全 情 報

ID番号 : 08855
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 学校法人田中千代学園事件
争点 : 学校法人から懲戒解雇された嘱託職員の学務課長が、同解雇を無効として未払賃金等を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 :  服飾専門学校と短期大学を経営する学校法人Yから懲戒解雇された嘱託職員の学務課長Xが、懲戒解雇は無効であるとして未払賃金(役付手当を含む。)等の支払を求めた事案である。  東京地裁は、まずXY間の雇用契約上の地位について、期限の定めのない専任職員として雇用したものといわざるを得ず、就業規則を適用し懲戒解雇を行ったことは手続的にみて何ら問題はないとした上で、Xの行った内部告発行為は、専ら自らの身分を保全する意図の下、文科省OB役員の退陣運動に関し、週刊誌記者に対して内部告発を行ったものと認められ、就業規則の誠実義務等に著しく違反するものということができ、労契法16条に違反せず有効であるとした。また、懲戒解雇には公通保護法3条の適用があり、同条により本件懲戒解雇は無効である旨のXの主張は、本件内部告発事実はいずれも真実性ないし真実相当性が認められず、事業者であるYに通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足る相当の理由があるとはいい難く、これら記事を執筆した週刊誌記者及び同誌公刊元は、本件に関しその者に当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要と認められる者に該当しないとして、公通保護法3条が予定する「解雇」には当たらないとして、結局Xの請求を棄却した。
参照法条 : 労働契約法16条
公益通報者保護法3条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /内部告発
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /会社中傷・名誉毀損
裁判年月日 : 2011年1月28日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)23314
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働判例1029号59頁/労働経済判例速報2102号3頁
審級関係 :
評釈論文 : 清水弥生・労働法学研究会報62巻16号20~25頁2011年8月15日
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐内部告発〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐会社中傷・名誉毀損〕
 (2) 真実ないし真実相当性について
 ア 本件内部告発〈1〉について〔中略〕
 (ウ) よって、本件内部告発〈1〉に上記「真実性ないし真実相当性」を認めることはできない。
 イ 本件内部告発〈2〉について〔中略〕
 (ウ) よって、本件内部告発〈2〉に上記「真実性ないし真実相当性」を認めることはできない。
 ウ 本件内部告発〈3〉について〔中略〕
 (ウ) よって、本件内部告発〈3〉に上記「真実性ないし真実相当性」を認めることはできない。
 エ 本件内部告発〈4〉について〔中略〕
 (ウ) 以上によるとA顧問(A元理事長)が本件内部告発〈4〉にあるような発言を行った事実が認められるとしても、その発言がパワーハラスメントに当たるものとはいい難く、その意味において上記のとおり本件内部告発〈4〉には真実性を認めることはできないものというべきである(なお本件内部告発〈4〉は原告が自ら体験した事実に関するものであるから、真実相当性は問題とならない。)。
 オ 小括
 以上の次第であるから本件内部告発事実は、いずれも真実性ないし真実相当性が認められないものというべきである。
 (3) 目的の公益性について
 ア 上記(1)のイで指摘した内部告発一般の位置付けからみて、その目的の公益性が認められることが大原則とされるべきである。そうすると内部告発の目的として公益的要素とそれ以外の要素が併存する場合には、その主たる目的が公益的要素にあることが必要であると解するのが相当であるところ、本件内部告発の内容のほか、前記(2)のエ、(ア)で認定した事実によると確かに原告は、A元理事らによる被告学校法人の経営等に対して強い不満とそれなりの改革意識を有していたことが認められるものの、その一方で、本件内部告発に至る経緯等に照らすならば原告は、一応、本件雇用契約により被告の専任職員としての地位を確保することができたものと考えていたところ、平成21年2月下旬になって、いきなり被告から雇い止めを申し渡され、これを拒否したところ同年3月10日にはA顧問から厳しい叱責を受けるなどしたことが認められる。
 これらの経緯等に照らすと原告は、専ら自らの身分すなわち本件雇用契約上の地位を保全する意図の下、Bらの行っている文科省OB役員の退陣運動に賛同し、これに乗じて、偶さか知り合いになった週刊甲の記者に対して、本件内部告発を行うに至ったものと認めるのが相当である。
 イ そうすると原告は、少なくとも被告学校法人の経営改善等公益的要素を主たる目的として本件内部告発を実行したものとはいい難く、結局、本件内部告発に上記目的の公益性は認められないものというべきである。
