全 情 報

ID番号 : 08854
事件名 : 退職金請求(1号)、損害賠償請求(182号)事件
いわゆる事件名 :
争点 : 石炭・石油製品販売会社で横領を行った取締役兼経理責任者が退職金の支払を求めた事案(会社勝訴)
事案概要 :  石炭及び石油製品の販売等を業とする株式会社Yの取締役兼経理責任者を務めていたXが、退職金の支払を求め、他方、Xが会社の金員を横領したとしてYが不法行為に基づく損害金の支払を求めた事案である。  福岡地裁小倉支部は、Xの9度にわたる一連の着服・横領行為をひとつひとつ認定し、Xに対し、不法行為に基づく損害賠償計821万円の支払を命じた。そのうえで、Xの退職金請求については、横領をはじめとするXの行為は、自己が担当していた経理に関する著しい背信行為であったとして、Xの退職金請求は権利の濫用に当たると断じた。
参照法条 : 民法1条
労働基準法11条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /労働者の損害賠償義務・求償金債務
賃金(民事) /退職金 /退職金請求権および支給規程の解釈・計算
裁判年月日 : 2011年2月8日
裁判所名 : 福岡地小倉支
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ワ)1/平成19(ワ)182
裁判結果 : 棄却(1号)、一部認容、一部棄却(182号)
出典 : 判例時報2120号130頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐労働者の損害賠償義務・求償金債務〕
〔賃金(民事)‐退職金‐退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 一 乙事件の損害賠償請求について
 事案にかんがみ、乙事件の損害賠償請求から検討することとする。
 (1) 本件行為一について〔中略〕
 ウ 横領について
 上記アのとおり、原告は、平成一五年四月一日から同一六年一二月三一日までの間、数回にわたり被告の小口現金の中から合計一四〇万円を出金した。
 しかして、原告は、上記の一四〇万円について「社員による内部犯行や紛失金です。そういう不足金が発生しました。乙山株式会社のガソリンスタンド等で発生した金銭の不足金を私個人の預金等を会社に貸し付けて、その不足金を補填してきました。その貸付金を回収するために、架空科目を作成し、架空経費を発生させ、乙山株式会社より回収しました。」などと発言しながら、松夫及び花子が欠損金の内訳や貸付金の内訳を明確にした書類の提出を求めたのに対し、これに応じなかった。そして、上記イのとおり、松夫及び花子は、原告の報告した経過を承諾しなかったのである。
 上記経過によれば、原告は、上記の一四〇万円を横領したと認めるのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠はない。
 エ 小括
 以上のとおりであるから、原告は、民法七〇九条に基づいて、被告に対し、一四〇万円を賠償すべき義務を負ったというべきである。
 (2) 本件行為二について〔中略〕
 イ 横領について
 上記アの経過によれば、原告は、平成一六年五月二七日から同一七年五月一三日までの間、被告のコンピュータ上の会計帳簿に虚偽の仕訳データを入力し、あるいは真実の仕訳データを入力しないことによって合計一四万円のうち九万円につき仮払金返還債務を不正に免れ、五万円につき自己の用途に供するため着服して横領したと認めるのが相当である。
 なお、原告は、花子が手書きで記載して管理していた現金出納帳が不正確であるかのように主張するが、上記ア(ウ)のような伝票の点に照らして、採用することができない。
 ウ 小括
 以上のとおりであるから、原告は、民法七〇九条に基づいて、被告に対し、一四万円を賠償すべき義務を負ったというべきである。
 (3) 本件行為三について〔中略〕
 ウ 横領について
 (ア) 上記アの経過によれば、他に特段の事情のない限り、原告は被告のコンピュータ上の会計帳簿に虚偽の仕訳データを入力することによって合計四二万円を自己の用途に供するため着服して横領したというべきである。
 (イ) この点につき、原告は、遅くとも平成一五年八月二五日までに松夫、花子及び税理士に毎月の給料日に賞与の一部を仮払金として支給してくれるよう依頼したところ、上記三名が、これを承諾して、同日から同一六年三月二三日までの間、合計一〇回にわたり仮払金として合計三〇万円を支払った上、その後、同月に経営不振による資金繰り難から他の従業員に賞与を支給することができなかったことに鑑みて、上記仮払金を雑費として処理することを指示し、これを受けて、原告が上記ア(イ)〈1〉のとおりの記載をした旨主張する。
 しかしながら、会社がある使用人兼取締役のみに対して毎月の給料日に賞与の一部を仮払金として支給するということ自体、いささか不自然といえるばかりでなく、賞与の支給を雑費として経理処理すれば最悪の場合には脱税に加担したものとして法的責任を追及されることが予想されたはずであるところ、原告のみに対する賞与の支給を維持するために、そのようなリスクを伴う指示まですることは、被告にとって合理性のないこと著しく、容易に想定し難い。
