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ID番号 : 08830
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 萬世閣(顧問契約解除)事件
争点 : 温泉旅館の元調理部長が、地位確認と賃金支払及び慰謝料の支払を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 温泉旅館業を営む株式会社Yで調理部長などを務めていた労働者Xが、顧問契約の解除を無効とする地位確認と賃金支払、不当な降格及び解雇による不法行為に基づく慰謝料等の支払を求めた事案である。 札幌地裁は、まずXの取締役就任について、就任後の職務内容は基本的に従前と変わりがなく、就任時に従業員として退職の意思表示をしたとか退職の合意をしたという事情もないことから、常務取締役就任後も従前の労働契約を維持したままであり、取締役と使用人の地位を兼任していたものと認められ、また、その後の常務執行役員就任によっても、「会社と執行役員との関係は雇用関係にある」旨、及び「執行役員は使用人と考えられる」旨のY配布書面の記述や、就任後も給与を支給され雇用保険料が控除されていたことなどに照らし、労働契約は継続していたとして、労働者としての地位を認めた。 さらに、調理部顧問への配属は、執行役員を解任された上、影響力の行使を封じられて調理部顧問に配属されたものであり、不利益処分という性質を有することは否定できず、故意に名誉ないし社会的評価を傷付けた違法なものとして不法行為を構成すると認定し、その後の解雇には客観的に合理的な理由がないから無効であり、違法にその労働契約上の地位を侵害したものというべきであるとして、慰謝料の支払を命じた。
参照法条 : 民法709条
民法710条
労働契約法16条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事) /労働者 /取締役・監査役
労基法の基本原則(民事) /労働者 /経営担当者・執行役員
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
解雇(民事) /解雇事由 /顧問契約への移行による解雇
裁判年月日 : 2011年4月25日
裁判所名 : 札幌地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)2610
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1032号52頁
審級関係 :
評釈論文 : 齋藤耕・労働法律旬報1751号39~43頁2011年9月10日
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)‐労働者‐取締役・監査役〕
〔労基法の基本原則(民事)‐労働者‐経営担当者・執行役員〕
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐〔新規〕顧問契約への移行による解雇〕
 4 争点(4)(顧問契約の法的性質)について
 前記認定のとおり、原告は、被告会社との労働契約に基づき、その常務執行役員に就任したものであるところ、原告が、A社調理部顧問に配属されるに当たって、退職の意向を示したとか、退職の合意をしたなどとうかがわせる事情は何もなく、退職金が支払われたなどといった事情もない(被告乙山)のであるから、原告をA社調理部顧問に配属させたのも従前の労働契約に基づくものというべきである。被告らは、原告が社会保険喪失手続を行ったことをもって、原告自身、その地位が委任契約であったことを認識していた旨主張するが、そのような事情で直ちに労働契約上の地位の不存在を推認できるものではないというべきである。
 そして、原告の職務の性質に加え、平成20年3月31日当時、A社には定年である60歳を超えて雇用される者が多数いたこと(〈証拠略〉)、原告の給与が42万円から30万円に引き下げられたのは、原告が定年に達した平成20年2月ではなく、同月4月分の給与からであること(〈証拠略〉)等に加え、被告乙山が原告を同人が65歳になるまで使用することを考慮している旨伝えたこと(被告乙山)等に照らすと、上記労働契約については少なくとも60歳の定年後も原告の雇用を継続する旨の合意がされていたというべきである。
 5 争点(5)(解雇該当性及びその有効性)について
