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ID番号 : 08822
事件名 : 地位確認請求事件
いわゆる事件名 : 学校法人甲学園事件
争点 : 私立中学校の専任教諭が自主退職と懲戒解雇の無効を争った事案(労働者敗訴)
事案概要 : 私立中学校Yの専任教諭であったXが、自主退職により雇用契約が終了したとされたことにつき、退職の意思表示の不存在あるいは撤回により同雇用契約が存続しているとして、雇用契約上の地位確認及び賃金等の支払を求めた事案である。 横浜地裁は、まず自主退職の成立について、学校側との話し合いの中でXから自主退職を選ぶ旨の明確な発言があったことは「退職の意思表示」と認めるのが相当としつつ、その後代理人を通して撤回の意思表示をしたのは学校側の承諾前であるから撤回は有効であり、自主退職は成立しないとした。その上で、予備的抗弁である懲戒解雇について、XにはC生徒を自家用車に同乗させ連れ回したり、不適切な内容の手紙を複数回にわたって交付するなど教職員としてふさわしくない著しい素行不良があり就業規則の懲戒事由に当たると認定し、さらに、Xが自らの言動を反省することなく問題行動をその後も継続していたことから、本件懲戒解雇は懲戒権の濫用には当たらず、また、Yでは就業規則の存在及び内容を周知させる手続もとられており相当として、懲戒解雇を有効と認めた。
参照法条 : 労働契約法15条
労働契約法16条
体系項目 : 退職 /合意解約 /合意解約
懲戒・懲戒解雇 /懲戒手続 /懲戒手続
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /風紀紊乱
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /服務規律違反
裁判年月日 : 2011年7月26日
裁判所名 : 横浜地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ワ)3024
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1035号88頁/労働経済判例速報2121号13頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔退職‐合意解約‐合意解約〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒手続‐懲戒手続〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐風紀紊乱〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐服務規律違反〕
 2 争点(1)について〔中略〕
 そのような場において、前記1(8)イのとおり、原告が懲戒解雇と自主退職という選択肢を明示した上で、懲戒解雇でない方、すなわち自主退職を選ぶ旨の明確な発言があったこと、原告自身が退職日の指定もしたこと、これに続いてB室長が、退職に伴う給与支払の処理について説明をしたこと、前記1(10)のとおり、これを受けた他方当事者である被告において、同年2月17日付けで、原告に対し退職の申出を承認する旨の本件通知を送付したことを総合すると、原告の前記発言は、原告による退職の意思表示と認めるのが相当である。〔中略〕
 3 争点(2)について〔中略〕
 (4) そうすると、原告による本件雇用契約の合意解約申込みは、原告による申込みの後、被告による承諾前である同日に撤回されたことになるから、その後に被告によりなされた承諾の意思表示にかかわらず、原、被告の間で本件雇用契約についての合意解約が成立したものとは認められない。
 4 争点(3)〈1〉について
 そこで、予備的抗弁である本件懲戒解雇について、先の認定事実を踏まえて争点に沿って判断する。
 (1) 本件懲戒事由〈2〉について
 ア まず本件懲戒事由〈2〉について判断するに、本件懲戒事由〈2〉は、(a)原告が平成21年11月8日午後12時頃、C生徒を大和駅に呼び出して食事を提供し、自家用車に同乗させて引地台公園等に連れ回した挙げ句、保護者の設定した門限時刻を過ぎた同日午後10時30分頃に帰宅させたこと、(b)原告が同年11月頃C生徒に対して教諭として不適切な内容の手紙を複数回にわたって交付したことから構成されている。
 イ 先ず本件懲戒事由〈2〉(a)について検討するに、前記1(3)のとおり、原告が平成21年11月8日に顧問を務めるバスケットボール部の試合のため、丙中学校にいたこと、試合終了後の午後6時ころ、同中学校に来ていたC生徒が原告のところまで来て、原告と話をするうちに、同生徒が泣き出したこと、原告は、同生徒を引地台公園に駐車していた自家用車に乗せ、30分ほど話をしたこと、その後、原告は、C生徒に自宅に電話をさせた上、同公園近くで食事を提供し、午後9時ないし9時30分ころ、C生徒を自家用車で自宅に送り届けたことがそれぞれ認められ、これらの認定事実によれば、本件懲戒事由〈2〉(a)の事実を認めることができる。
