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ID番号 : 08882
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 医療法人健進会事件
争点 : 休職期間満了により自然退職とされた医療法人の元職員が地位確認等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 医療法人Yに雇用されていたXが、休職期間満了による自然退職の効力を争い、地位の確認と、職場の上司及び同僚からハラスメントを受けたことによりうつ病に罹患し、休業を余儀なくされたなどとして不法行為(使用者責任)又は安全配慮義務違反に基づき損害の賠償を求めた事案である。 大阪地裁は、就業規則の自然退職の定めは、労働基準法19条1項において、労働者が業務上負傷し又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間は解雇してはならない旨規定されている趣旨を踏まえて解釈すべきであるから、就業規則の「私傷病」とは解雇制限の対象となる業務上の疾病でない場合をいうと解すべきであり、解雇制限の対象となる業務上の疾病かどうかは労働災害補償制度における業務上の疾病かどうかと判断を同じくすると解されるとした。その上で、Xのうつ病は、XがY1労組の活動に反する行動をとり、Y1労組を脱退しことに対し、職場での法人理事及び従業員らによる一連の説得活動により発症したものと認められ、業務に内在する危険が現実化したものであり、当該うつ病は「業務上」の疾病であることから自然退職たり得ないとして雇用契約上の権利を有する地位にあることを認定し、賃金の支払等を命じたが、Xの糖尿病悪化に対する使用者責任と安全配慮義務違反は否認した。
参照法条 : 労働基準法19条1項
労働基準法81条
労働基準法75条
労働基準法76条
体系項目 : 退職 /失職 /失職
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /安全配慮(保護)義務・使用者の責任
休職 /休職の終了・満了 /休職の終了・満了
休職 /傷病休職 /傷病休職
裁判年月日 : 2012年4月13日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ワ)14382
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1053号24頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔退職‐失職‐失職〕
〔休職‐休職の終了・満了‐休職の終了・満了〕
〔休職‐傷病休職‐傷病休職〕
(1) 本件において、被告は、原告の罹患したうつ病は、私傷病であることを前提に就業規則9条及び35条に基づき、休職期間満了による自然退職を主張する。
 ここで、就業規則9条及び35条の自然退職の定めは、労働基準法(以下「労基法」という。)19条1項において、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間は解雇してはならない旨規定されている趣旨を踏まえて解釈すべきであるから、就業規則9条1項1号及び2項の「私傷病」とは、解雇制限の対象となる業務上の疾病でない場合をいうと解すべきである。
 そして、解雇制限の趣旨が労働者が業務上の疾病によって労務を提供できないときは、自己の責めに帰すべき事由による債務不履行とはいえないことから、使用者が打切補償(労基法81条)を支払う場合又は天災事故その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合でない限り、労働者が労働災害補償としての療養(労基法75条、76条)のために休業を安心して行えるように配慮したところにあることからすれば、解雇制限の対象となる業務上の疾病かどうかは、労働災害補償制度における業務上の疾病かどうかと判断を同じくすると解される。したがって、業務上の疾病とは、その疾病の発症が当該業務に内在する危険を現実化したと認められ、もって当該業務と相当因果関係にあることを要するとするのが相当である。
(2) 前記1(3)及び(4)において認定した原告の症状や医師の意見等によれば、原告のうつ病は、平成20年6月ころから、Bセンターを欠勤した同年9月19日までの間に発症したものと認めるのが相当である。
(3) 前記1(1)の認定事実によれば、6月18日から9月18日までの間にB1労組の執行委員長であるOが中心となって行われた原告に対する説得活動は、原告がB1労組の活動に反する行動を取り、又はB1労組を脱退したことに対する一連の言動として捉えるべきであり、原告のうつ病が業務上の疾病か否かを検討するに当たっては、一体のものとして考慮すべきである。
 以上を前提に検討するに、原告に対する一連の説得活動を行ったOらは、B1労組の組合員であるとともに原告の勤務するBセンターの従業員であったこと、いずれの説得活動もBセンター内で、就業時間中ないしそれに近接する時間内に行われていること、被告法人の理事長、理事らもB1労組に加入しており、9月9日及び同月10日の話し合いには、U理事及びG理事も出席していること(G理事は9月17日の話し合いにも出席している。)からすれば、一連の説得活動は、事業主である被告法人の支配下において行われたものであり、業務関連性が認められるというべきである。〔中略〕
 以上のとおり、原告に対して行われた説得活動の内容やその状況、被告法人とB1労組の関係にかんがみれば、原告に対する一連の説得活動は、原告に対し強い心理的負荷を生じさせたものということができる。
 他方、本件全証拠を総合しても、原告に精神疾患の既往歴は認められなず、他に原告の業務以外にうつ病を発症させる要因があったことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告のうつ病は、原告が就労していたBセンターにおける6月18日から9月18日までの間の被告法人理事及び従業員らによる一連の説得活動により発症したものと認められるから、業務に内在する危険が現実化したものである。
(5) 以上によれば、原告の業務とうつ病の発症との間には相当因果関係があるということができ、当該うつ病は「業務上」の疾病と認められる。
 そうすると、原告のうつ病が私傷病であることを前提とした自然退職は認められないというべきである。
 したがって、争点2について判断するまでもなく、原告の雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認の請求は理由がある。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
(2) 健康配慮義務違反行為について
 原告は、平成20年6月26日、原告が朝に出勤し、いったん帰宅後、午後8時に翌日午後8時と間違えて出勤し、そのままC病院に救急搬送後、D病院に転院した事実について、被告法人は、労働契約上の義務として、雇用する労働者に対する健康配慮義務を負っているから、職場において原告が身体の不調を訴えた際には、Bセンターでは施設の規模から十分な診療が困難であるため、直ちに救急車を呼んで診療・入院に十分な施設に搬送するか、あるいは、医療契約上の義務として、原告に対し、十分な診療を行って、点滴をもう一本打つかあるいは救急車で診療・入院に十分な施設に搬送すべき義務があった、それにもかかわらず、被告法人はこれらの義務を怠って、原告が2週間に及ぶ入院と1か月に及ぶ休業を余儀なくさせた旨主張する。
 しかしながら、本件全証拠を総合しても、Bセンターの医師及び看護師の原告に対する措置が適切でなかったことを認めるに足りる証拠はない。またBセンター側の行為と原告が2週間の入院と1か月の休業をしたこととの間の因果関係についても認めることができない。原告が糖尿病の既往症があったことや上記入院当時インシュリンを使用していなかったことからすれば、むしろ長期の入院と休業を余儀なくされた原因は主に原告側にあるというべきである。なお、原告は、6月18日の説得活動により糖尿病性ケトアトドーシスに罹患したとも主張するが、本件全証拠を総合してもこれを認めるに足りる証拠はない。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
(3) 名誉毀損行為について〔中略〕
 しかしながら、被告法人とB1労組が別の組織であり、本件ビラはあくまで全国連E支部及びB1労組の名義で作成されていることからすれば、本件ビラの配布行為が被告法人の不法行為になることはないというべきであり、その他本件全証拠を総合しても、本件ビラの配布行為に被告法人が関与したことを認めるに足りる証拠はない。また、上記1(5)の認定によれば、全国連E支部及びB1労組が本件ビラを配布する前である平成20年10月10日及び平成21年9月29日に、既にI合同労組及びE支部がウエブサイトないしビラにおいて原告の実名を掲載した上で原告の病名を明らかにしていることからすれば、本件ビラに原告の病状が記載されていたからといって直ちにその情報源がBセンターであると認めることはできない。
 以上によれば、原告の名誉毀損行為についての主張は失当である。