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ID番号 : 08867
事件名 : 懲戒処分無効確認等請求事件
いわゆる事件名 : Xファイナンス事件
争点 : 電気機械器具等割賦販売会社の従業員がセクハラ発言を理由とする譴責処分の無効を争った事案(労働者敗訴)
事案概要 :  電気機械器具等割賦販売・信用保証等を業とする会社Yの従業員Xが、セクハラ発言等を理由とする譴責処分は無効であるとして、処分の無効確認、社内メールによる謝罪広告及び慰謝料等の支払を求めた事案である。  東京地裁は、本件発言が確かにあったことを認定した上で、発言のセクシャルハラスメント該当性について、自らの不用意な発言により女性社員に不快感を覚えさせないよう配慮する義務があったというべきであるにもかかわらず、Xは女子社員に対し配慮を欠いた発言をし、性的な不快感を覚えさせたのであるから、Xによる本件発言は、性的な嫌がらせをする意図ないし故意を有しないものであったとしても、相手方の意に反する性的言動、すなわちセクシャルハラスメントに該当すると評価するのが相当であると判示した。その上で、譴責処分の社会的相当性について、懲戒処分に際して求められる適正手続を尽くしておらず無効である旨の主張を本処分は適正な手続きを経ているとして斥け、過失行為に対し懲戒処分を課した社会的相当性の問題についても、発言に至る諸経緯等並びに譴責処分がYにおける懲戒処分の中でも最も軽度なものであることに照らせば、譴責処分が社会的相当性を欠き、懲戒権の濫用に当たるとまで解することはできないとして、Xの請求をいずれも棄却した。
参照法条 : 労働契約法15条
民法709条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /信用失墜
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2011年1月18日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ワ)18302
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働判例1023号91頁/労働経済判例速報2102号14頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐信用失墜〕
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 第3 当裁判所の判断
 1 原告による本件発言の有無及び本件発言のセクシャルハラスメント該当性(争点(1))について
 (1) 前記前提事実及び証拠(証拠略)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実を認めることができる。
 ア 原告は、平成20年2月に世田谷事業所に異動後、同年3月末までは、A社の営業部レンタルグループに配属され、同グループの業務を担当していた(証拠略)。
 原告は、仕事に対して厳しい考え方を持っていたことから、当時、同グループ所属の複数の女性の派遣社員が、10~20分も遅刻してくるにもかかわらず、注意等もされず放置されていることについて、厳しい見方をしていた(証拠略)。
 イ 原告は、同年4月にA社の第2業務部債権管理グループに配属換えとなり、同グループの業務を担当することとなった(証拠略)が、同グループに所属する同僚の女性従業員(派遣社員を含む。)は、原告について、女性従業員に対しては厳しい対応をする人であるとか、高圧的な印象があるといった評価をしていた(書証略)。
 ウ そうした中、同年7月18日ころ、原告は、机を挟んで原告の向かい側の席に配置されていた女性社員(以下「B女性社員」という。)が、原告が担当する業務についてミスを犯したことから、原告は、B女性社員に対し、周囲にも聞こえるような大声を出して、強い口調で注意をした。B女性社員は、当時、妊娠中であったが、原告の強い口調に耐えられずに泣き出し、トイレに逃げ込んだ後、その日はそのまま午後半休を取得して早退した(証拠略)
 エ 原告は、実母が胃がんの緊急手術を受けたことから、同7月21日から25日まで有給休暇を取得した(証拠略)。
 オ 同月28日ころの始業時間ころ、B女性社員が隣席の女性従業員と、妊娠中のB女性社員の体調などについて雑談をしていたところ、原告は、突然、その会話に割り込み、B女性社員に対し「腹ぼて」、「胸が大きくなった」などという本件発言をした。
 B女性社員は、原告の当該発言により性的な不快感を覚えたが、上記ウの出来事があったこともあり、原告に言い返すこともできず、その場は笑ってやり過ごした。(書証略)
 カ その後、平成21年3月27日、B女性社員から被告の人事担当部署に対し、上記イ及びエの出来事を記載したファクシミリが送信された(書証略)が、B女性社員は、上記エの出来事について各セクシャルハラスメントであるとの申立てはしていない。
 キ 原告に対し本件譴責処分がされたのと同時に、原告の上司であるCグループ長及び資産管理グループ参事のE氏も管理監督責任を問われ、被告による口頭注意処分を受けた(書証略)。
