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ID番号 : 08829
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : パナソニックエコシステムズ(派遣労働)事件
争点 : システム会社で雇止めされた派遣労働者が地位確認、慰謝料の支払を請求した事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : システム会社Yに派遣され勤務していた労働者X1、X2が雇止めされたことにつき、Yとの間で黙示の無期限労働契約が成立していたものであり、雇止めは解雇権の濫用であって無効であるとして地位確認及び賃金の支払を求めるとともに、X1については偽装請負(後に業務偽装)を行い、またX2については偽装派遣を行って多大な精神的苦痛を与えたとして、Yに慰謝料を請求した事案である。 名古屋地裁は、まずX1について、黙示の雇用契約が成立していたとは認められないとして解雇権の濫用を否認したが、重要な人材として社内の役割を発揮してきたにも関わらず、X1に後継人材を育成させるや、X1の派遣費用の高騰を理由に突然雇止めに及んだYの行為は、不安定な地位に置かれている派遣労働者に対し勤労生活を著しく脅かし信義にもとる行為で信義則違反の不法行為が成立するとして、慰藉料の支払いを命じた。 次にX2についても、黙示の雇用契約は成立していないとして解雇権の濫用を否認しつつ、Yの行為は自らの落度によって生じた違法派遣状態(X2の従事していた業務が専門26業務に当たらない結果、X2の派遣受入が労働者派遣法上の派遣受入可能期間の制限を超えた違法なもの)を何らの落度もない派遣労働者に一方的に不利益を負わせることによって解消を図ろうとする恣意的なものであり、道義上の説明責任を何ら果たそうとしないその対応は著しく信義にもとるというべきであり、派遣先として信義則違反の不法行為が成立するとして、同様に慰藉料の支払を命じた。
参照法条 : 労働契約法16条
民法709条
民法710条
体系項目 : 解雇(民事) /短期労働契約の更新拒否(雇止め) /短期労働契約の更新拒否(雇止め)
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2011年4月28日
裁判所名 : 名古屋地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)4374
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1032号19頁
審級関係 : 控訴審/名古屋高平成24.2.10/平成23年(ネ)第615号
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)‐短期労働契約の更新拒否(雇止め)‐短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 (2) 黙示の雇用契約の成否
 前記認定事実によれば、原告甲野の被告における就労は、訴外A社を雇用主としていた当初は、偽装請負にあったが、実態は労働者派遣であったものであり、仮に、原告甲野の従事する業務が専門26業務にあたらないとした場合には、労働者派遣法上の派遣受入可能期間の制限に違反するという違法なものとなるけれども、本件全証拠を総合しても、原告甲野と被告との間に黙示の雇用契約が成立するといえる事情は、いまだ認めるに足りないというべきである。
 2 争点(2)(原告甲野と被告との黙示の雇用契約の成否(その2))について
 原告甲野は、被告が、原告甲野に対し、直接雇用を申し込むべき義務が発生していることを重々承知しながら、労働者派遣法上の派遣受入期間の制限を超えて就労を継続させたものであり、原告甲野に対し、黙示の雇用契約の申込みをしたと評価できる事情がある旨主張するけれども、本件全証拠を総合しても、かかる事情は認められず、原告甲野のこの点に関する主張は理由がない。
 3 争点(3)(被告の原告甲野に対する解雇権濫用の成否)について
 原告甲野と被告との間に黙示の雇用契約の成立が認められないのは、前記のとおりであり、原告甲野が、訴外B社から雇止めにされたことについて、被告に対し、雇用主であることを前提として解雇権の濫用であるとして法的責任を問うことは認められないというべきである。
 争点(4)(被告の原告甲野に対する不法行為の成否)について〔中略〕
 (2) 不法行為の成否
