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ID番号 : 08859
事件名 : 障害補償給付等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 国・橋本労働基準監督署長(和歌山銀行)事件
争点 : 被殻出血により左上下肢不全麻痺となった銀行員が障害補償給付不支給決定の取消しを求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 :  銀行員である労働者Xが、勤務先において右被殻出血を発症し左上下肢不全麻痺となったのは、その従事する業務に存した過重負荷に起因するものであるとして労災保険法に基づく障害補償給付の請求をしたところ、不支給処分を受けたため、その取消しを求めた事案の控訴審である。  第一審和歌山地裁は、業務と疾病との間に相当因果関係が認められるとして請求を認容。国が控訴。  第二審大阪高裁は、Xには、本件疾病発症の約2か月前以降は降格処分等によって精神的負担を感じていたということはできるものの、労働時間の点では業務による明らかな過重負荷があったわけではなく、他方、脳内出血の最大のリスクファクターである高血圧がみられ、Ⅲ度高血圧と診断されていた上、肥満や喫煙習慣といったその他のリスクファクターもあり、しかも、本件疾病発症前3日間の休日においては睡眠を十分に取ることなく韓国旅行を楽しんでいたものであり、被殻出血は、Xがもともと業務とは無関係に有していた脳内出血の私的なリスクファクターに肉体的疲労が引き金となって発症したものと考えるのが合理的であり、業務による明らかな過重負荷が加わって血管病変等の基礎的病態が自然的経過を超えて著しく増悪したものではないから、業務と疾病との相当因果関係を認めることはできないとして原判決を取り消し、Xの請求を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法1条
労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条の8第2項
労働基準法77条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /業務起因性
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /障害補償(給付)
裁判年月日 : 2011年1月25日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(行コ)24
裁判結果 : 原判決取消、認容
出典 : 労働判例1024号17頁
審級関係 : 一審/和歌山地平成22.1.12/平成19年(行ウ)第9号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐業務起因性〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐障害補償(給付)〕
 3 本件疾病の業務起因性
 (1) 業務起因性の判断基準
 ア 労災保険法に基づく補償は、労働者の業務上の災害に対して行われるものであり、業務上の疾病に当たるためには、業務と疾病の間に相当因果関係があることが必要であると解される(最高裁第二小法廷昭和51年11月12日判決・裁判集民事119号189頁参照)。
 そして、労災保険制度が労働基準法の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすると、相当因果関係が認められるには、当該疾病が、当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価できることが必要であると解される。
 イ ところで、脳血管疾患の発症は、血管病変、動脈瘤、心筋変性等の基礎的病態が前提となり、これが長い年月をかけて徐々に進行し、増悪するといった自然経過をたどり、発症に至るものとされており、基礎的病態の形成、進行及び増悪には、加齢、食生活、生活環境等の日常生活における諸要因や遺伝等の個人に内在する要因が密接に関連するとされている(〈証拠略〉)。このような医学的知見を前提にすると、脳血管疾患の発症について業務との間に相当因果関係が認められるには、業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等の基礎的病態が自然的経過を超えて著しく増悪し、脳血管疾患が発症したと認められる必要があると解するのが相当である。
 ウ これに関し、厚生労働省労働基準局長によって新認定基準が策定されており、その内容は上記第2、3(3)に記載のとおりである。新認定基準は、裁判所の判断を拘束するものではないが、厚生労働省からの依頼を受けた医師を中心とした専門家集団による検討の結果を取りまとめた専門検討会報告書(〈証拠略〉)を踏まえて策定されたものであるから、その内容には相当程度の合理性があると認められる。
