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ID番号 : 08861
事件名 : 出勤停止処分無効確認等請求事件
いわゆる事件名 : R大学(ハラスメント)事件
争点 : 国立大学准教授がハラスメントによる出勤停止処分を無効として賃金等の支払を求めた事案(准教授一部勝訴)
事案概要 :  国立大学の准教授Xが、学生に対してハラスメント行為をしたなどとして、6か月の出勤停止処分に付されたことにつき、懲戒事由の不存在等を主張し、処分無効の確認及び出勤停止期間中の未払賃金及び賞与等の支払を求めるとともに、大学側が処分をしたこと自体及び報道機関への発表により精神的苦痛や研究室からの私物の搬出入の費用の支出を余儀なくされる被害を被ったとして、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料等)の支払を求めた事案である。  金沢地裁は、大学の処分について、懲戒事由に該当する言動があったことを認めた上で、当該事由が大学での懲戒処分標準例の出勤停止事例に直接該当せず、出勤停止処分に相当する行為であったとは認められないこと、また、これまで処分を受けた経歴がないうえに反省の意を示している以上、処分は重過ぎ、懲戒権に関する裁量を逸脱しているというべきであって無効であると判示した。  その上で、賃金、賞与及び諸費用の支払を認めたが、慰謝料については、Xが被った精神的苦痛は懲戒処分が無効であることを確認され、懲戒処分中の賃金が支払われることにより慰謝されるのが通常であり、なお償えない特段の精神的苦痛を生じているとは認められないとして斥けた。
参照法条 : 労働契約法15条
民法709条
民法710条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /暴力・暴行・暴言
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2011年1月25日
裁判所名 : 金沢地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(ワ)667
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1026号116頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-暴力・暴行・暴言〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 (4) 処分の相当性
 ア 前述したとおり、被告が挙げる懲戒事由のうち、〈1〉原告がA1に対し、「先生から電話があったことが分かったらどうしてすぐに折り返し電話をしないのか」、「このような事態を招いたのは、リーダーであるあなたの責任」、「明日リーダーであるあなたが一人で来なさい」と述べたこと及び〈2〉B1が原告に診断書を提出した際の原告のB1の発言及びその後B1に本件卒業研究に関するメールを送付したことについては懲戒事由にあたるが、その余については、懲戒事由に該当する事実は認められない。
 そこで、認定された上記懲戒事由〈1〉〈2〉について、本件処分を課すことにつき裁量の明白な逸脱があるか否かを検討する。
 被告では、懲戒処分として、譴責、減給、出勤停止、諭旨解雇及び懲戒解雇を規定しているところ、上記懲戒事由〈1〉は、原告が外部の被験者の協力を得て行っていた研究にボランティアで参加していた19年学生が、急遽、全員で辞める旨申し入れたことを契機としてされたやりとりに関するものであり、上記懲戒事由〈2〉は、負担感を訴える学生に卒業研究作業の指示をしたというものであって、いずれも直ちに犯罪行為に該当するようなものではなく、被告の懲戒処分標準例(懲戒規程3条2項)の出勤停止事例に直接該当するとは解されないこと、原告がこれまでに何らの懲戒処分を受けたことがないのみならず、就業規則73条の訓告や厳重注意も受けたことがないのであって、訓告、厳重注意、譴責ないし減給によって原告の改善がおよそ期待できないような事情は本件記録上窺えないこと(面談の際に教員と学生との関係について言及された原告は、今後のこととして注意したい旨応え、学生が体調を崩したことに関しては、いろいろと配慮が足りなかったと思い、反省している旨述べている(〈証拠略〉)。及び本件処分が6か月間に及ぶ長期間の出勤停止処分であって、大学教員としての活動ができないのみならず、その間の収入を絶つものであることを考慮すると、上記懲戒事由〈1〉〈2〉に該当する事実の存在を前提としても本件処分をすることは、懲戒手続の際の原告の対応を考慮してもなお重きに失し、被告が懲戒権に関する裁量を逸脱しているというべきである。
 イ 被告は、本件処分の「審査決定の理由」に、懲戒事由〈1〉及び〈2〉のほか、原告がハラスメントの事実を否定していること、監督者からの再三の注意にも耳を貸さなかったこと、他にも被害者があったと推測されたこと等をあげている。