 教諭が特定の生徒と親密な関係を持つことは、他の生徒との間で不公平感を醸成させるおそれが考えられるなど、教師として望ましい行為とは認められない上、C生徒の両親の定めた門限を超えて食事やドライブなどをした行為は、保護者の教諭に対する信頼の観点からも好ましくないというべきであって、この行為は、就業規則51条⑤号にいう「教職員としてふさわしくない著しい素行不良のとき」に該当するというべきである。
 ウ(ア) 次に本件懲戒事由〈2〉(b)について検討するに、前記1(4)のとおり、原告は、C生徒に対し、同年11月16日、19日、21日、22日及び23日の5回にわたって本件各手紙を渡したこと、本件各手紙には前記1(4)アないしシ記載の内容が含まれていたことがそれぞれ認められる。
 (イ) 本件各手紙には、大好き、早く会いたい、別れるという選択肢はなしにしようなど、通常一般人の感覚に照らせば、原告のC生徒に対する恋愛感情を表現したものと受け取られ得る記載が随所に見受けられ、被告が第2・3(3)ア(イ)aで主張するように、原告がC生徒に対し恋愛感情を抱いていたか否かについてはひとまず置いても、その記載内容は、教諭が生徒に対して交付する書簡の表現として不適切であることはいうまでもない。
 (ウ) 生徒の適切な指導、育成には、教諭を含めた学校側と両親等の家族との密接な協力関係が不可欠であるにもかかわらず、原告は、本件各手紙の中で、「おかーちゃんが学校に電話したみたいでね。そんだけ娘、守りたいかーちゃんなんだよなー。かっこいいね。」などと記載するなどして、C生徒の母親を揶揄しているのであって、その記載内容が不適切なことは、極めて明白である。
 (エ) 前記1(3)及び(4)のとおり、本件各手紙が原告からC生徒に対して交付されたのは、H教諭が原告に対してC生徒に対してメール等をしないように指導した後であるばかりか、本件各手紙の中には、「H先生が直接うちんち来て怒られちまったよ…『なんで学校に来てない人が電話やら、メールやらするのか』とさ…反省しや・・・せん。。。す。。」との記載もあり、これらの事情からすれば、原告が自らの思い込みのみに基づいて行動し、H教諭に諭されたことを全く反省していないことをうかがわせる。
 (オ) 加えるに、本件各手紙中の「もしかして、バレてきた??あるいは、うちのこと両親、危険人物とみなしてる感じ??それ次第で親に対しての接し方変えるから!!立場ヤバインだ、ほんと。。。」「ケータイ、いいんだけどさ、メールの送受信、全て消しといてくんない?マジで!何かあったらヤバイから。うち死ぬってー、マジに。」との記載からは、原告が、本件各手紙を含めたC生徒に対する対応が社会的に不適切と評価され、C生徒の両親や本件学校から問題視され、又はされることを十分に認識しながらも、本件各手紙を作成していることがうかがわれ、この点でも、本件各手紙に関わる原告の行動は極めて悪質というほかない。
 (カ) 原告は、その作成に係る陳述書(書証略)において、本件各手紙を作成した経緯、その意味合い等について種々記載している。しかしながら、原告は、同陳述書において、C生徒に内緒で母親と連絡を取り合いながらC生徒の相談相手になっていた旨等を記載するところ、前記1(14)によれば、原告が母親と連絡を取り合いながらC生徒の相談相手になっていたとは到底認められない上、原告が同陳述書に記載する本件各手紙の意味合いについても、本件各手紙の流れ、文脈等からして理解しうる意味内容とはあまりにかけ離れており、明らかに不自然、不合理であって、前記陳述書のC生徒に関する記載内容は、そもそも信用することはできない。また、前記1(2)のとおり、C生徒は、原告が顧問を務めるバスケットボール部に所属してはいたものの、原告の担任するクラスの生徒ではなく、原告としても、生徒指導は他の教師と協力して行うものであると自認していたにもかかわらず、C生徒の担任教諭や上司に適切な報告をすることもなく、むしろ本件学校からその対応を止められていた状況の中で、いわば独断でC生徒に対する特別扱いを継続していたのであって、前記陳述書の記載内容を踏まえても、本件各手紙に関する原告の行為が不適切であることは、およそ否定することができない。
 (キ) 以上判示した事実から明らかなように、本件各手紙は教諭が生徒に交付する手紙としては極めて不適切のそしりを免れず、本件懲戒事由〈2〉(a)に係る行為とともに、C生徒の健全な人格形成という観点からみて極めて不適切であり、自らの言動が生徒の人格形成に多大な影響を与え得るという教諭の職責の重大性についての自覚に欠ける振る舞いと言わざるを得ない。
 エ 以上の事情を総合すると、原告には、教職員としてふさわしくない著しい素行不良があったというべきであり、就業規則51条5号に当たるものである。
 (2) 本件懲戒事由〈1〉について
 原告がE生徒に対して体罰を加えたことを認めるに足りる的確な証拠はない。かえって、証拠(略)によれば、E生徒に対する原告の行為の問題が検討対象になったのは、平成21年8月12日であり、その後、原告からも聞き取りを行うなどして調査を行い、G校長がE生徒の母親に対して「引き続き調査中であるが、仮にそのような事実があったとすれば校長として指導が行き届かなかったということであり、お詫びしたい。」と述べ、E生徒の母親も納得したことが認められ、本件懲戒解雇のための弁明聴取まで、問題にされていなかったことからしても、これが原告に対する懲戒事由になることには疑問がある。