 エ そこで、以下では、本件において、新認定基準の定める業務による明らかな過重負荷(異常な出来事、短期間の過重業務及び長期間の過重業務)が認められるかを検討した上、他のリスクファクター等について検討し、本件疾病の業務起因性を検討することとする。
 (2) 過重業務への就労の有無
 ア 労働時間等
 本件疾病発症から6か月前までの被控訴人の労働時間は、上記2(8)のとおりである。
 (ア) 本件疾病発症前1週間の総労働時間数は50時間3分、時間外労働時間数は10時間3分である。そして、発症前の3日間は休日であり、被控訴人は韓国旅行に行っていたのであるから、被控訴人が新認定基準における短期間の過重業務に就労したということはできない。
 なお、被控訴人は、平成10年6月8日以降、拘束時間の長い勤務であった旨主張するが、本件においては、業務の過重性を判断するに当たり、労働時間や時間外労働時間の長さ以外に、拘束時間の長さについて別途考慮する必要があるとは認められない。
 (イ) 本件疾病発症の6か月前の期間については、発症前3か月目が40時間21分であるのを除き、5か月にわたって1か月当たり45時間を大幅に上回る時間外労働があり(6か月の平均で73時間30分)、特に発症前6か月目では93時間5分にも及ぶ時間外労働があったことになるから、被控訴人の業務と本件疾病発症との一定程度の関連性があったということができる。
 もっとも、発症前1か月目の時間外労働時間が77時間58分で100時間に達しておらず、かつ、発症前2か月間ないし6か月間における1か月当たりの平均が80時間を超えることはなかったのであるから、上記関連性が強いものであったとまではいえない。
 イ 精神的緊張を伴う業務
 上記1(1)(2)のとおり、被控訴人は、本件疾病発症の6か月前までの間に、まず平成10年2月付けでA支店からB支店に転勤し、初めて支店長代理に就任したが、まもなくA支店時代の不祥事が発覚し、同年6月8日付けで降格処分を受けて、B支店の貸付係長に就任しており、短期間の内に2度の異動があり、降格処分まで受けている。そして、支店長代理の業務や貸付部門の業務は、被控訴人にとって初めての経験で責任も重く、不慣れな業務による精神的負担があったと推認される。
 また、上記降格処分についても、これが17人しか従業員のいないB支店内でなされたこと(〈証拠略〉)等の事情を考慮すると、降格処分による被控訴人への精神的負荷は大きかったと考えられ、降格処分前にも度重なる本店への呼び出しや、本社の営業推進部の部長等による責任追及により、被控訴人が自らの地位等に大きな不安を抱いたことも十分考えられる。
 ウ その他の要因
 新認定基準は、業務の過重性を評価するための負荷要因として、上記ア及びイの他に、不規則な勤務、出張の多い勤務、交替制勤務・深夜勤務及び作業環境を挙げているが、これらの要因に関して、本件で特に考慮すべき事実は認められない。
 エ 小括
 以上の被控訴人の労働時間及び業務内容等を総合考慮すると、本件疾病発症の約2か月前以降は降格処分等による精神的負担は大きいものがあったということができるものの、労働時間の点では長期間の過重業務に就労していたとまではいえない。〔中略〕
 (4) 業務起因性の有無
 以上の検討によれば、被控訴人は、本件疾病発症の約2か月前以降は降格処分等によって精神的負担を感じていたということはできるものの、労働時間の点では短期間の過重業務及び長期間の過重業務のいずれにも就労していたとはいえないから、業務による明らかな過重負荷があったということはできない。
 他方、被控訴人には、遅くとも平成6年以降、脳内出血の最大のリスクファクターである高血圧がみられ、平成8年以降は、Ⅲ度高血圧と診断されていた上、肥満や喫煙習慣といったその他のリスクファクターもあり、しかも、本件疾病発症前3日間の休日においては睡眠を十分に取ることなく韓国旅行を楽しんでいたのである。
 そうすると、被控訴人の右被殻出血は、被控訴人がもともと業務とは無関係に有していた脳内出血の私的なリスクファクターに韓国旅行での肉体的疲労が引き金となって発症したものと考えるのが合理的であり、業務による明らかな過重負荷が加わって血管病変等の基礎的病態が自然的経過を超えて著しく増悪したものとは認められない。
 なお、被控訴人は、平成9年11月6日に実施された健康診断個人票によると、肥満体、高血圧症及び高脂血症であり、「要経過観察」とされていたが、この健康診断個人票は、会社から被控訴人に交付されたことはなく、再検査の指摘もなかったので、被控訴人は治療機会を喪失した旨主張するが、上記1(5)アのとおり、本件銀行では1年に1度健康診断が実施され、その結果は本人に知らされていたのであるから、被控訴人の上記主張は理由がない。
 (5) 以上によれば、本件疾病は、被控訴人の業務に内在する危険が現実化したものと評価することはできず、被控訴人の業務と本件疾病との相当因果関係を認めることはできないから、被控訴人に対して労災保険法に基づく障害補償給付を支給しない旨の本件処分は適法であり、その取消しを求める被控訴人の請求は理由がない。