金の定めについてみるに、被控訴人の賃金規程(〈証拠略〉)には、特に本件休憩・仮眠時間を取り上げて、これに対する一定の賃金を支払う旨の規定は存在せず、一般的な時間外労働、深夜労働に対する割増賃金に関する規定がおかれているのみである。そして、控訴人は、平成15年3月25日、嘱託社員として、時間給1050円の約定で被控訴人に雇用され(〈証拠略〉)、同年4月1日付で、社員として、月給16万5000円の約定で雇用されたものであり、上記月給の内訳は、基本給7万円、職務手当5万1000円、特別手当4万4000円とされていた(〈証拠略〉)ところ、当初合意された時間給は、仮に、1日8時間、1か月20日間労働したものとして計算すると、16万8000円であり、後に合意された月給額と大差がない。そして、後に合意された基本給7万円は、仮に、1日8時間、1か月20日間労働したものとして逆算すると、1時間437.5円となるにすぎないうえ、賃金規程(〈証拠略〉)上、職務手当については、「従事する職務の質と量を考慮して決定し、その額は月額とする」、特別手当についても、「賃金の調整する場合、又は特別な業務を行う者に支給する。支給額は、その業務の内容を考慮して決定する」と定められているだけで、より具体化した規定がない。
 上記のような賃金規程の内容と控訴人との間で合意された賃金額とを総合すると、守衛に休憩時間、仮眠時間があることを踏まえて、かつ、その間の労働があり得ることを前提として、職務手当又は特別手当を付加して支払う旨の合意をしたと認めるのは困難であり、労基法上の労働時間に当たる本件休憩・仮眠時間に対しては、一般的な残業手当、深夜手当に関する前記規定が適用されると解する余地がある。また、仮に、労働契約上は、職務手当又は特別手当が本件休憩・仮眠時間における臨時的労働に対する対価の意味をもち、他には時間外労働又は深夜労働に対する割増賃金を支払わないとの合意があったと解したとしても、労働基準法13条は、労働基準法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効とし、無効となった部分は、労働基準法で定める基準によることとし、労働基準法37条は、法定時間外労働及び深夜労働に対し、使用者が同条所定の割増賃金を支払うべきことを定めている。
 したがって、被控訴人と控訴人との労働契約において、本件休憩・仮眠時間について残業手当、深夜手当を支払うことを定めていないとしても、本件休憩・仮眠時間が労基法上の労働時間と評価される以上、被控訴人は、本件休憩・仮眠時間について、労働基準法13条、37条に基づいて時間外割増賃金、深夜割増賃金を支払うべき義務がある。
 (5) 以上のとおりであるから、いずれにしても、被控訴人には、控訴人に対し、本件休憩・仮眠時間について、時間外割増賃金、深夜割増賃金を支払うべき義務があるところ、平成17年1月初めから平成18年12月末までの本件休憩・仮眠時間が別紙1‐1「法外残業時間数」欄記載のとおりであること、このうち深夜労働時間帯に属する時間数が同「深夜労働時間数」欄記載のとおりであること、これに乗ずべき時間単価が同「時間単価」欄記載のとおりであること、時間外割増賃金が時間単価の1.25倍となること、深夜割増賃金が時間単価の0.25倍となることは当事者間に争いがない。
 (6) 控訴人は、平成17年1月分以降の本件休憩・仮眠時間について、時間外割増賃金・深夜割増賃金の支払を求めている。
 しかしながら、賃金等の請求権は、2年間これを行使しなければ、時効によって消滅する(労働基準法115条)ところ、被控訴人は上記割増賃金請求権につき時効を援用する。
 この点につき、被控訴人は、控訴人が平成19年11月1日に本件本訴において準備書面(1)を陳述したことにより時効が中断されるから、平成17年10月までの休憩・仮眠時間に対する割増賃金請求権が時効により消滅した旨主張するが、消極的確認訴訟において請求棄却を求める答弁書等を裁判所に提出し、又は口頭弁論期日において同旨の主張をしたときは、時効が中断すると解すべきであり、本件では、控訴人は平成19年8月27日に請求棄却を求める旨の答弁書を提出しているので、その時点で時効が中断していると解すべきである。
 したがって、平成17年2月25日を弁済期とする同年1月分から同年8月25日を弁済期とする同年7月分までの時間外割増賃金及び深夜割増賃金の請求権については、遅くとも平成19年8月25日の経過をもって、時効により消滅したというべきである。
 ちなみに、控訴人は、平成19年1月25日、被控訴人に対し、休憩時間及び仮眠時間が労働時間であるとして、割増賃金の支払を請求して催告しているが(前提事実(9)ウ)、その後、6か月以内に裁判上の請求等を行っていないから、これによる時効中断の効力は生じない(民法153条)。
 控訴人は、被控訴人の消滅時効援用が信義則に反すると主張するが、控訴人主張の事実関係によって、被控訴人の消滅時効援用が信義則に反するとまでは解することができない。
 (7) 以上によると、平成17年8月分から平成18年12月分までの本件休憩・仮眠時間に係る時間外割増賃金及び深夜割増賃金の請求は、理由があり、その総額は、174万3762円となるから、被控訴人には、控訴人に対し、上記174万3762円及び別紙1‐1の「番号」欄「8」から同「24」までの各「月間未払時間外手当」欄記載の各金額に対する同「支払日」欄記載の各日の翌日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
 2 争点(2)(上記休憩時間及び仮眠時間を除く労働時間についての時間外労働割増賃金の有無、消滅時効の成否)について
 控訴人は、当審において、平成23年5月12日付「請求の拡張申立書」により、平成17年1月初めから平成18年12月末日までの勤務時間のうち本件休憩時間及び仮眠時間を除く16時間から所定労働時間8時間を控除した8時間の残業時間のうち、A番では3時間45分、B番では3時間15分が深夜時間帯にかかると主張し、この期間の未払時間外労働割増賃金を請求するに至ったが、被控訴人は、控訴人に対し、平成23年5月16日付準備書面により、上記請求にかかる時間外労働割増賃金について、労働基準法115条に基づく2年間の消滅時効を援用したから、上記請求にかかる時間外労働割増賃金請求権は時効により消滅したものというほかはない。