 前提事実に加え、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、〈1〉原告は、既に被告会社を退職していたBと共に、平成20年7月ころ、室蘭労働基準監督署を訪れ、会社名を伏せて被告会社の労働実態を相談したこと(〈証拠略〉、原告本人)、〈2〉同年8月25日、被告乙山がA社の主要スタッフの前で、同日付けで退職したC調理長の退職理由を話題にした際、原告は、調理部門の労働環境の例としてお盆休み中に呼び戻された調理人の母親から苦情の電話があったことを紹介し、これに合わせてD支配人も、被告会社の就業規則など見たことがない、レストランスタッフも人手不足で公休が取れず、長時間残業が深刻化している旨発言したこと(〈証拠略〉)、〈3〉原告は、E社のF調理部顧問らと共に、同年10月14日、再度室蘭労働基準監督署を訪れ、被告会社では従業員にタイムカードも与えられず、時間外手当も一切支払われていない旨申告したこと(〈証拠略〉)、〈4〉室蘭労働基準監督署は、同月21日、A社に対し、臨検を行ったこと(〈証拠略〉、原告本人)、〈5〉翌22日、原告は、被告乙山から、A社のラウンジに呼び出され、同所で、原告の退職についての話がされたこと(〈証拠略〉)、〈6〉被告会社は、同月30日、原告に対し、「貴殿との顧問契約は、平成20年10月31日をもって解除いたします。従いまして、来月から当社とは一切関係が無い事を確認させていただきます」旨記載された書面(〈証拠略〉)を送付し、同書面は、同年11月1日、原告に配達されたこと(〈証拠略〉、原告本人)、〈7〉原告は、同日までA社の調理部門に出勤していたが、同日の中休みに帰宅した際、上記書面に気付き、直ちに職場を引き払い、以後、出勤を取りやめたこと(原告本人)が認められる。これらの事実経過に照らすと、被告乙山が、原告に対し、平成20年10月22日、原告が室蘭労働基準監督署に訴え出ようとする労働者の動きを知っていたのに被告乙山を裏切って報告しなかったことを責めた上、原告との顧問契約を解除する、辞めるなら辞めるように申し向けたとの(証拠略)の記載部分及び原告本人尋問の結果中の供述部分は信用することができ、上記事実が認められる。そうすると、同月22日の被告乙山の言動は原告に対する解雇の意思表示であり、その後、被告会社は、同月30日付けの書面で改めて解雇の意思表示をしたものというべきである。
 被告らは、原告との関係が委任契約であることを前提に、平成20年10月22日、原告自ら「顧問を辞めさせて頂きます」旨辞任を申し出た旨主張し、被告乙山もこれに沿う供述をする(被告乙山)が、いわば労働者を代表する形で自ら労働基準監督署に訴え出た原告が、この期に及んで自ら職を辞すというのは必ずしも自然なものとはいい難い上、原告が、その後も同年11月1日まで連日出勤していた事実とも整合せず、信用できないというべきであり(被告乙山は、原告が出勤しているとの報告は受けていない(被告乙山)旨供述するが、欠勤を確認したというわけでもなく、この供述は前記認定を左右しない。)、被告らがるる主張するところはいずれも採用できない。
 そして、原告が、長年にわたりA社、E社及びG社の各調理部門を私物化し、被告らによる時間管理の導入等の改善・改革を阻害したとの被告らの主張は、根拠に乏しく、これを裏付ける的確な証拠に欠け、ほかに原告の勤務態度に問題があったとうかがわせる事情はないところ、原告は定年年齢に達した後も被告乙山から雇用継続を期待させるような言動を示されており、現にA社では定年年齢後も引き続き雇用されている者も多数いたのであるから、同人の年齢も直ちにその雇用を打ち切る理由とはならないというべきである。したがって、その解雇に客観的に合理的な理由があったものとは認め難く、これは解雇権の濫用として無効であるというべきである(なお、原告が、いわば被告会社の労働者を代表する立場で労働基準監督署に訴え出たことは、これが根拠に欠けた濫用的な申告であったなどの事情が窺われない本件では、客観的に合理的な理由たり得ない。)。
 6 争点(6)(原告に対する解雇は不法行為を構成するか)について
 前記認定のとおり、被告乙山は、客観的に合理的な理由が欠けているのに、あえて原告に解雇の意思表示をして、その就労を拒んだものであるから、違法にその労働契約上の地位を侵害したものというべきである。
 7 争点(7)(損害)について
 原告が、執行役員から解任され、A社調理部顧問に配属された不当降格で原告が味わった精神的苦痛は、原告がその際に特段の不服を申し立てていないことを考慮すると、20万円をもって、不当に解雇された苦痛は解雇自体は無効とされることを考慮すれば20万円をもって慰謝するのが相当であり、それら合計額のうち1割である4万円を併せて相当因果関係のある損害である弁護士費用として認めるのが相当である。