 前記認定事実によれば、平成16年8月2日に就業を開始して以降、RoHS業務という複雑で高度に専門的な業務に習熟を重ね、作業標準書を作成し、それがマニュアルとして用いられるまでになり、RoHS業務の担当者としては、被告の正社員を含め、自己に代わる人材が他にいないほどの重要な人材になり、RoHS検査室の中核を担い、被告における上司であるEからも厚い信頼を得て、頼りにされていたことや、平成18年2月ころには、給料が低いこともあってEマネージャーに退職の相談をしたのに対し、給料を自己の希望に近い水準になるよう派遣料金を引き上げてまでして慰留してくれ、訴外A社が労働者派遣から撤退した際には、訴外B社を移籍先として手配してくれるとともに、被告において派遣料金を再度引き上げてくれてまでして雇用の継続に配慮してくれており、自己に関して、これまで一度として被告が近い将来において派遣を終了させる意向を有しているといったことを示唆されるようなことがなかったことなどから、被告への派遣が近い将来に打切りになるとは予想もしておらず、訴外B社との間で平成20年11月1日に雇用期間を平成21年3月31日までとする雇用契約を締結した際においてもまさか同日をもって被告への派遣が終了し、雇止めになることがあるということは思いもよらず、原告甲野は、同年4月1日以降も当然派遣が継続すると考え、勤務に励んでいた、それにもかかわらず、訴外B社に移籍して1か月を経過した平成20年12月1日、原告甲野は、上司から、他の部署から移籍してきた正社員に対し、原告甲野が休んだときに困るので原告甲野が行っている業務内容のすべてを教えるように指示され、原告甲野が、その指示に従って、自己がそれまでの勤務で培った知識、経験、ノウハウのすべてをその正社員に伝授し、自己の代わりが務まる人材として育成したところ、更新時期のわずか1か月前になって、突然あたかも騙し討ちのように原告甲野を狙い撃ちにして派遣打切りを通告され、派遣元から解雇されるに至ったものであること、被告による派遣打切りは、原告甲野に対する派遣料金が高いことが理由となっていたと推認されるところ、〔中略〕直接雇用をしてコストを低減することが可能であり、原告甲野の就労の経過からすれば、期間雇用を含め、直接雇用を検討してもおかしくないものであったこと、それにもかかわらず、原告甲野をあたかも騙すような形で、原告甲野をして被告の正社員を代替人材として育成させ、代替人材が得られるや、原告甲野に対する派遣料金の高さを理由に突然に派遣切りをしたことが認められるのであり、かかる被告の原告甲野に対する仕打ちは、いかに被告が法的に雇用主の立場にないとはいえ、著しく信義にもとるものであり、ただでさえ不安定な地位にある派遣労働者としての勤労生活を著しく脅かすものであって、派遣先として信義則違反の不法行為が成立するというべきである。
 なるほど、労働者派遣においては、派遣元が雇用主として派遣労働者に対して雇用契約上の契約責任を負うものであり、派遣先においては派遣労働者に対して契約上の責任を負うものではないけれども、派遣労働者を受入れ、就労させるにおいては、労働者派遣法上の規制を遵守するとともに、その指揮命令の下に労働させることにより形成される社会的接触関係に基づいて派遣労働者に対し信義誠実の原則に則って対応すべき条理上の義務があるというべきであり、ただでさえ雇用の継続性において不安定な地位に置かれている派遣労働者に対し、その勤労生活を著しく脅かすような著しく信義にもとる行為が認められるときには、不法行為責任を負うと解するのが相当である。
 しかして、原告甲野は、被告の派遣先としての上記信義則違反の不法行為により、派遣労働者としての勤労生活を著しく脅かされ、多大な精神的苦痛を被ったことが認められるところ、かかる精神的苦痛を慰藉するには、100万円が相当である。〔中略〕
 (2) 黙示の雇用契約の成否
 前記認定事実によれば、原告乙山の被告における就労は、原告乙山の従事する業務が専門26業務にあたらないことにより、当初より、労働者派遣法上の派遣受入可能期間の制限に違反するという違法なものではあったけれども、実態として労働者派遣であったことは間違いのないところであり、本件全証拠を総合しても、原告乙山と被告との間に黙示の雇用契約が成立するといえる事情は、いまだ認めるに足りないというべきである。
 6 争点(6)(原告乙山と被告との黙示の雇用契約の成否(その2))について
 原告乙山は、被告が、原告乙山に対し直接雇用を申し込むべき義務が発生していることを重々承知しながら、労働者派遣法上の派遣受入期間の制限を超えて就労を継続させたものであり、原告乙山に対し、黙示の雇用契約の申込みをしたと評価できる事情がある旨主張するけれども、本件全証拠を総合しても、かかる事情は認められず、原告乙山のこの点に関する主張は理由がない。
