全 情 報

ID番号 : 08913
事件名 : 労災保険遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 中央労働基準監督署長事件
争点 : 多臓器不全等による急性心不全で死亡した通信社記者の親が遺族補償給付等不支給処分の取消しを求めた事案(親敗訴)
事案概要 : 通信社記者Aが、糖尿病性ケトアシドーシス(以下「DKA」)により多臓器不全等に陥って急性心不全で死亡したことが業務に起因するとして、親Xが遺族補償及び葬祭料不支給処分の取消しを求めた事案の控訴審である。 第一審東京地裁は、記者Aの業務は、通常人にとっては過重な負荷となり、精神的、身体的ストレスがDKAの基礎疾病である糖尿病の発症に自然的因果関係という意味で関与したことは否定できないが、関与度に関する具体的な医学的知見はなく、業務に内在する危険が現実化したとは断定できず、また早期に適切な診断と治療を受ければ救命可能であり、現に通院可能な業務状況であったのであり、DKA等の治療機会の喪失が業務多忙によるものとは認められないこと等の理由から業務起因性を否定し、Xの請求を棄却した。これに対しXが控訴。 第二審東京高裁は、どのようなストレスがどの程度DKAの発症に関与しているのかについては、いまだ支配的な医学的知見が定まっているとは認められず、AのDKA発症前半年間の長時間労働によるストレスによる血糖コントロールの増悪がDKAの発症を招来したという関係を是認し得る高度の蓋然性が証明されたとはまではいまだいえず、上記因果関係につき通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持つにはいまだ不十分として業務起因性を認めず、控訴を棄却した。
参照法条 : 労災保険法16条
労災保険法17条
労働基準法施行規則35条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /職業性の疾病
労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /脳・心疾患等
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2012年1月25日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(行コ)174
裁判結果 : 控訴棄却
出典 : 労働経済判例速報2134号3頁
審級関係 : 一審/東京地平成22.4.15/平成19年(行ウ)第790号
評釈論文 : 夏井高人・判例地方自治355号89~91頁2012年6月
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐職業性の疾病〕
〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐遺族補償(給付)〕
 以上判示の点を総合すると、どのようなストレスがどの程度DKAの発症に関与しているのかについては、いまだ支配的な医学的知見が定まっているとは認められず、また、前記の医学的文献も、DKAにおけるインスリン拮抗ホルモンの役割の重要性を指摘するものではあるが、どのようなストレスがどの程度DKAの発症にかかわっているかについて支配的な医学的知見を示すものとまでは認められず、以上の点を総合すれば、E医師及びL医師の上記意見及び前記の医学文献によっても、A’のDKA発症前の半年間の長時間労働によるストレスによる血糖コントロールの増悪がDKAの発症を招来したという関係を是認し得る高度の蓋然性が証明されたとはまではいまだいえず、上記の因果関係につき通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持つにはいまだ不十分であるといわざるを得ない。
 なお、DKAを発症し得るストレスについて、M医師は、生命の危機に瀕する程度のストレスがこれに当たるとすることは前判示のとおりであるが、本件においては、これと同程度の業務上のストレスがあったとまでは認めるに足りる証拠はない。
 (2) 以上によれば、A’の業務が、糖尿病という基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、本件疾病(DKA)の発症に至ったものことを認めるに足りる証拠はなく、本件疾病(DKA)の発症に業務起因性は認められない。
 8 治療機会の喪失について
 控訴人は、A’が業務により極めて多忙であり、治療機会喪失により基礎疾患の糖尿病を増悪させ、本件疾病を発症したと主張するが、当裁判所も、同主張は採用することができないと判断する。その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決31頁24行目の「上記認定事実によれば」から同33頁5行目末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する。
 (1) 原判決32頁7行目の「ウ」を削除し、「平成9年3月」を「平成9年3月ないし4月」と改める。
 (2) 同32頁24行目の「第3に、同日に」を「第3に、A’は同年5月22日ころには自らが糖尿病であるという病識を有していたと認められるにもかかわらず、同年6月1日に」と改める。
 9 以上によれば、A’の糖尿病及び本件疾病の発症に業務起因性を認めることはできず、A’の死亡が業務上のものであるとは認められず、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。