 他に、本件全証拠を検討してみても、上記の原告の主張するような事実を認めるに足りる証拠はない。
 (ウ) 上記(イ)のとおりであるし、他に、本件全証拠を検討してみても、上記(ア)にいう特段の事情があると認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告は合計四二万円を自己の用途に供するため着服して横領したと認めるのが相当である。
 エ 小括
 以上のとおりであるから、原告は、民法七〇九条に基づいて、被告に対し、四二万円を賠償すべき義務を負ったというべきである。
 (4) 本件行為四について〔中略〕
 ウ 横領について
 上記アの経過によれば、同(ウ)ないし(カ)の一連の経理処理は、被告のコンピュータ上の会計帳簿の操作方法を把握していた被告内部の誰かが、同(ア)の出金の事実を隠匿するために行ったものであることが明らかである。
 問題は、上記経理処理を行った者が被告内部の誰であるかである。
 しかして、弁論の全趣旨によれば、被告において、コンピュータ上の会計帳簿を操作し管理していた者は、花子、他の経理部職員を除き、原告であったことが認められる。
 しかるところ、弁論の全趣旨によれば、花子は、決算書の作成方法や年間を通しての経理業務の流れ等についての知識を有しておらず、コンピュータ上の会計帳簿に関しても、各帳簿の期首残高の登録方法や補助科目の設定方法、仕訳入力でよく用いられる摘要をコード化する方法等についての知識を有していなかったことが認められるから、上記経理処理を行えたはずがない。また、他の経理部職員がこれらの知識を有していたことを窺わせる証拠も見当たらない。
 したがって、上記経理処理は、原告が行ったものであると認めるのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠はない。
 そうすると、原告は合計二五〇万円を自己の用途に供するため着服して横領したことになる。
 エ 小括
 以上のとおりであるから、原告は、民法七〇九条に基づいて、被告に対し、二五〇万円を賠償すべき義務を負ったというべきである。
 (5) 本件行為五について〔中略〕
 イ 横領について
 上記アの経過によれば、同(ウ)ないし(オ)の一連の経理処理は、被告のコンピュータ上の会計帳簿の操作方法を把握していた被告内部の誰かが、同(ア)の出金の事実を隠匿するために行ったものであることが明らかである。
 しかして、原告が上記経理処理を行ったものであると認めるのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠がないことは、上記(4)ウに説示したところと同様である。
 そうすると、原告は合計五〇万円を自己の用途に供するため着服して横領したことになる。
 エ 小括
 以上のとおりであるから、原告は、民法七〇九条に基づいて、被告に対し、五〇万円を賠償すべき義務を負ったというべきである。
 (6) 本件行為六について〔中略〕
 ウ 横領について
 上記アの経過によれば、同(ウ)ないし(オ)及び(キ)ないし(サ)の一連の経理処理及び入出金は、丙川社及び旧乙山社のコンピュータ上の会計帳簿の操作方法を把握していた被告内部の誰かが、同(ア)の出金の事実を隠匿するために行ったものであることが明らかである。
 しかして、原告が上記経理処理を行ったものであると認めるのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠がないことは、上記(4)ウに説示したところと同様である。
 そうすると、原告は五〇万円を自己の用途に供するため着服して横領したことになる。
 エ 小括
 以上のとおりであるから、原告は、民法七〇九条に基づいて、被告に対し、五〇万円を賠償すべき義務を負ったというべきである。
 (7) 本件行為七について〔中略〕
 ウ 横領について
 上記アの経過によれば、同(ウ)、(エ)の一連の経理処理は、被告のコンピュータ上の会計帳簿の操作方法を把握していた被告内部の誰かが、同(ア)の出金の事実を隠匿するために行ったものであることが明らかである。
 しかして、原告が上記経理処理を行ったものであると認めるのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠がないことは、上記(4)ウに説示したところと同様である。
 そうすると、原告は合計一〇〇万円を自己の用途に供するため着服して横領したことになる。
 エ 小括
 以上のとおりであるから、原告は、民法七〇九条に基づいて、被告に対し、一〇〇万円を賠償すべき義務を負ったというべきである。
 (8) 本件行為八について〔中略〕
 イ 横領について
 上記アの経過によれば、同(ウ)ないし(オ)の一連の経理処理は、被告のコンピュータ上の会計帳簿の操作方法を把握していた被告内部の誰かが、同(ア)の出金の事実を隠匿するために行ったものであることが明らかである。
 しかして、原告が上記経理処理を行ったものであると認めるのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠がないことは、上記(4)ウに説示したところと同様である。
 そうすると、原告は合計九五万円を自己の用途に供するため着服して横領したことになる。