 7 争点(7)(被告の原告乙山に対する解雇権濫用の成否)について
 原告乙山と被告との間に黙示の雇用契約の成立が認められないのは、前記のとおりであり、原告乙山が、訴外C社から雇止めにされたことについて、被告に対し、雇用主であることを前提として解雇権の濫用であるとして法的責任を問うことは認められないというべきである。
 8 争点(8)(被告の原告乙山に対する不法行為の成否)について〔中略〕
 (2) 不法行為の成否
 前記認定事実によれば、原告乙山が従事していた業務は、専門26業務にあたらないものであった上、原告乙山が就業していた同一部署には、平成15年12月ころから訴外C社からの派遣労働者が原告乙山と同一の業務に従事していたため、原告乙山の就業開始当時、既に労働者派遣法上の派遣受入可能期間を超えていたものであり、原告乙山の受入れは、労働者派遣法に抵触する違法派遣であって、原告乙山の派遣労働者としての地位は当初から不安定なものであったこと、被告は、原告乙山が従事する業務が専門26業務にあたるか否かについて何ら慎重な検討をしないまま、安易に専門26業務にあたるとして派遣元との間で労働者派遣個別契約を締結し、そのことにより派遣労働者が不安定な立場に置かれることに何らの頓着もせず、そのため、被告は、労働者派遣法上、派遣先として講ずべき措置等として定められた派遣受入期間を定めず(労働者派遣法40条の2第3項)、派遣元に対して派遣受入可能期間を超えることとなる抵触日の通知もしなかったことから(労働者派遣法26条5項、40条の2第5項)、派遣元においても、原告乙山の派遣について、派遣受入可能期間の制限により派遣が打切りになることはまったく認識しておらず(専門26業務にあたらないことが分かっていたならば、本来、派遣先から抵触日通知がないときは、派遣元は、派遣先との間で労働者派遣個別契約を締結してならないものである。労働者派遣法26条6項)、まして原告乙山においては、そうした事態になることはまったく認識できないことであったこと、しかるに、被告は、平成21年3月13日付けで原告乙山を狙い撃ちにして突然に派遣切りの通告を派遣元になしたばかりか、自社からも訴外C社を通じても、派遣切りの理由について何ら誠意ある具体的説明を一切しようとせず、原告乙山が労働組合に加入して団体交渉を求めてきたのに対しても一切の交渉を拒否し、およそ派遣切りに至った説明をする機会も設けることもなく、また、直接雇用できないかについても何らの説明もしようとしなかったこと、被告による原告乙山の派遣切りの理由については、訴外C社から不況だからという一言だけの説明があったのみであるが、原告乙山が、派遣切りされた当時、原告乙山の従事していた業務はなお継続的に存在し、原告乙山の後任には、他の派遣元から派遣労働者を受け入れているものであり、原告乙山を派遣切りにするについて、被告に客観的に合理的な理由があったとは窺えず、考えられる理由ともしては、原告乙山の従事していた業務が専門26業務にあたらない結果、原告乙山の派遣受入が労働者派遣法上の派遣受入可能期間の制限を超えた違法派遣であり、そのことが問題になることをおそれたことにあると推認されるところ(それ以外には労災事故の件しか考えられない。)、そのような事態を招いたのは、被告において原告乙山が従事する業務が専門26業務にあたるか否かについて何ら慎重な検討をしないまま、安易に専門26業務にあたるとして派遣元との間で労働者派遣個別契約を締結し、そのことにより派遣労働者が不安定な立場に置かれることに何らの頓着もしなかった結果であることが認められる。
 しかして、上記のような被告の原告乙山に対する仕打ちは、自らの落度によって生じた違法派遣状態を何らの落度もない派遣労働者に一方的に不利益を負わせることによって解消を図ろうとする恣意的なものであり、また、就労開始当初からの違法派遣状態の継続から突然の派遣切りという事態になったことについて何らの説明もせず、道義上の説明責任をおよそ何ら果たそうとしなかったことを考え併せれば、いかに被告が法的に雇用主の立場にないとはいえ、派遣労働者を受け入れる派遣先として著しく信義にもとる対応というべきであり、派遣先として信義則違反の不法行為が成立するというべきである。
 そして、原告乙山は、被告の派遣先としての上記信義則違反の不法行為により、派遣労働者としての勤労生活を脅かされ、精神的苦痛を被ったことが認められるところ、かかる精神的苦痛を慰藉するには、30万円が相当である。