 (4) 手段・態様の相当性
 以上のとおり本件内部告発は、真実性ないし真実相当性が認められない上、目的の公益性さえも認められないのであるから、その手段・態様の相当性を検討する必要性は全くないものと解されるが、ただ、本件内部告発は手段・態様の相当性の点でも、これを不相当とすべきであるので、以下念のため、この点を指摘しておく。
 すなわち労働者は雇用契約上使用者に対して上記誠実義務を負っているのであるから、仮に企業内に看過し難い不正行為が行われていることを察知したとしても、まず企業内部において当該不正行為の是正に向け努力すべきであって、これをしないまま内部告発を行うことは、企業経営に打撃を与える行為として上記誠実義務違反の評価は免れないものと解すべきであるところ、前記(2)のエ、(ア)で認定した事実によると原告は、平成21年3月中旬、偶さか知り合いになった週刊甲の記者に対して、いとも容易く本件内部告発〈1〉及び〈2〉に係る事実を告発するに至っており、真剣に被告内部における経営問題等の改善可能性を検討した形跡はうかがわれないばかりか、同月24日行われた評議員会理事会において、田中千代記念服飾文化研究センター(仮称)構想に賛意を示す理事等はなく、同構想は事実上頓挫したともいい得る状態が生じているにもかかわらず、原告は、上記週刊甲の記者に対して、自ら取材協力を申し出て、本件内部告発〈4〉に係る事実を告発するに及んでいる。
 これらの事情に照らすならば、原告は、被告学校法人の内部において、その経営改善等に向け然るべき努力をしようとしないまま本件内部告発に及んだものということができ、そうだとすると本件内部告発は、手段・態様の相当性にも欠けるものといわざるを得ない。
 (5) 結論
 以上の次第であるから本件内部告発は正当なものとは認められず、その違法性は阻却されない。
 そうだとすると前記(1)のアで指摘したとおり本件内部告発事実は、いずれも就業規則5条②号、③号及び⑩号に該当し、その性質及び態様等からみて上記誠実義務等に著しく違反するものということができ、してみると本件懲戒解雇は、懲戒解雇の対象となり得る「客観的に合理的な理由」があるものといえ、かつ「社会通念上相当であると認められない場合」には該当しない。
 なお原告は、被告は平成21年6月4日に原告に対し一応弁明の機会を与えてはいるが、その内実は、一方的に懲戒解雇事由に関する事情聴取に終始するものであって、真摯に原告の釈明に耳を傾けるようなものではなく、したがって、本件懲戒解雇は手続的相当性に欠けている旨主張するが、前記(2)のエ、(ア)、fで認定した上記6月4日の事情聴取における原告の弁明内容等からみて原告にはそれなりに必要な弁解の機会が与えられていたものといえ、本件懲戒解雇は手続的にみて不相当なものであるとまではいい難い。
 よって、本件懲戒解雇は、労契法16条に違反せず有効である。
 3 争点(2)について
 (1) 本件懲戒解雇は、前記2で検討したとおり、労契法15条に違反せず有効であるが、仮にそうであったとしても原告は、本件懲戒解雇には公通保護法3条の適用があり、同条により本件懲戒解雇は無効である旨主張する。
 (2) 本件内部告発が公通保護法3条によって保護されるための要件は、前記第2、4、(2)において指摘したとおりであるところ、そもそも公通保護法が保護の対象とする同法2条3項所定の「通報対象事実」とは、同法2条別表に掲記の通報対象法律において犯罪行為として規定されている事実と犯罪行為と関連する法令違反行為として規定されている事実に限定されており、通報対象法律以外の法律に規定された犯罪行為やその犯罪行為と関連する法令違反行為の事実、通報対象法律において最終的にその実効性が刑罰により担保されていない規定に違反する行為の事実は該当しないものと解されるところ、原告は、単に本件内部告発事実が任務違反行為であると主張するだけで、その法令違反行為が、いかなる通報対象法律において犯罪行為として規定される事実と関連する法令違反行為であるのかを全く明らかにしていない。
 また、この点は一応措くとしても、本件内部告発事実は、前記1の(2)で詳細に検討したとおり、いずれも真実性ないし真実相当性が認められず、「事業者である被告に通報対象事実(公通保護法2条3項)が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足る相当の理由」(前記第2、4、(2)に記載の〈2〉の要件)があるとはいい難い。しかも本件内部告発先の週刊甲の記者は、前記1の(2)、エ、(ア)で認定したとおり、本件内部告発事実について原告から実名報道の了解を得ただけで、被告に対する反対取材(本件内部告発の裏付け取材)を全く行わないまま本件週刊誌を発刊しており、このような報道姿勢は極めて誤報を生む危険性の高いものであることはいうまでもない。そうだとすると以上のような取材手法に基づき本件各記事を本件週刊誌上に執筆した上記週刊甲の記者ないしは同誌の公刊元は、少なくとも本件に関する限り、「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」(〈3〉の要件)には当たらないものというべきである。
 (3) 以上の次第であるから本件懲戒解雇に公通保護法3条の適用があるとする原告の上記主張は失当ないし理由がなく、採用することはできない。