全 情 報

ID番号 : 08912
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 学校法人尚美学園事件
争点 : パワハラ等過去の疑惑を告知しなかったとして解雇された大学教授が地位確認等を求めた事案(教授勝訴)
事案概要 : 学校法人Yの設置する大学の教授であるXが、以前の勤務先でパワハラ及びセクハラを行ったとして問題にされたことを告知しなかったとして解雇したのは無効であるとして、地位確認及び賃金・賞与の支払いを求め、不法行為に基づく損害賠償、名誉毀損における原状回復として謝罪文の交付、掲示及び送付を求めた事案である。 東京地裁は Xが、Xの言動について、それがセクハラ・パワハラに該当するのではないかと申し立てられたことをYに告げなかったことなどにつき、信義則上の義務違反は認められず、Xに対する学生の敬意や大学に対する否定的評価という社会的評価の低下等は採用以前から存在した可能性が現実化したもので、Xは、採用面接時、修士号、博士号、研究者又は教育者としての稼働経験がなく、大学教授として能力については未知数の人物で、Yは、このような人物を期間の定めなく大学教授として採用しようというのであるから、その採用面接を含む審査については、慎重を期し、相当の注意を払ってしかるべきだったのであり、Yが採用時に看過し又は特にそのことを問題にしなかった問題から派生してその後に問題が生じたとしても、専任教員勤務規程18条3号の事由の存在を理由に普通解雇することはできないとした。その上で、解雇を無効として地位確認と賃金の支払いを命じたが、他方、解雇された者が被る精神的苦痛は、当該解雇が無効であることが確認され、その間の賃金が支払われることにより慰謝され、その他一切の事情を総合勘案しても賃金の支払以上に慰謝料の支払いを相当とする特段の事情があるとはいえないから、本件名誉毀損につき、不法行為に基づく損害賠償請求権や名誉を回復するのに適当な処分は認められないとした。
参照法条 : 労働契約法16条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
解雇(民事) /解雇事由 /名誉・信用失墜
裁判年月日 : 2012年1月27日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ワ)5552
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1047号5頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)‐解雇事由‐名誉・信用失墜〕
 (5) 証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、採用面接時、修士号・博士号、研究者又は教育者としての稼働経験がなく、特に研究や研修・教育に従事した経験も見当たらず、被告にとっては、さしたる情報のない、大学教授としての能力については未知数の人物であったといえる。被告は、このような人物を、期間の定めなく大学教授として採用しようというのであるから、その採用面接を含む審査については、慎重を期し、相当の注意を払ってしかるべきだったといえる。被告が原告を厚生労働省人事課長から紹介されたという点と、平成18年4月までの間に授業を担当する教員を採用する必要に迫られていたという点を考慮するにしても、セクハラ・パワハラ告発の問題を問題にするのであれば、採用前に、本人なり、紹介者である厚生労働省人事課長に聞くなり、被告の側で調べるなりすべきであったといわざるを得ない。
 原告が、原告の言動につき、それがセクハラ・パワハラに該当するのではないかと申し立てられたことを被告に告げなかったことなどにつき、信義則上の義務違反は認められず、社会的評価の低下等は採用以前から存在した可能性が現実化したもので、被告が採用時に看過し又は特にそのことを問題にしなかった問題から派生して、問題が生じたとしても、「簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因して、その職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合」に該当するとして、専任教員勤務規程第18条3号の事由の存在を理由に、原告を普通解雇することはできないといわざるを得ない。
