全 情 報

ID番号 : 08831
事件名 : 遺族補償給付不支給処分取消等請求事件
いわゆる事件名 : 国・足立労働基準監督署長(クオーク)事件
争点 : 再就職後、くも膜下出血により死亡した元ビデオ店社員の母が遺族補償不支給等の取消しを求めた事案(母勝訴)
事案概要 : 出版社Aの営業、CD・ビデオ等の販売・レンタル会社B、印刷会社Cの営業職と職歴を重ねた労働者Dが、くも膜下出血を発症して死亡したのは業務上の事由に起因するものであるとして、Dの母親Xが、労働基準監督署長が決定した遺族補償給付及び葬祭料の不支給決定の取消しを求めた事案である。 東京地裁は、Dのレンタル会社Bにおける1か月当たり概ね80時間を優に超える時間外労働や、規則性に欠け1日5時間程度の睡眠時間さえ確保することができない就労実態、また店長代理として通常業務以外にも管理業務を行っていたほか店のリニューアルオープンという特別の業務が重なっていた業務内容は、他の期間における精神的負荷を大きく超える精神的負荷があったものであり、量的にも質的にも著しく過重なもので、その頃生じていた脳動脈瘤をその自然経過を超えて著しく増悪させ得る程度の負荷のある過重なものであったと認めるのが相当であるとした。その上で、Dはレンタル会社Bを退職後、印刷会社Cに就職するまで3か月間は全く仕事に就いていないから脳動脈瘤はB社退職時点において既にいつ破裂してもおかしくない状態にまで増悪していたと推認され、その増悪は、自然経過を超えて生じたものと認めるのが相当であるとして、B社における業務と疾病の発症及びこれによる死亡との間の相当因果関係を肯定して、不支給決定を取り消した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /業務起因性
労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /脳・心疾患等
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2011年4月18日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(行ウ)575
裁判結果 : 認容
出典 : 労働判例1031号16頁/労働経済判例速報2113号3頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐業務起因性〕
〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐遺族補償(給付)〕
 (3) 上記(1)、(2)に基づく検討
 ア 上記(2)の認定事実によれば、A’は、A’が甲社を退職した後乙社に就職するまでの約3か月間は全く仕事に就いていないから、この間にA’の脳動脈瘤に影響を及ぼし得る労働実態はないといえる。また、A’が乙社に就職してから死亡するまでの間の乙社におけるA’の労働時間(時間外労働を含む。)、業務内容等の就労状況についても、その内容及び上記(1)アの医学的知見に照らすと、A’の脳動脈瘤に明らかに影響を及ぼす程度の過重なものであったとは認められない。
 イ 他方、甲社におけるA’の労働時間(時間外労働を含む。)、勤務形態、業務内容の過重性については、以下のとおり評価できる。
 (ア) 時間外労働時間
 上記(2)イ(ア)dで認定した甲社におけるA’の労働時間によると、A’が甲社で就労した約19.2か月(入社日である平成10年8月1日から退職日である平成12年3月15日の期間からA’が有給休暇を取得した同月6日から同月15日までの期間を除いたもの)の月平均時間外労働時間は約60時間(1147時間23分÷19.2月≒59時間45分。分未満切捨て。以下同じ。)である。そのうち、川口2号店に勤務していた平成11年6月17日から退職日(上記と同様に、有給休暇を取得した期間を除く。)までの約8か月半の間の月平均時間外労働時間は81.5時間(693時間17分÷8.5月≒81時間33分)を超える。さらに、そのうち、川口2号店に勤務中で、上記(2)イ(ア)b(d)で認定した休憩時間が就労日1日につき30分程度しか取れなかった時期を主として含む同年6月17日から同年12月13日までの約6か月間の月平均時間外労働時間は87時間(522時間30分÷6月=87時間4分)を超えており、同年6月17日から同年11月13日までの約5か月間の月平均時間外労働時間は約91時間(456時間43分÷5月≒91時間20分)を超えており、同年6月17日から同年10月14日までの約4か月間の月平均時間外労働時間は95時間(381時間32分÷4月≒95時間22分)を超えている。