 (2) これに対し、原告は、本件発言の存在を否認し、前記第2の2(1)イのとおり主張する。
 しかしながら、原告が本件発言をしたことについては、B女性社員作成の陳述書(書証略)及びファクシミリ文書(書証略)に加え、複数の目撃者の陳述書(書証略)によって裏付けられており、これを十分に認めることができると言うべきである。
 原告は、被告提出に係る上記各陳述書等は反対尋問を経ないものであって信用性に乏しい旨論難するが、本件発言は、「腹ぼて」という特殊な語を含むものであり、原告主張のとおり、これが原告の出身地において「妊娠」ないし「妊婦」を意味する語として一般的なものなのであれば、むしろ、他ならぬ原告がその語を含む発言をしたものと認めるのが自然というべきであって、その点において、これと符合する上記各陳述書等の信用性を疑う余地はないというべきである。
 また、原告は、本件訴訟前の再三にわたる問い合わせに対し、被告が本件発言の具体的状況等を明らかにしなかったこと、本件訴訟に至るまで、被告は本件発言のされた日時は「7月初め」であり、詳細は明らかでないとしていたにもかかわらず、本件訴訟において、突然、日時を特定してきたこと等は不自然かつ不合理であるとするが、本件譴責処分が、被告における懲戒処分の中でも最も軽度なものであることからすれば、本件訴訟前の社内処分の段階で、発言の具体的な日時や状況が判明していなかったとしても、格別、不自然ないし不合理であるということまではできない。さらに、原告は、本件譴責処分は原告が本件異動を拒否したことに対する嫌がらせであるとも主張するが、上記(1)キのとおり、原告と同時に原告の上司までもが注意処分を受けていることに照らせば、原告の当該主張は単なる憶測の域を出ないというべきである。
 (3) 進んで、原告が本件発言をしたことがセクシャルハラスメントに該当するか否かについて検討する。
 一般に、セクシャルハラスメントとは「相手方の意に反する性的言動」と定義されるところ、本件全証拠をもってしても、原告が本件発言をした際、B女性社員に対し、性的な嫌がらせをする意図ないし故意を有していたものとまでは認めるに足りないから、本件発言は、少なくとも原告の主観においては、B女性社員が妊娠しているとの事実及び妊娠によるB女性社員の身体の変化を指摘したにすぎないと見るのが相当である。その意味では、仮に、本件譴責処分が原告の故意による性的嫌がらせ行為があったことを理由とするものであるとすれば、失当と言うほかはない。
 しかしながら、上記(1)において認定したとおり、原告は、世田谷事業所に配属されて以後、女性従業員から、女性従業員に対しては厳しい対応をする人であるとか、高圧的な印象があるといった否定的な評価を受けていたと見られるところ(上記(1)ア及びイ)、特に、B女性社員については、その業務上のミスについて強い口調で注意をし、B女性社員がトイレに逃げ込むといった出来事(上記(1)ウ)が発生した直後であったのであるから、原告に嫌がらせの意図等がなかったとしても、原告の本件発言を受けたB女性社員が性的な不快感を覚えることは当然というべきであり、原告においても、自らの不用意な発言によりB女性社員に不快感を覚えさせないよう配慮する義務があったというべきである。
 にもかかわらず、原告は、B女性社員に対し、配慮を欠いた発言をし、B女性社員に性的な不快感を覚えさせたのであるから、原告による本件発言は、B女性社員に対し性的な嫌がらせをする意図ないし故意を有しないものであったとしても、相手方の意に反する性的言動、すなわち、セクシャルハラスメントに該当すると評価するのが相当である。
 (4) 以上のとおり、原告による本件発言は存在し、かつ、本件発言はセクシャルハラスメントに該当するというべきである。
 2 本件譴責処分の社会的相当性の有無(争点(2))について
 (1) 原告は、前記第2の2(2)アのとおり、本件譴責処分は、懲戒処分に際して求められる適正手続を尽くしておらず無効である旨を主張する。
 しかしながら、原告が、本件譴責処分前に事情聴取を受け、さらに、自ら申し出てD人事教育部長と面談の機会まで得ていることは、前記認定のとおりである(第2の1(3)及び(4))から、原告の上記主張は採用の限りではない。原告は、本件訴訟前の再三にわたる原告の問い合わせに対し、被告が本件発言の具体的状況を明らかにしなかったことを論難するが、譴責処分が被告における懲戒処分の中でも最も軽度なものであることからすれば、本件訴訟前の社内処分の段階で、発言の具体的な日時や状況が判明していなかったとしても、これをもって手続的な相当性を欠くものとまでは見ることができないと言うべきである。
 (2) ところで、前記1のとおり、本件発言は、原告の故意による性的嫌がらせ行為であるとまでは認定できないところ、過失行為が故意行為に比して、その違法性(社内規律の逸脱)の程度が軽微であることは言うまでもないから、本件譴責処分については、過失行為に対し懲戒処分を科したことの社会的相当性も問題となり得るが、前記1において認定した本件発言に至る諸経緯等並びに譴責処分が被告における懲戒処分の中でも最も軽度なものであることに照らせば、原告に対し本件譴責処分を科したことが、社会的相当性を欠き、懲戒権の濫用に当たるとまでは解することができない。