 しかし、ハラスメントの事実を否定することが直ちに懲戒事由となるものではないことは、上述のとおりである。また、監督者からの再三の注意にも耳を貸さなかったとする点は、当該注意の内容や注意に至る経緯等が必ずしも判然としないのみならず、訓告や厳重注意としてされたものではないため、そのような事実があったとしても、これを過大視するのは相当ではない。さらに、審査決定の理由には、他にも被害者があったと推測されることが挙げられているが、適正な手続を経て、証拠により認定された事実ではなく、憶測の域を出ないものであって、このような理由を処分量定の理由にすることは相当ではない。
 ウ よって、本件処分は、その余の点について判断するまでもなく、無効である。
 3 争点3(給与及び賞与請求権の有無)について
 (1) 給与について
 前記のとおり、本件処分は無効であるから、原告は、被告に対し、平成20年6月から同年10月までの賃金請求権を有している。
 そして、第2、1(7)及び(8)ア記載のとおり、平成20年2月ないし4月までの原告の平均賃金は、月額48万2742円であり、給与の支給日は毎月17日であるから、原告は、被告に対し、主文2項(1)及び同(2)のとおりの賃金及び給与支給日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金請求権を有している。
 よって、本件賃金請求は、理由がある。
 (2) 賞与について
 第2、1(7)及び(8)イ記載のとおり、被告では、平成20年6月30日に成績率72%から103%の範囲で賞与を支給しており、原告について成績率72%の場合、109万8414円となるところ、前記のとおり、本件処分は無効であるから、原告は、被告に対し、主文2項(3)のとおり、109万8414円の賞与請求権及びこれに対する支給日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金請求権を有している。
 よって、本件賞与請求は、理由がある。
 4 争点4(不法行為の成否)について
 (1) 慰謝料について
 一般に、懲戒処分された従業員が被る精神的苦痛は、当該懲戒処分が無効であることを確認され、懲戒処分中の賃金が支払われることにより慰謝されるのが通常であり、これによってもなお償えない特段の精神的苦痛を生じた事実が認められるときにはじめて慰謝料請求が認められると解するのが相当であるところ、原告には懲戒事由該当事実が存在することもあわせ考慮すれば、本件について、このような特段の事実は認められないから、本件処分を不法行為にあたるとして慰謝料の支払を求める原告の請求は、理由がない。
 この点につき、原告は、本件処分が無効であるにもかかわらず、本件処分を強行したことによる不法行為だけではなく、被告が本件処分を記者会見により発表したことも不法行為であると主張する。
 しかし、原告の主張する事由は、前記認定事実の下において、いずれも本件処分が無効であることが確認されること及び原告には上述した懲戒事由該当事実自体は存在することを踏まえると、本件処分の無効が確認され、本件処分による出勤停止期間中の賃金が支払われることによっても償えない特段の精神的苦痛を生じているとまでは解されないから、この点に関する原告の主張には理由がない。
 さらに、原告は、本件処分の結果、原告は研究室から退去しなければならなくなったこと及び平成20年度科学研究費補助金338万円も執行されなかったこと(争いがない。)により、原告の研究活動が妨害され、精神的損害が生じたとして、その慰謝料の支払を求めているが、原告の研究活動に関して前記認定の限度で懲戒事由が認められること、原告が、園芸療法の研究に関する高齢者の屋外作業につき、倫理委員会の手続を十分に履践していなかったこと(〈証拠略〉)、原告の研究及び学生に対する指導の手法につき、教育効果とボランティアとの名分の下、自己の研究の手足として学生を使役していると受け止められかねない余地があったことや原告の言動について(その思いに反して)しばしば一方的になる憾みがなくもないことなど、改善が望まれる点も窺えること等、本件にあらわれた一切の事情を総合勘案すると、賃金や賞与の支払以上に慰謝料の支払を相当とする特段の事情があるとはいえず、この点に関する原告の主張は理由がない。
 (2) 研究室からの私物の搬出・搬入費用
 前述したとおり、本件処分は無効であるところ、原告は、第3、1(3)ク記載のとおり、本件処分を受けたため、平成20年5月末ころ、研究室から私物を搬出することを余儀なくされ、その搬出費用として3万7800円を支出し、本件処分の期間満了後に研究室から持ち出した私物を再び研究室に搬入する必要があり、同額の費用が必要となった。
 よって、原告には、被告の不法行為により、上記合計額の7万5600円の損害が生じていると認められる。