 以上のA’の時間外労働時間を上記(1)アの医学的知見に照らしてみると、A’は、甲社で就労していた間、業務と脳血管疾患の発症との関連性の検討の対象となり得る1か月当たり概ね45時間を優に超える時間外労働を行っており、特に川口2号店に異動してから以降は、業務と発症との関連性が強いと判断される1か月当たり概ね80時間を優に超える時間外労働を行っているのであるから、労働時間の観点からは、著しく過重なものであったと評価することができる。
 (イ) 就労実態
 上記(2)イ(イ)で認定した甲社におけるA’の就労実態によると、A’は、1回目の南越谷店から交替制勤務の店舗に勤務することとなり、1回目の南越谷店勤務時(期間B)は、当初は早番勤務を基調とする期間と遅番勤務を基調とする期間に分かれていたが(期間B‐1・2)、後半約2か月は早番勤務と遅番勤務が混在するようになり、(期間B‐3・4)、遅番勤務が終了した日に早番勤務を行うという形態の勤務にも就いた。川口2号店勤務時(期間C)は、当初の3か月間は遅番勤務を基調とする期間が続いたが(期間C‐1~3)、その後、早番勤務を基調とする期間が続いた後(期間C‐4)、再び遅番勤務を基調とする勤務となり(期間C‐5~7)、遅番勤務が終了した日に早番勤務を行うという形態の勤務にも就いた。同店での勤務期間を通じて、早番勤務の日も残業のある日が殆どであり、その多くが午後10時以降まで残業し、遅番勤務の日の終業時刻も翌日の午前0時を大きく上回る日が多かった。2回目の南越谷店勤務時の勤務形態は、川口2号店での勤務形態とほぼ同様のものであった。
 以上のA’の甲社における勤務形態は、規則性に欠ける交代制勤務であるということができ、それぞれの勤務時間の長さと上記(1)アの医学的知見に照らしてみると、睡眠と覚醒のリズムを阻害し、生活リズムを悪化させる危険性を有するものであったといわざるを得ない。そして、以上の点と上記(ア)で見たA’の時間外労働時間数を併せ検討すると、A’が週に2日ないし少なくとも1日の割合で休日を取得していたことを考慮してもなお、A’は、少なくとも川口2号店で勤務した以降、休日と休日の間の就労日には1日6時間程度の睡眠時間を確保することが困難な状態にあり、とりわけ川口2号店勤務時には、1日5時間程度の睡眠時間さえ確保することができない状態が続いたものと推認され、この間のA’の睡眠時間は絶対的かつ慢性的に不足していたということができる。
 (ウ) 業務内容
 川口2号店におけるA’の業務内容は、上記(2)イ(ア)b(d)のとおり、店長代理として、通常業務以外にも管理業務を行っていたほか、平成11年8月から同年9月にかけて川口1号店と川口2号店の統合、川口1号店のリニューアルオープンという特別の業務が重なっていたというのである。そうすると、この期間におけるA’の業務は、その余の期間における精神的負荷を大きく超える精神的負荷があったということができる。
 ウ 上記イの評価内容によれば、甲社におけるA’の業務、とりわけ川口2号店で勤務した以降の業務は、量的にも質的にも著しく過重なものであったというべきである。このことと上記(2)で検討した結果及び上記(1)アの医学的知見によれば、甲社におけるA’の業務は、A’に生じていた脳動脈瘤をその自然経過を超えて著しく増悪させ得る程度の負荷のある過重なものであったと認めるのが相当である。
 なお、本件疾病の原因となったA’の脳動脈瘤がいつ発生したのかを明らかにし得る証拠はないが、証拠(書証略)によれば、形成された脳動脈瘤は、殆ど破裂しないが血圧や血流ストレスに耐えられなくなったものが最終的に破裂すること、脳動脈瘤の発生からこれが破裂に至る過程に基づき、〈ア〉発生から数か月以内に破裂するタイプ、〈イ〉長期間かけて徐々にサイズを増大していく中で破裂するタイプ、〈ウ〉徐々にサイズを増大させるが、破裂しないで一生を終えるタイプ、〈エ〉発生した後もおそらく5mm以下の小さいままサイズを変えないタイプ、以上の4種類に分類することができ、平均観察期間が2年間を超えても〈エ〉のタイプが95%を占めているとの報告がされていることが認められる。以上のことと、A’の脳動脈瘤が破裂したものであることからすると、A’の脳動脈瘤は〈ア〉又は〈イ〉のタイプのものと考えられるが、その増悪についてA’の甲社における過重業務の影響を考える場合には、いずれのタイプであるかで結論は左右されるとは解されない。〔中略〕
 c 以上a及びbによれば、甲社退職後の非就労期間における疲労の回復の点は、甲社における過重業務により増悪したA’の脳動脈瘤自体を改善するものとはいえない。〔中略〕
 (5) 以上の検討によれば、A’が甲社で従事した業務は、量的にも質的にも著しく過重なものということができるのに対し、甲社以外の就労先における業務は過重なものではなく、A’には、本件疾病の発症について、業務以外の確たる危険因子は認められない。そうすると、A’の脳動脈瘤は、甲社退職時点において既にいつ破裂してもおかしくない状態にまで増悪していたと推認されるものであり、その増悪は、先に説示した甲社における過重な業務により、その自然経過を超えて生じたものと認めるのが相当である。