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ID番号 : 08890
事件名 : 時間外手当請求事件(32321号)、地位確認等請求事件(36166号)、賃金請求事件(36987号)、損害賠償請求事件(12649号)、建物明渡請求事件(15911号)
いわゆる事件名 : 霞アカウンティング事件
争点 : 経理事務代行会社から懲戒解雇された者が無効を主張して地位確認、賃金支払等を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 経理事務代行会社Yから懲戒解雇された元社員Xが、雇用契約に基づき懲戒解雇までの期間の時間外・深夜・休日勤務手当及び付加金の支払を請求し、また懲戒解雇を無効として地位確認と解雇後の賃金請求及び不法行為に基づく損害賠償を請求する一方、Yが、会社の信用を毀損する言動と部下である女性職員に対するセクシュアル・ハラスメントという在職中の不法行為ないし雇用契約上の債務不履行による損害賠償を求め、また社宅の持ち主でありYの社員でもあるAがXに建物の明渡しを求めた事案である。 東京地裁は、まずXの時間外労働等について勤務表の記載どおり認定し、年俸額に時間外手当等を含む合意があったともいえず、もしあったとしても時間外部分の区別がなされていない以上合意自体が無効であり、またXは管理監督者にふさわしい職務上の権限・責任も有していなかったとした(満額ではないが付加金も認めた)。さらに、懲戒解雇について、会社の信用を毀損する言動及び部下に対するセクシュアル・ハラスメントについて、その事実自体を認めることができないか、懲戒解雇に相当する程悪質ではなく、したがって、懲戒権の濫用に当たり、無効であるとして地位確認及び解雇後の賃金請求を認め、Y側の不法行為については、会社法350条、民法709条により、賠償責任を認めた。一方、Xの不法行為又は債務不履行責任については、業務上のデータが記録されたUSBメモリを紛失した点のみ認定し、社宅明け渡しもAの請求を斥けた。
参照法条 : 労働基準法37条
会社法350条
民法709条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /会社中傷・名誉毀損
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /服務規律違反
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /労動者の損害賠償義務・求償金債務
裁判年月日 : 2012年3月27日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ワ)32321/平成22(ワ)36166/平成22(ワ)36987/平成23(ワ)12649/平成23(ワ)15911
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1053号64頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐会社中傷・名誉毀損〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐服務規律違反〕
 使用者による懲戒権の行使は、企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものであるが、就業規則所定の懲戒事由該当事実が存する場合であっても、具体的状況に照らし、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当性を欠くと認められる場合には権利の濫用に当たるものとして無効になると解される(労働契約法15条)。
 そこで、前記(1)の認定事実を踏まえて、本件懲戒解雇の効力について検討する。
 ア 原告甲野の協調性に欠けた言動について
 被告会社は、原告甲野が部下の事情を一切考慮せずにスケジュールを入れたり、部下の意見を一切聞き入れないなど、協調性に欠けた言動を繰り返したと主張するが、これらの主張については、日時、相手方等の特定が全くされておらず、内容自体も抽象的であって、懲戒解雇事由の主張としては失当といわざるを得ない。
 イ 被告会社の評価を貶める言動について
 被告会社は、原告甲野が、平成19年ころ、顧問先企業の社長に対し、「社内の人間にはとても甘いし組織もなってない。それが体質となっていますから。体質というと汚い政治のようで聞こえが悪いでしょう。」と回答し、被告会社の評価を著しく貶めたと主張し、後記セクシュアル・ハラスメントを受けたと述べる女性職員作成に係る書面にもそれに沿う内容の記載がある(〈証拠略〉)。しかしながら、原告甲野はこの発言の事実を否認するところ、上記書面以外に何らこの発言の事実を裏付ける証拠はなく、また、この発言がされたという顧問先企業の特定もなされていないものであるから、原告甲野による上記発言の事実を認めるには足りないというべきである。
 ウ 女性職員に対するセクシュアル・ハラスメントの事実について〔中略〕
 (ウ) 以上のような事情を考慮すれば、仮にこのセクシュアル・ハラスメントの事実が認定できるとしても、処分が遅延する格別の理由もないにもかかわらず約2年も経過した後に懲戒解雇という極めて重い処分を行うことは、明らかに時機を失しているということができる上、上記課長職からの解任との関連で言えば、二重処分のきらいがあることも否定できないところであって、これを本件懲戒解雇の理由とすることには、問題があるといわざるを得ない。
 エ 被告会社に対する種々の反抗的言動について
 (ア) 前記認定のとおり、原告甲野が平成21年度の年俸通知書の受領を拒絶しており、これが、課長職を解任されたことに対する原告甲野の反抗的な言動であることは否定できないが、それ自体は懲戒解雇に相当する程悪質な非違行為とまではいえない。