 (6) また、専任教員勤務規程第18条6号の「前号」を「前各号」と解するとしても、「その他、前各号に準ずるやむを得ない事由のある場合」に該当する事由として主張されている内容は、「その職務に必要な適格性を欠くと認められた場合」に該当する事由であるとして主張されている内容と同一であり、少なくともこれが同条1号、2号、4号、又は5号に準ずるやむを得ない事由に該当するとはいえないし、また、被告の主張する信義則違反や社会的評価の低下は、前記認定のとおり、原告の言動につき、それがセクハラ・パワハラに該当するのではないかと申し立てられていたことを前提とするものであり、これを採用段階で問題にするのは格別、採用時にこれを看過し又はそのことを特に問題にすることなく採用した以上、その後にこれから派生して問題が生じたとしても、これを同条3号に準ずるやむを得ない事由に該当するとして、同条6号の事由の存在を理由に、原告を普通解雇することはできないといわざるを得ない。
 また、本件のように、就業規則において普通解雇事由が列挙されている場合、当該解雇事由に該当する事実がないのに解雇がなされたとすれば、その解雇は、特段の事情がない限り、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないというべきであるが、前記認定事実及び弁論の全趣旨によっても、前記特段の事情は認められない。
 なお、被告は、社会的評価の低下は解雇理由証明書に記載されていないというが、前記認定の解雇理由通知書の記載中には、原告に対する学生の敬意や本件大学に対する否定的な評価について言及があるから、被告の前記主張は前提を欠く。
 (7) よって、本件解雇は、その余の点を判断するまでもなく無効である。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 その他本件に現れた一切の事情を総合勘案すると、賃金の支払以上に慰謝料の支払を相当とする特段の事情があるとはいえないから、本件解雇につき、被告の不法行為に基づく損害賠償債務は認められない。
 (2) 前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、後援会は、本件大学の学生の保護者の会であり、本件大学は、学生や保護者に対し、説明責任を果たすことを求められる立場であるところ、本件財団訴訟判決言渡後、インターネット上で原告の氏名が挙げられ、本件大学が、学生・保護者、卒業生等の関係者の間で噂や憶測を呼び、問合せなどにより、本件大学の業務執行に混乱を生じる事態になり兼ねないことを危惧したとしても、根拠のないことではなかったといえる。そして、後援会会員に送付された文書の記載内容を見るに、「後援会の皆さまへ」と題する書面の本件財団訴訟判決の内容や新聞報道、ブログ等の記載内容の説明に事実と異なる点はなく、「大学運営に関わるご報告とご案内」と題する書面には、「別紙のような疑いをもたれること自体があってはならないことと考えて対処を行いました」と明記されており、本件大学として原告がパワハラ・セクハラ行為を行ったと認識していることなどは記載されていないし、「後援会の皆さまへ」と題する書面には、乙山理事長、副理事長、法人本部長の報酬返上の後に、原告につき、「解職(普通解雇)」と、懲戒解雇でないことを明確にして記載されていることが認められるのであって、これらの文書の送付により原告の社会的評価が更に低下したことを認めるに足りる証拠はなく、被告が原告の名誉を毀損する意図でこれを送付したことを認めるに足りる証拠もない。なお、被告の個人情報保護規程(〈証拠略〉)第7条1項3号の「教職員及び保護者の教育上、特段の必要性がある場合」は、教職員や保護者が学生を教育する上で特段の必要がある場合と解され、本件大学の保護者への説明は教育環境の整備と教育目的の達成に必要であったと解されるから、これに該当すると認められる。
 したがって、これをもって不法行為であると認めることはできず、不法行為に基づく損害賠償請求権や名誉を回復するのに適当な処分は認められない。
 (3) 原告は、雇用契約上の義務に付随して、労働者の名誉が第三者により毀損されているときは、被告が第三者に対して是正、名誉回復を求める信義則上の義務があると主張するが、原告が名誉毀損だと主張する尚美学園大学同窓会のウェブログの記事は、本件雇用契約締結前のセクハラ・パワハラに係るものであって、原告の労働者としての労務提供と関係がなく、尚美学園大学同窓会も第三者であって、本件雇用契約と関係がなく、かかる信義則上の義務は認められず、被告の債務不履行は認められない。
 また、この点につき、被告の不法行為を認めるに足りる主張・立証はない。
 (4) 他に、前記認定を覆すに足りる主張・立証はない。
 したがって、原告の被告に対する不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権は認められないし、名誉を回復するのに適当な処分も認められない。