 ウ 小括
 以上のとおりであるから、原告は、民法七〇九条に基づいて、被告に対し、九五万円を賠償すべき義務を負ったというべきである。
 (9) 本件行為九について〔中略〕
 ウ 横領について
 上記アの経過によれば、同(イ)ないし(オ)の一連の経理処理は、被告のコンピュータ上の会計帳簿の操作方法を把握していた被告内部の誰かが、同(ア)の出金の事実を隠匿するために行ったものであることが明らかである。
 しかして、原告が上記経理処理を行ったものであると認めるのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠がないことは、上記(4)ウに説示したところと同様である。
 そうすると、原告は合計八〇万円を自己の用途に供するため着服して横領したことになる。
 エ 小括
 以上のとおりであるから、原告は、民法七〇九条に基づいて、被告に対し、八〇万円を賠償すべき義務を負ったというべきである。〔中略〕
 (11) 以上によれば、被告が原告に対して賠償すべき損害は合計八二一万円となる。
 上記の合計八二一万円の損害賠償債務は、不法行為に基づくものであるから、その遅延損害金の起算日は各不法行為日とすべきである。〔中略〕
 (2) 原告の退職金請求が権利の濫用に当たるといえるか否かについて
 ア 業務上横領
 前提事実及び上記一の認定事実によれば、原告は、平成一一年七月一日から丙川社の経理責任者を務め、同五年ころから旧乙山社の経理も見てきたこと、しかるに、同一八年三月三一日に被告を退職するまで、被告(丙川社及び旧乙山社を含む。)の資金の中から合計八二一万円を自己の用途に供するため着服して横領したことが認められる。
 イ 本件物品の持出し
 (ア) 前提事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、少なくとも被告を退職することが決定した平成一八年一月二四日ころまでは、本件物品を保管していたこと、被告においては、会社の物品を故なく持ち出し又は持ち出そうとしたことが明らかであってその情が重いことは懲戒解雇事由になっていたにもかかわらず、原告は、被告を退職した後も、本件物品を返却しないことが認められる。
 (イ) 上記(ア)の認定について
 上記(ア)の認定に反し、原告は、被告を退職することが決定した平成一八年一月二四日ころから同年三月三一日までの間に、後任の花子に対し、本件物品を順次引き継いだ旨主張する。
 しかしながら、この点に関する原告の主張は、具体的な引継ぎの状況の指摘をしないまま、単に引き継いだと主張するだけのものであって、必ずしも明確なものではない。
 かえって、≪証拠略≫によれば、上記一(10)のとおり、原告が、平成一七年七月ころ、株式会社丁川の戊原に依頼して、丙川社及び旧乙山社の同一〇年度から同一三年度までの会計データを削除したことが認められるのであって、その行為内容は、原告が、本件物品をも隠匿する意思を有していたことを強く窺わせる。
 他に、本件全証拠を検討してみても、上記(ア)の認定を覆すに足りる証拠はない。
 ウ 競業
 (ア) 前提事実に≪証拠略≫を総合すると、被告においては、承認を得ず在籍のまま他に雇用されることは懲戒解雇事由になっていたにもかかわらず、原告は、被告に無断かつ秘密裏に、有限会社丁原において、平成一二年七月一日から同年一二月三一日まで取締役を務め、有限会社乙山商事において、同一三年一二月三日から同一五年一二月一日まで取締役を務め、株式会社乙山商事において、同一七年二月二八日から代表取締役を務めてきていたこと、原告は、被告以外の上記三社から、平成一四年度に計二七一万九九五六円、同一五年度に計五六四万五八一九円、同一六年度に計四七五万八三二八円、同一七年度に計四八〇万一八六八円の給与所得を得たことが認められる。
 (イ) 上記(ア)の認定について
 上記(ア)の認定に反し、原告は、上記三社においては就労していない、原告の住民税算定の基礎となる給与所得が高額であるかのように経理処理されていたのは税金対策であったなどと主張する。
 しかしながら、原告は、被告が、平成一九年二月二〇日付け答弁書で、原告の住民税から計算すると他社から給与収入があった計算になるとの主張をした後も、同年四月二三日付け準備書面では上記の税金対策の点に全く言及しておらず、被告が、同年五月二九日付け準備書面で、「原告は、平成一四年度から平成一七年までの所得証明書を提出するべきである。」との主張をした後、同年九月五日付け準備書面で、初めて上記の税金対策のことに触れるに至ったものである(更にいえば、その内容も、一般論に言及するものにすぎない。)。
 上記のような経理処理は通常の処理とは異なるものであって記憶に残りやすいものであるといえるところ、これについて上記のような主張の経過をたどることは、真に上記のような税金対策をしたのであれば、容易に想定し難い。
 この点について、原告は、納得ができる合理的な反証をし得ていない。
 他に、本件全証拠を検討してみても、上記(ア)の認定を覆すに足りる証拠はない。
 エ 上記アないしウの経過によれば、原告は、被告(丙川社及び旧乙山社を含む。)に対し、自己が担当していた経理に関して著しい背信行為を行ったというべきである。
 したがって、原告の退職金請求は権利の濫用に当たるというべきである。