 (イ) 続いて、原告甲野が、乙山の自宅に残業代請求書を送付した点(前記(1)イ(エ))についても、既にみたように、原告甲野による本件時間外手当等請求には理由があることからすれば、これをもって懲戒解雇の理由とすることはできない。
 (ウ) また、原告甲野が、平成22年6月、B監査役から通勤経路について質問されたのに対し、同監査役は被告会社のどのような職制にあるのかなどと問いかけており(前記(1)ウ(イ))、これも被告会社の経営陣に対する反抗的な言動であることは否めないが、この言動自体、懲戒解雇に相当するような非違行為であるとはいえない。また、当時、原告甲野が被告会社に対し時間外手当を請求したことに乙山が憤り、夜間に原告甲野の自宅を訪問するというやや常軌を逸した行動をとったことから、これに対し原告甲野が反発の念を強めたことは想像に難くなく、このような経緯も考慮に入れるならば、原告甲野の上記言動についてはこれをさほど強く非難することはできないというべきである。
 また、被告会社は、原告甲野が実際に遠回りのルートで担当顧問先を訪問していたことについても非難するが、B監査役からの質問に対し、原告甲野は移動時間を業務に充てるべく乗車率の低い路線を選択したと説明しており(〈証拠略〉)、この点、原告甲野に何らかの悪意があったとは考えられないし、原告甲野が、長年同じ経路で顧問先を訪問していたのを、この時点で突然問題視するのも疑問があるところである。したがって、この点を本件懲戒解雇の理由にするのも相当ではない。〔中略〕
 以上のとおり、被告会社主張にかかる本件懲戒解雇事由については、いずれもその事実自体を認めることができないか、もしくはその客観的事実を認めることができても、懲戒解雇に相当する程悪質とはいえないか、懲戒解雇事由として採り上げるのは相当でない事由である。そして、後者の客観的事実自体を認めることのできる各事由を併せて考慮したとしても、未だ懲戒解雇の理由としては十分ではないというべきである。したがって、本件懲戒解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会的にも相当とは認められないものであるから、懲戒権の濫用に当たり、無効というべきである。
 したがって、原告甲野の乙事件における地位確認請求及び解雇後の賃金請求については、いずれも理由がある。
 なお、原告甲野は、本件懲戒解雇解雇後の月例賃金のみならず各賞与についても請求するところ、前記3(1)で説示した内容からも明らかなように、原告甲野の各賞与については、本件雇用契約及び年俸改定時に定額支給されるものとしてそれぞれ合意されているのであって、月例賃金と同じ実質を有するものである。したがって、これについても、原告甲野の請求は認容されるべきである。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 7 争点7(被告会社の不法行為責任の有無)及び争点8(原告甲野の損害)について
 (1) 以上のとおり、本件懲戒解雇は無効と認められるところ、前記6(2)ウで説示したとおり、乙山は、当初、原告甲野のセクシュアル・ハラスメントに関し相当程度の疑いを抱きつつも、これを表面化させることを回避してきたが、平成22年に入って、原告甲野から時間外手当等の請求をされたことに立腹して、この点を再度問題として採り上げたのみならず、適法行為である原告甲野の時間外手当等請求を理由として、報復的に本件懲戒解雇を行ったといわざるを得ないから、このような経過に照らすと、乙山は、本件懲戒解雇により違法に原告甲野の権利を侵害したというほかはない。
 しかしながら、他方で、前記のとおり、本件懲戒解雇は無効と認められ、同解雇後の賃金等請求権を認められているのであるから、これにより原告甲野の経済的損失は填補されているというべきであって、それ以上に、本件懲戒解雇を不法行為として認めなければならない特段の事情は、証拠上窺われない。
 (2) 他方、前記認定のとおり、本件懲戒解雇に至る過程で、乙山は、平成22年4月ないし5月にかけて、2度にわたり、夜間、予告なく原告甲野の自宅を訪問したのみならず、同年7月には、予告なく原告甲野の実父を訪問するという常軌を逸した行為に出ているもので、これらが原告甲野の時間外手当等請求の阻止という目的に出た違法な行為であることは明らかであるから、被告会社は、会社法350条、民法709条により、原告甲野に生じた損害について賠償すべき責任を負う。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐労動者の損害賠償義務・求償金債務〕
 8 争点9(原告甲野の不法行為責任、債務不履行責任の有無)について〔中略〕
 (4) 他方、原告甲野が業務上のデータが記録されたUSBメモリを紛失したことは当事者間に争いがないところ、これについては、情報流出はもとより被告会社の信用を喪失させる危険性のある行為であって、被告会社に対する不法行為に当たる。原告甲野は、データを記録した都度、その翌日までに貸与パソコンにその都度移動させ、USBメモリ内の情報を消去していたし、同USBメモリを被告会社に返却するため、同メモリの初期化を行っていたことからすれば、顧問先情報の漏洩の可能性はないと主張するが、実際に、そのようなことを行っていたかは疑問であり、それを裏付ける的確な証拠もない。
 9 争点10(被告会社の被った損害)について
 (1) 以上のとおり、原告甲野が被告会社の業務上のデータが記録されたUSBメモリを紛失したことは被告会社に対する不法行為に該当し、原告甲野は、これにより被告会社に生じた損害について賠償すべき責任を負う。
 同紛失時に、上記USBメモリに記録されていたデータの内容は証拠上不明である上、それが流出したか否かも不明であるが、このことをもって、被告会社が損害額の立証を尽くしていないと評価するのは相当ではない。このような点からすれば、現時点においては、将来的な流出の危険性にさらされるという被告会社のリスクを無形の損害として評価する他はないところ、諸般の事情を考慮すれば、上記紛失による被告会社の損害は、USBメモリ自体の価額も含めて、30万円と認めるのが相当である。