 (3) 本件懲戒事由〈3〉について
 前記1(7)のとおり、本件面談までの原告の欠勤については、原告本人又は原告の母が、原告の体調が不良である旨を本件学校に連絡し、診断書も提出しており、本件面談の時点で、原告の欠勤が3週間程度続いていたにもかかわらず、被告側から原告に対し、出勤を促すような発言はなされなかったこと(書証略)、本件面談時において、B室長は、「今のままで欠勤を続けていくと、欠勤という事案から懲戒となる可能性は高い」と発言したにとどまり、本件面談のあった平成22年2月12日以前の欠勤についての処分には触れなかったこと(書証略)も考慮すると、少なくとも本件面談時点までの原告の欠勤については被告も了承していたものというべきである。
 また、本件面談において、被告側から自主退職か懲戒解雇かという趣旨の話が出された結果、原告が自主退職の意向を示し、同月17日付けで、被告が、原告の退職の申出を承認する旨の通知を送付したこと、本件面談時において、被告から退職承認の通知が発せられるまでは出勤するよう促すような発言がなく、かえって、原告に対し出勤を控えるように注意しており、実際、同年3月9日に本件学校に姿を見せた原告に対し、B室長が「お引き取り下さい」と言ったり(証拠略)、被告が同日付けで、原告と生徒及び教職員との接触を禁止する旨の通知を出したこと(書証略)からすれば、本件面談における退職の意思表示の撤回後も含め、被告が原告の労務提供の受領を拒否したものというべきであり、本件面談以降の欠勤を原告の責めに帰すことはできない。
 したがって、被告が問題とする同年1月18日から同年3月31日までの期間における原告の欠勤が、就業規則51条所定の懲戒事由に当たるということはできない。
 (4) 以上のとおり、原告については、本件懲戒事由〈2〉につき、就業規則51条の懲戒事由がある。〔中略〕
 5 争点(3)〈2〉について
 ア 前記1(12)イないしエのとおり、E人事課長は、原告に対し、平成22年6月8日付けの「弁明書の提出について」と題する書面を送付したこと、同書面には、弁明すべき事項として、本件各懲戒事由が記載されていたこと、これを受けて、D’弁護士らは、同月14日付け「回答書」と題する書面を作成し、被告に送付したこと、同回答書において、D’弁護士らは、弁明を求められている内容が、生徒のプライバシーにわたる事実を含んでいること、単なる人事課長にすぎないE人事課長がどのような権限、目的に基づき弁明を求めるのか不明であること等を挙げ、これらの点を明らかにするよう求めるとともに、本件懲戒事由〈3〉については、病欠及び被告側から出勤を妨害されていたことを記載したこと、被告においては、同月23日、副理事長等4名を出席者とする「問題解決小委員会」を開催し、本件懲戒解雇に関する審議を行い、その結果を就業規則55条にいう常務理事会に当たる「問題解決委員会」に報告し、これを受けて、同月24日、問題解決委員会が開催され、原告に対して本件懲戒解雇を行うことを決議したことが、それぞれ認められる。
 イ 以上の事実によれば、被告は、原告に対して、本件各懲戒事由に対応する事実を明記した上で、各事実に対する弁明を記載した書面の提出を求めて弁解の機会を与えており、原告に防御の機会を与えるという観点からみても、適切な配慮がなされたというべきであり、本件懲戒解雇の決定においても、就業規則の定めるところに従って適式に行われていると認められる。したがって、本件懲戒解雇に至る手続面において不相当な点は認められない。〔中略〕
 6 争点(3)〈3〉について
 使用者が労働者を懲戒するためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する。そして、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続がとられていることを要するものというべきである。
 証拠(略)によれば、被告は、懲戒解雇及び懲戒解雇の手続について記載した就業規則を、本件学校の職員室のA副校長の机の後ろの棚に備え置いていたこと、同棚は共有スペースであり、誰もが自由に就業規則のファイルを取って見ることができる状態であったことが認められる。
 証人Eは、雇用契約時に原告に対して就業規則の存在について説明したと証言するところ、原告と被告との間で取り交わされた「専任講師勤務契約書」(書証略)には、「退職に関する事項」として「就業規則第23条~第27条の規定による」とされ、「その他の事項」として、「本書記載内容以外については、就業規則その他の諸規程による」と記載されていることが認められ、この記載に照らせば、前記証人Eの証言は信用できるものというべきである。
 以上を総合すると、被告は、原告を始めとする職員に対し、就業規則の存在及び内容を周知させる手続をとったと認めるのが相当である。